第8話 歌

 男側は俺、藤岡、同じくバスケ部で隣のクラスの薬袋。

 女側は牧田と、その友達の江野と堀井。……堀田だったっけ?

 とにかくその計6人で、何故かカラオケに来ていた。何故かと言いつつ提案者は俺だ。正確には、藤岡から俺への要請だ。

 あの日、藤岡が牧田に惚れていると告白してしてきてから、どうやら藤岡は開き直ったようで、俺になんとか牧田との仲をとりもつようにと依頼してきた。もしかすると、まだ俺と牧田の仲を疑って、牽制しているつもりなのかもしれない。

 藤岡と牧田の接点なんて同じクラスである事以外には無い。そこで俺の出番という訳だ。

 何故かは分からないが牧田に待ち伏せされている俺が部活の無い日にカラオケに誘う。しかしそのままでは藤岡の参加が不自然なので、男女3対3の合コン形式を提案する事で不自然さを払拭する。

 くれぐれも誤解の無いように言っておくが、これらは全て藤岡の立案によるものだ。最初にこれを聞いた俺は当然渋ったが、「応援する」と言ってしまった手前、断固として拒否する事が出来なかった。もしもすれば、また執拗な追及が再開するのが目に見えていたからだ。

 そんな俺にとって最後の願いは、牧田の判断だった。俺の提案を牧田が拒否してくれれば、八方丸く収まる訳だ。牧田は俺と何の関係もなく、俺は藤岡の力にはなれない。

 そして拒否しなかったからこそ、こうして俺は藤岡のやけに上手い歌を聴いている。

「藤岡君うまーい!」

 女子2人が囃し立てている。言いようの無い疲弊を感じつつ、牧田の様子を伺う。

 クラスメイトといる間の牧田はいわゆる優等生モードに入っていて、女子2人に便乗する形で藤岡に控えめな拍手を送っていた。

「藤岡歌うまいな。知ってた?」

 人数合わせで呼んだ薬袋が小声で聞いてきたので「いや……」と答えた。

 多分、歌唱力に自信があるからこのプランを選んだんだろう。ただ、それが牧田に通用するかはなんとも言えない所だ。

 その後、牧田以外の女子2人が流行りのアイドルの歌を元気に歌った。牧田は歌ってるフリをしていた。知らないんだろう。

 そして終わると同時、俺にマイクが回ってきた。

「ほら、斎藤君歌って」

 牧田がやけに冷めた目で言う。少し前まで気持ちの良かった微笑みが、今では意味ありげに見える。

 特に歌いたい曲がある訳でも無かったが、ここでパスは空気を悪くする。後で藤岡から文句を言われるのも癪だ。

 仕方なく、俺は曲を入力する。


 2時間後。

「いやーそれにしても斎藤が演歌を歌い出したどうしたものかと思ったな」

 藤岡が笑いながら俺の背中を叩いてくる。それしか知らないんだから仕方ないだろ。

「しかもやけにこぶし効かしてくるし」

「ていうか何で漁師の歌なの?」

 女2人の批評に耐える。その後ろでは牧田が口を押さえて噛み殺すように笑っていた。

 ……まあいい。

 さて、カラオケを出たこれからが本番だ。

「それじゃまたね」

「また」

「おう」

「あ、明日学校にさっきのCD持ってくよ」

「明日休みだから」

 そうして別れの挨拶を交わす。男3人は帰りが同じ方向だが、女子3人の内、牧田だけは電車ではなくバスの方が近いので、別の道に行く。そこが狙い目だ。

 ただし、あくまでも今回は告白という形ではなく、次のデートの約束を取り付けるだけに留めておく。いきなり告白はハードルが高いので、まずは意識させるのが肝要だ。だが次のデートは藤岡と牧田の2人きり。これを断られるようであれば脈が無いが、了承してもらえれば一気に距離が近づく。最低でも保留なら、まだまだチャンスはある。

