第5話 面談

 俺が初めてクラスメイトに、というか家族と依頼者以外に俺のしているアルバイトの内容を教えてから、約2週間が経った。

 非合法なので秘密厳守が絶対ではあるが、客ありきの商売でもある。俺のした行動は「自分で判断した」という点においてのみ親父の怒りを買ったが、事情と牧田の性癖を説明したらかろうじてクビにならずに済んだ。その変わり、親父は俺に指示をした。

「呼べ」

 俺に拒否する権限はなかったし、そうした方が良いとも思った。牧田が誰か他の人間に俺のアルバイトを教えないという保証は無いし、俺にはその判断も出来ない。だが親父ならばそれが出来る。それは疑う余地の無い確信だった。

 そしてあの日から2週間後の今日、俺は牧田を我が家に招待した。牧田は俺の部活が終わるのを校門で待ち、帰りは俺の後ろ10mをついてくる形にして、合流はしなかった。女子を我が家に呼ぶのは生まれて初めての事だったが、こんな用件で呼ぶ事になるとは夢にも思っていなかった。

「斉藤君」

 俺が鍵を開け、家に入る直前、牧田が言った。

「なんだか良く分からないんだけど、緊張しているみたい」

 そんな事を言われても、と俺は思ったが、「別にただの親父だよ」と気を使った。

「でも、気に入らない奴だと思われたらどうしよう?」

 俺は更に気を使い、

「気に入らない相手でも仕事はちゃんとするから。というか相手が誰であろうと、お金さえもらえば関係ないって感じの人だよ」

 そもそも人に対しての好きだとか嫌いだとかその辺の感情があるのかどうかすら怪しい。親父がそういう事を口にしている所を俺は今まで見た事がない。

 しかしとりあえず、俺の言葉を聴いて牧田は胸を撫で下ろしていた。

「良かった。安心したわ」

「……もう開けていいか?」

「ええ」

 扉を開け、いつものように中に入る。別にいいのに、牧田は俺の分の靴まで揃えてから「お邪魔します」と少し大きめの声で言った。

 1階のリビングに入ると、親父がテーブルに座ってテレビを見ていた。夕方のニュースで、食品の偽装問題を取り扱っていた。

「あの、はじめまして。私、斉藤君のクラスメイトの牧田栞です」

 親父はちらっとだけ牧田の顔を見て、またテレビに視線を戻し、「座れ」とだけ言った。

 牧田が動揺しているのが隣にいてすぐに分かったので、俺は小声でフォローを入れる。

「いつもこんな感じだから。機嫌が悪い訳じゃない」

 牧田はややひきつった笑顔で、言われた通り椅子に座る。俺も隣に座る。

 そのまま1分ほど沈黙が流れる。テレビのアナウンサーのいかにも深刻そうな声だけが、右から左に流れていく。賞味期限の誤魔化しも人間1人の死も、人の興味というフィルターを通せば同じくらいの価値を持った話題なのかもしれない。

 結局、最初に耐え切れなくなったのは俺だった。

「牧田さんは、何かを殺すのが趣味らしい」

 その瞬間、牧田さんが「え? いきなり?」みたいな顔をして俺の顔を覗いてきたが、まどろっこしいのは嫌いだし、結局用件にはいつか入らなければならないのだ。何よりもこの気まずい空気を早く終わらせたかった。今日の天気の話から入ったらいつまでかかるか分からない。

