第2話 小動物

 現国、数Ⅰ、情報、体育、芸術、芸術という比較的楽な時間割をこなした。

 あとは日直の仕事を終わらせて、また部活。日直日誌はほとんど牧田が書いておいてくれたし、5、6時間目が芸術だったので、教室の黒板は汚れていない。俺は日誌にサインだけ済ませ、「気になった点」欄に「特になし」と書いて教卓の引き出しに入れておいた。担任の先生によっては職員室まで提出にこさせるらしいが、うちのクラスの担任は甘いのかやる気がないのか、ここに入れておくだけで良いので楽だ。

 さて、後はゴミを捨てるだけとなった。ゴミ袋の口をきつく縛り、それを片手に持つ。誰かが電池を捨てたらしく、ちょっと重い。透けているので中が少し見える。分別した方が良いような気もするがまあいい。面倒だ。気づかなかった事にしよう。

 校舎の裏にあるゴミ捨て場につくと、そこに3人の生徒がいた。俺と同じように、中身の入ったゴミ袋を持っている。何をしているのだろう、と思いながら近づく。

 ゴミ捨て場には、猫の死体があった。3人の生徒はいずれも女子であり、口を手で覆って「どうしよう」「どうしよう」と涙目になりながらお互いに言い合っっている。死体があるせいでゴミが置けないらしい。

「もう誰か先生呼びに行ってる?」

 と、俺が何気なく聞いてみると、「あ、えっと、まだです」とその内の1人が答えた。

「じゃあ誰か呼びに行ってもらえる?」

 1人でいいのに3人共がゴミ袋をその辺に置いて、一緒に並んで走り出した。

 しかし先生が来るのを待って、事情を説明して……なんてやっていたら部活に大幅に遅れてしまう。それに死体を見た所、車に轢かれたような感じではなく、刃物で切られてわざと内臓をぶちまけるように晒されている雰囲気もある。俺がどかしてそこにゴミを捨てても構わないのだが、変に疑われるのも嫌だし、血と内蔵の掃除をしないままゴミ袋をその上から置いたらますます現場が汚れてしまう。それは後から掃除する人に悪い。職業柄なのか、気を使う。

 などなど考えていたが、考えるのすら面倒になってきた。まあ、先生さえ来れば処理は適当にやってくれるだろう。警察を呼ぶかどうかも俺に決定権はない。俺は後から来たもう1人の生徒に話しかける。死体を見たくないのか、目を手で覆っている。

「すいません、部活に遅れてしまうので、死体が片付いたらこれ一緒に捨てておいてください」

 そして3つのゴミ袋の側に俺の分も置いて、部活に急いだ。朝練に身が入らなかった分、放課後は頑張ろうと思いつつ。



 翌日、学校での話題は、ゴミ捨て場にあった猫の死体で持ちきりだった。事件性はないと判断したのか、あるいは学校としての面子の為か、警察は呼ばなかったようだ。まあぐちゃぐちゃだったし、刃物でやられたかどうかなんて素人目には分からなかったのだろう。事故か何かで重傷を負った猫が迷い込んだくらいに思ったのかもしれない。あるいは、そう思う事で面倒事にしなかったのか。

「おい大志、猫の死体の件聞いたか?」

 朝練が終わって教室に戻った時、藤岡にそう訊かれた。

「ああ、らしいね」

 わざわざこの目で見たとは言わなかった。話すより話される方が楽だからだ。

「ゴミ捨て場に放置してあったらしい。先生達は迷い込んできた猫が勝手に死んだとか言ってるけど、そんな事ってあると思うか?」

「うーん、どうだろうな」

「それに、見た奴の話だと内蔵ぶちまけて凄かったらしいぜ。それ見て2組の伊藤が吐いたって」

「マジでか」

「なあ、やっぱり誰かの悪戯じゃねえかな? そういえば昔の事件にあったよな。殺人犯がさ、その練習で小動物を殺すみたいな」

 嬉々として話す藤岡。典型的なスポーツマンなのに、アングラな話題も好きなのはちょっと意外に見える。

「そうかもなあ」

 生返事の俺に、藤岡が気を使う。

「あれ? 大志ってこういう話嫌いか?」

 俺はひとまず「苦手かなあ」と返す。

「グロ画像とか駄目なタイプか。意外だな。こういうの平気そうなのに」

 そんな風に見られていたのか。と、その事にまた意外を感じる。同じ部活、同じクラス、同じ小学校といえど、知らない物は知らない物だ。

「斉藤君」

 そう背後から呼びかけた声の主は、昨日と同じく日直だった牧田だ。今日は当然日直ではないので、何の用かと振り向く。

「昨日はなんか……ごめんね」

 両手を腰のあたりでもじもじと組んで、申し訳無さそうに牧田が謝った。「……何が?」と問う俺に、言い辛そうに言葉を続ける。

「ほら、昨日一緒に日直だったけど、斉藤君がゴミ捨てしに行ったじゃない。その時見ちゃったでしょ? その、例のあれ……」

「え!?」

 俺より先に答えたのは藤岡だった。

「大志お前見たのか? 猫の死体!」

 声が大きいせいで、周りのクラスメイトの何人かがこちらに注目したのを感じた。俺は別に、牧田に謝罪を求めるつもりはなかったし、藤岡に猫の死体を見た事実を意図して隠すつもりもなかった。いかんせんタイミングが悪いせいで、どう言い訳していいか分からない状況に陥った俺を救ったのはチャイムだった。

