第6話 告白

 幼稚園の頃、大好きだったお婆ちゃんが亡くなりました。その頃の私はまだ死というものが何か分からずに、悲しいというよりも、何か不思議な事が起きたという感覚しか無かったように思います。泣いているお母さんに、死ぬって何? と聞くと、もう2度と、会いたくても会えなくなる事だと教わりました。

 その頃、胸に手を当てて心臓が動いているのを確かめるのが好きで、何故かは分かりませんけれど、それが自分にしか出来ない特技のように思えて、いよいよ今日まで誰にも言い出せませんでした。

 お婆ちゃんが生きていた頃、お母さんはお婆ちゃんの悪口ばかり言っていました。お金の使い方がどうだとか、服のセンスがどうだとか。私がそれを真似して友達の悪口を言うとと怒るのが不思議でした。「栞は女の子なんだから、人の悪口ばかり言ってちゃ駄目よ」と。お母さんも昔は女の子だったはずなのに。

 覚えている限り、私が最初に殺したのは蟻です。今みたいに、その行為自体に快感を覚えたり、またやりたいと思った記憶はありません。ただ、潰されてもがく蟻を見て、気持ち悪い形をしているなあとか、助かるはずないのになあとか、ぼんやりと蟻の気持ちを想像したような気がします。

 あの時の蟻は、私の事をどう思ったんでしょう?

 お父さんに怒られた事は今まで1度もありません。昔はよく遊んでいた気がします。街中で私が騒いでも、困った表情を浮かべて、周りにぺこぺこ謝るような人でした。それを見るのが嫌で嫌で、「大人しい」と大人に褒められるように育ったのかもしれません。

 優等生を演じるのは好きです。少し疲れる時もありますが、日常生活に自分が溶けこめる事を確認する作業が楽しいのです。

 馬鹿みたいな事を聞くようで、ちょっと気がひけるのですが、殺す事って悪い事なんでしょうかね?

 生き物は全ていつか死にます。今現在に至るまで、死ななかった生物はいません。例えば虫などは、短ければ1日にも満たない命の中で、自分の遺伝子を残せたのならそれは淘汰の克服となり、同じ種を次の世代に進めるという大きな意味を持つそうです。何かの本の受け売りですが。

 でもそれって、殺す事が悪い事である理由にならないですよね。今まで私に殺された生き物が、子供を残してきたのかどうかはいちいち知りませんけれど、死んだのは生きるに値しなかったからで、私という存在があるのがこの世界なのですから、私だけが悪いというよりはこの世界に適応出来なかっただけなのではないですかね。

 頭がこんがらがってきて、伝えたい事を上手く言い表せていませんね。別の話をしましょう。

 私が、自分の事をいわゆる異常だと気付いたのは、小学生の時でした。好きな漫画の登場人物2人が、首を絞め合って殺しあう絵を描いて友達に見せたら、その友達は翌日から私の天敵になりました。無視されたり避けられたり仲間外れされたり、今思い出しても、胸が苦しくなります。でも不思議なのは、例の絵の件を言いふらされたという訳ではない事でした。私をいじめたグループは、その元友達以外理由なく流されているだけのようで、私の成績だとか人気のある男子に告白された事とか、割とどうでも良いような事を槍玉にあげていて、あの絵の事を知っていていじめている人はいませんでした。

 何故なんでしょうね。その元友達は、口に出す事すら嫌だったんでしょうか。本当に不思議で、いつか機会があったら聞いてみたいです。

 だけどとにかく、こういった妄想が、人によく思われないという事は身をもって理解しました。それからは、たまにそういう絵を描いても、誰にも見せず、描き終わったらビリビリに破いて捨てるようにしていました。私だけの、秘密。そういえばこうして話すのも初めての事です。

 こうして自分が異常である事に気付いた私は、表の顔を作る事に努力を始め、頭の中では誰かや何かを殺す想像をいつもしていました。人体の不思議を取り扱った本は何よりの妄想の種で、少しグロテスクで過激な漫画をこそこそと買い集め、鍵付きの日記には初めて人を殺した架空の日記をつけていました。殺人オタクとでもいうのでしょうか。そんな秘密の行為が何より楽しかったのです。

 小さな動物を使って、殺人の代替を始めたのは中学に上がってからでした。妄想で物足りなくなり、ゲーム等では到底満足出来ず、この手を血で染めたくてたまらなくなりました。

 知ってます? 犬や猫にも人間用の睡眠薬って効くんですよ。捕まえる時は餌と一緒にあげて、しばらく撫でてたらすぐ寝ちゃうんです。私は結構動物になつかれる質みたいで、殺す対象に困った事はありません。それから家で飼っている犬用のキャリーバッグに入れます。誰かに見つかったとしても、ペットだって言い張れますから便利ですね。