 言ってしまった言葉は戻ってはこない。牧田は覚悟したようで、2週間前に俺にしたのと同じように、まずスマホを取り出した。

「これが1番最近殺した猫です。3日前、わざわざ隣町まで探しに行った黒猫。野良なのに内蔵が凄く綺麗で、捨てられたばかりだったのかもしれませんね」

 俺の角度からは見えなかったが、スマホには例のグロ画像コレクションが映っているのだろう。親父はそれをまたちらっとだけ見て、仏頂面は少しも崩れなかった。

「あはは……斉藤君に見せた時のリアクションとそっくり。やっぱり親子なんですね」

 ただ2人とも見慣れているだけだと言うべきか迷ったが、そうしている内に牧田が別の写真を見せ始めた。

 しばらく牧田のみが喋り続ける独壇場だったが、ニュースが終わると親父がリモコンでテレビを消した。そして真っ直ぐ向き直り、牧田に初めての質問をする。

「両親の仕事は?」

 これには多少意表を突かれたようだったが、牧田はすぐに答える。

「お父さんは靴屋です。学校近くの商店街の、『靴のマキタ』っていう所です。お母さんは主婦ですけど、店にも出ています。だから……自営業、になるのかな?」

 これは俺も初めて知った事だった。靴のマキタといえば、確か学校に上履きやスポーツシューズを卸している店だ。俺のバスケ用のバッシュもそこで買った。それなりに店は大きく、商店街も他の地域に比べれば活気がある方なので、金持ちと言ってもいいだろう。親父も長くここに住んでいるので、知らないはずはない。

「兄弟は?」

「いません。1人っ子です」

「大人になったら店を継ぐのか?」

「……まだ分かりません」

 何と答えるのが正解なのかは俺にも分からない。そもそも正解なんてあるのだろうか。親父はただ、牧田の素性を知りたいだけなのだろう。

「家族は君の趣味について知っているか?」

「そんな、まさか」

 牧田は心の底からある訳がないと確信しているようだった。

「その根拠は?」と、親父が突っ込む。

 いつの間にか、その視線は牧田の眼をまっすぐに捉えている。

「証拠を残していません。殺した後の死体は深夜の内に遠くに捨てていますし、血のついた服は私が自分で洗うか捨てています。もちろん話した事もありません」

「捨てても物は残る」

「で、でも、誰にも見られた事はありませんし、ビニール袋に包んで鞄に入れて運んでいます。それに、捨てるのも滅多に人の通らない路地とかですし、そこで動物が死んでいたって誰も不思議には思わないはずです」

 牧田の必死の弁明に対し、親父は冷徹に告げる。

「いつかは捕まる」

「捕まりません。いえ、例え捕まったとしても、いくらでも言い逃れ出来ます」

 親父が俺に視線を投げた。これは俺に「喋れ」という合図だ。

「牧田さん、それじゃ駄目だ」

「え?」

「逮捕されないなら、逮捕された時の事は考える必要はない」

 牧田は俺ではなく親父に向かって喋る。

「もしもの話をしているんです。殺す所を直接目撃でもされない限りは、死んだ動物を捨てたってそれを写真で撮ったって罪にはなりません。見られたって、証拠が無ければシラを切り通せます」

「動物ならな」

 親父がほんの少し、よく見ていないと分からないくらいの少しだけ、笑った。

「人間ならそうはいかない」

 牧田は言葉を失い、椅子の背もたれに体重を預けた。

「牧田さん、人を殺したいてみたいからここにいるんじゃないのか?」

 親父の核心を突いた質問に、牧田は一転して短い言葉で答える。

「はい」

「なら、それなりの覚悟がいる」

 覚悟。その言葉の重みに、牧田は再び沈黙する。それは先ほどの気まずさによる物ではなく、真剣な自問自答ゆえの物に俺からは見えた。

「捕まったらどうする?」

 牧田は沈黙を続ける。親父が鬱陶しそうに語りだした。

「前に同じ質問をした奴が3人いた。1人は『捕まったら秘密を守る為に自殺する』と言った。そいつは捕まって、まだ刑務所の中で生きている。1人は『捕まったら殺人に関連した人物を全てバラす』と言った。そう言う事で俺やヤクザに守ってもらいたかったんだろうな。そいつは捕まっていないが、生きてもいない。そして最後の1人は『捕まったら、その場で出来る限り警官を殺す』と言った。『天国で殺人が楽しめるか分からないから』だそうだ」

 親父のこんな話を聞いた事が無かったし、ここまで喋る親父も見た事がなかったが、最後の1人が誰かだけは分かった。

「そいつは今も自分の屋敷に引きこもって、殺人を楽しんでいる」

 自分が間違いなく天国に行けると信じてるあたり、三木に間違いない。

「その人に……会わせてください」

 牧田の願いに、親父は答える。

「相手も君に会ってみたいと言っている」

 その時、何となく俺はこう思った。

 これから起こる事は、あまり気分の良くない事だ。

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