 同時に担任が教室に入って来たので、藤岡も牧田も自分の席に戻っていった。そしてホームルーム中に俺は言い訳を考えておいた。

「別に隠していた訳じゃないんだよ。ただ、あんまり俺自身も思い出したくなくってさ。話すだけで嫌な気分になってくるし」

 藤岡にはそう言いつつ、

「そんなに気にしなくていいよ。俺が放課後にゴミ捨てに行ったのは日直としての仕事だし、ただ運が悪かっただけで」

 と牧田には言っておいた。

 2人とも納得した様子だったので、これ以上面倒な事にはならないはずだ。

 しかし俺のその楽観的な予想は、3日後、思いも寄らない形で裏切られる事になる。



 その日も俺は、朝練の後に教室に戻ってきた。そしていつものように椅子に座ると、「におい」がした。

 個人的には日常で良く嗅ぐにおいなのですぐにピンと来たが、それがこの平和な教室に存在する事自体は非日常に他ならなかった。俺は目立たないように自然に、自分の机の中を覗き込む。

 そこにあったのはハムスターの死体だった。やはり俺の鼻に間違いは無かったらしく、いわゆる死臭を放っている。

 最初に猫ときて次はハムスターか。猫はおそらく野良だろうが、ハムスターはわざわざ店で買ったのか、元々飼っていたのか、あるいは盗んだのか。いや、そんな事よりも、俺の机の中にそれが入っている事が問題だ。

 普通の高校生としての対処をまず考える。軽く悲鳴でもあげて、この事実を教室に知らしめ、先生に対処を訊ねる。いや、悲鳴はやりすぎか? でも冷静過ぎてもおかしいと思われる。その辺の微妙な演技は難しそうだし、そういうのはあまり得意ではない。ゴミ捨て場の時は、クラスも学年も違う女子生徒にしか見られてなかったので、平然としていてもそれ以上突っ込まれなかったが、今回はちょっと事情が違う。机の中からハムスターの死体を取り出し、「これが机の中に入ってました」と淡々と言おうものなら、俺が異常者扱いされかねない。

 椅子ごと身体を机に寄せてとりあえず背後から見えづらいように配慮した後、もう1度じっくり考えてみる。

 そもそもこれは、俺を狙った嫌がらせである可能性が高い。生まれて今日まで他人からいじめられていると自覚した事はなかったが、もしかしたら直接言われていないだけで嫌われていたのかもしれない。だとしたら悲しい事だが、それにしたっていきなりハムスターの死体を机にぶち込まれるのは、いじめとしてのランクがかなり高い気がする。その前段階にあるべきシカトや暴言に全くもって心当たりが無い。

 だが3日前に猫の死体をゴミ捨て場に置いたのも、俺を狙っての事だとしたら、俺がいじめられている可能性も否定できない。随分手がかかっているし、犯罪だ。いや、いじめはそもそも行為によっては普通に犯罪なのか。まあそれはどうでもいい。

 しかしこれが俺に対するいじめだとすると、面倒な事になる。これを先生に伝えれば、当然犯人探しになる。まず真っ先に俺に質問が浴びせられるだろう。

「心当たりは?」

「他にトラブルは?」

「言えなくて困っているのでは?」

 答えはどれもノーだ。俺は至って平和な学園生活を過ごし、部活動に精を出し、ちょっと変わったバイトをしているが、他は普通の生徒と何ら変わらない。何の心当たりもない。そして最も厄介なのは、

「とにかく親御さんにご相談を」

 という話になる事だ。親父はこういう学校でのいざこざをとてつもなく面倒くさがる。それに、この程度の事で手を煩わせるのは俺としても気が引ける。

 さて、どうしたものか。

 思案している内に、一限目が始まってしまった。再度机の中の死体の様子を確認する。

 猫の死体とは違って、そこまで弄ばれている様子はない。血も出ていない。おそらく握りつぶされたか、殺鼠剤でも飲まされたのか。とりあえず、これなら何とかなる。

 俺はスクールバックから教科書を探すフリをしながら机に手を突っ込み、素早くハムスターの死体をバックに滑り入れた。そのまま何食わぬ顔で教科書とノートと筆箱を取り出し、授業開始を迎える。ハムスターの死体は潰さないように、バックの底の隅のほうに寄せておいた。後でビニール袋にでも包んでおいて、帰りに捨てればいい。

 ひとまずこれで対処は完了だが、根本的な解決には至っていない。猫とは違い、明らかにこれは俺1人を狙っての犯行であり、と言う事は犯人が少なくとも1人はいるはずだ。そいつを明らかにし、何らかの方法で行為をやめさせなければ、再び同じ目に合う可能性はある。今回は隠せたが、今度は机の上に置かれている事もあり得る。そうなれば、先生からの呼び出しは避けられない。

 困った事になった。

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