 人気のない場所、今は使われていない小さな工場みたいな所なんですが、そこに移動し、無我夢中の殺害を始めます。命を奪う絶対の多幸感。私はこの為だけに生まれてきたのだと、実感する瞬間です。

 実はこうして自分の本性を誰かに打ち明けていると、凄く興奮しているのが自分でも分かるんです。

 もしかすると、私は異常じゃないのかもなんて思えるんです。

 だってこうして誰かに本性を打ち明ける事って、「理解して欲しい」からこそ出来る行動じゃないですか。自分が本当に異常で、それでいいと心の底から思っているのなら、そんな風に思わない気がするんです。

 だから、ちょっと馬鹿げた言い方になりますけど、究極的には誰かに殺人を容認して欲しいだけなのかもしれません。誰かというのは、個人だったり、グループだったり、世間だったり。

 何で人を殺しちゃいけないんですかね?

 最近つくづく不思議に思うんですよ。

 でもこんな疑問さえ、心臓の音みたいに、当たり前にみんなが思っている事なのかもしれないと思うと、少しだけ気が楽になります。



 牧田の告白が終わると同時に、三木はグラスの中の水を飲み干した。何を思っているのか、それとも何とも思っていないのか、俺にはその表情を測りかねる。

 週末の三木邸。考えてみると、誰も死んでいないのにここを訪れるのは初めての事かもしれない。今日は森園はいない。いればさぞかしうるさかった事だろう。

 最初、牧田の語りを聞いていたのは、三木と、俺と、親父の3人だったが、親父はつまらなくなったのか途中で外に煙草を吸いに行って、しばらく帰っていない。散歩にでも行ったのだろう。今日は仕事ではないので、牧田の紹介さえ終わればとっとと帰りたいというのが本音と見た。

「アイドルのプロフィールに、大抵『身長、体重、年齢』ってあるだろう?」

 何を喋り出すのかと思ったら、三木の切り出しは斬新だった。

「あれってさ、言い換えてみれば『大きさ、重さ、製造年月日』という意味だと思わないか?」

 と、訊かれても。表現の是非はともかくとして、当たり前の事だ。

「あまり人間味を感じなくて、誰を見ていてもピンとこない」

 人間味を感じないのはそんな事を言い出す三木の方だと言いたくなったが、言う勇気はない。

「その点、牧田さんの今の告白は、凄く人間味を感じたよ。共感できる部分もあった。もちろん、僕とは違う考え方もあった」

「あ、ありがとうごさいます」

 牧田が礼を述べたが、三木は首を横に振った。

「礼を言われる義理はない。君を殺したいと思ったって意味だ」

 あまりに平然と言うので、意味が言葉に追いつくのが遅れたように感じた。

「どうした? 意外そうな顔をして。君は殺人鬼の家へやって来たんだぞ? どうして自分だけは殺されないと思う? それとも、親切丁寧に殺人鬼の先輩が人の殺し方を教えてくれると思って来たのか?」

 いつもと変わらない穏やかな口調だった。牧田が俺を見る。知らないよ。

「こう言われても逃げ出さない所を見るに、度胸だけはあるのか、それとも常軌を逸した楽観主義なのか。まあいい。逃げた所で君を捕まえるのは簡単だ」

 三木はその道の人間に報酬を払って殺す人間を入手している。大抵は借金で首が回らなくなった者や、出稼ぎに来た外国人を騙して連れてきているらしいが、金さえ積めば高校生の1人を攫うくらい簡単な事なのだろう。

「大志君」

 急に話しかけられ、俺はこの場に同席していた事を思い出す。

「同級生の死体を掃除する事になるかもしれないけど、いいかな?」

 冗談を言っている風ではないので、俺も真面目に答える。

「親父に聞いてみないと分からないですね。でも、掃除道具は今日も一応持ってきています」

 すると、三木が声を出さずに笑って、牧田の方を向いた。

「牧田さん。今の聞いたか? 知り合いが殺されそうになっていても、父親の都合と掃除道具を心配する。本当の異常者ってのはこういう奴の事を言うんだ」

 異常者に異常者と言われると、何だか無償に腹が立つ。言い訳がましいが、俺はただ現実的な答えをしただけだ。親父に無許可で仕事を請けるのも駄目だし、掃除道具が無いとそもそも仕事が出来ない。ただ事実を言っただけだ。

「だがチャンスをやる。君も全く見込みが無い訳ではない」

 三木が告げる。

「親しい人間を連れてもう1度ここに来なさい。君の代わりに、そいつを殺そう」

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