 と、ここまでが全て藤岡のプランだ。何の雑誌で見たのかは知らないが、そこそこ理にかなっているように見える。きっと上手くいくだろう。牧田にその気があればだが。

「……うし、行ってくる」

 女子2人が見えなくなったのを確認し、藤岡が走り出した。流石はバスケ部という走りなので、あっという間に牧田に追いつくだろう。

 その間、俺と薬袋は、近くのファーストフード店に入り、藤岡の報告を待つ。成功でも失敗でも藤岡は一旦こちらに来る予定となっている。

「なあ斎藤。マジな話、藤岡いけると思うか?」

 そう薬袋に聞かれたので、俺は客観的に答えた。

「まあ、顔は悪くないし、バスケも歌も上手い。特に断る理由は無いんじゃないか」

「でもあいつ頭が悪いぞ」

「ああ、そうだったな」

 確かクラスでは下から数えた方が早い位置にいた。

「牧田と釣り合うかな」

 ……あれ? と、薬袋の様子になんとなく違和感を覚える。

「もしも街をあの2人が歩いていても、そこそこお似合いのカップルに見えると思うけど?」

「そりゃそうかもしんないけどさ……」

 薬袋が言い淀んでいる。一応、聞いてみるか。

「え? お前も?」

「え? え? 何が?」

「いや、牧田の事」

「牧田の事が? 何? え?」

 その仕草から、充分薬袋の気持ちは伝わった。

「……お前、顔に出やすい奴だったんだな」

「いや、よく分かんないけど……何?」

 本性を知っている俺からすると、牧田のこの人気っぷりには思わず失笑してしまう所だが、藤岡同様客観的に見るならば、条件は悪くない気もする。多分、俺達のような一般的な高校生が想像する、女の子らしい女の子がちょうど牧田の外面に重なっているのだろう。

 15分後、藤岡が合流した。そして言葉を発する前に、牧田のした答えが分かった。その表情はすこぶる暗く、少なくとも彼女が出来た男の顔ではない。

「駄目だったか……」

 薬袋があたかも残念そうに言ったが、心の中では喜んでいるはずだ。

「確かに、2人きりのデートは断られた。だが、脈が無かった訳じゃない」

 藤岡がスマホを取り出し俺と薬袋に画面を向ける。

「その証拠に、俺は牧田と携帯番号を交換した」

「おお!」

「また同じグループで遊びたいとも言っていた。つまりまだ、俺にチャンスは残されているという事だ」

 心なしか、藤岡は自分に言い聞かせているように見える。

 出来れば次は俺抜きでやって欲しいと思いつつ、しかしこんな日常も嫌いではないと俺は思う。とりあえず、今日仕事が入らなくて良かった。もしも途中で抜ける事になっていたら流石に気が引けた所だった。

 それからしばらく、カラオケの反省会のような、藤岡の恋愛論のような良く分からない会が続き、最後には薬袋も自らの想いをぶっちゃけてしまう形で終了した。しかしそこは流石スポーツマンといった所で、最終的にどちらが牧田と付き合う事になっても恨みっこなしという爽やかな誓いを交わし、俺達は別れた。

 帰り道、見慣れない番号から着信があった。非通知ではないので出ると、聞いた事のある声がした。

「斉藤君。どうして私を避けるの?」

 牧田だ。何故番号を知っている? 浮かんだ疑問をそのままぶつける。

「……何故番号を知っている?」

「藤岡君に聞いた」

 あいつ、交換に出したのは自分の番号だけじゃなかったのか。

「……勝手に友達の番号を教えないようにあいつには注意しておく。それじゃ」

「待って。切らないで」

 それも無視して切りたかったが、俺の良心がそれを咎めた。

「まだ質問に答えてない」

 どうして牧田を避けるのか。答えは至って単純で、面倒くさいからだ。異常者と関わるのは仕事中だけで十分だし、噂されるのもそれを否定するのも手間に感じる。

 だが、それを正直に言うべきかどうか。

「……仕事の依頼人とは、プライベートであまり関わらないようにしている」

 まるで俺のポリシーのように言ったが、これはむしろ親父のポリシーだ。もちろんそんな事を強制された覚えはないし、習った覚えも無い。だが、親父が三木からの食事の誘いを何度か断っているのは見た事がある。仕事後の食事は別だが、何も無い日は会わないようにしているらしい。

「私はまだ依頼人じゃないわ」

「そうだけど、将来的にはそうなるかもしれないだろ」

 電話の向こうの牧田が黙ったので、俺は話をすり替える事にした。

「藤岡とは付き合わないのか?」

「うん」

 即答だった。ご愁傷様だ。

「薬袋は? 今日一緒にいた」

「無いわね」

 ご愁傷様その2だ。

「……まあ、何でもいいけど、あんまり気を持たせるなよ。あいつら良い奴だし。その気になるとかわいそうだろ。大体……」

 ぷつん、と通話が切れた。

「何だこいつ」

 と、俺は電話に独り呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る