第14話 手紙

 改心した。なんて書くと凄く嘘っぽいし、実際私は今でも、誰かや何かの命を奪う事に興奮を覚える異常者なので、やっぱり嘘という事になるわね。

 こうしてあなたがこの手紙を読んでいるという事は、三木が私を殺して、いつものようにあなたのお父さんに解体を依頼したんでしょう。とても残念だけど、仕方ない。

 私の身体がもう処分されたのか、されている最中なのかは分からないけれど、私の復讐が成功している事を心から祈っている。それとあなたが無事に逃げる事が出来て、誰にもあなたの仕事が知られていなければ、それ以上の事はないわね。死んでまであなたに迷惑をかけるのは、流石に悪いしね。

 報告が後になってしまったけど、甥を誘拐する計画は中止にしたわ。準備に付き合わせておいて勝手に中止なんて、我儘でごめんなさい。あなたの事だから大して気にしてはいないでしょうけれど、どうして三木に甥を差し出すのをやめて、三木を殺すという選択をしたのかについて、一応この手紙に書いておくわ。気が向いたらで良いので、読んでもらえると嬉しい。

 とは書いてみたものの、自分でもまだ心の整理が出来ていなくて、自分が一体何をしているのか、何でそうしているのかが分からない部分もあるの。でもそんなものよね。普段から、自分の行動をちゃんと説明出来る人なんていないんじゃないかしら。でも、出来るだけ頑張ってみる。これが最後だしね。

 甥がかわいそうだとか、そういう気持ちは一切ないわね。別に死んでいいし、殺すのも構わない。子供だからとか、身内だからとか関係なく、ましてや逮捕される事を怖がったり、世間からの軽蔑を恐れている訳でもない。だけどあの日、帰り道で甥に会った時、私気づいたの。

 殺すという事は永遠に生かしてしまう事だって。

 頭がおかしくなったんじゃないのよ? もともとおかしいのは置いておいて。

 例えば私が予定通りに甥を殺したとして、その後私は甥の死体の写真を撮るでしょう? それから毎晩殺した時の事を思い出して、また誰かを殺す度に、最初に殺した甥の時と比べて考える。あの時よりも良いとか悪いとか、簡単とか難しいとか。そのままずっと人を殺し続けて、自分が死ぬ直前に、私は私が殺した人達を思い出す。そんな私の人生は、殺した人達と一緒に生きてきたという事になる。

 ほら、よくみんな言うじゃない。誰かが死んだ時に、その人は心の中で生き続けるって。それって自分が殺した時でも有効みたいなのよね。

 考えてみると、これまで命を奪ってきた動物も、全部覚えているのよ。どんな毛並みだったか、どんな風に威嚇したか、どうやって死んでいったか。これがそのまま人間になればどうなるか。ちょっと想像しただけでも恐ろしいわね。

 慣れの問題というのもあるかもしれない。100人殺したら、その100人目は私にとって100分の1の殺人になる。けど、1人目だけは特別。私があなたで処女を捨てたがったみたいに、最初に殺した人間の事はどうしても心の中から追いだせないんじゃないかと思うの。三木がこれまで何人殺したのかは知らないけれど、きっと最初に殺した人の事は強く覚えているはずよ。

 それで私、迷ったの。最初に殺すのを、三木にするか、あなたにするか。

 前にも言ったけど、やっぱりあなたになら私の初めてをあげてもいいのよ。また社会科準備室に呼び出して、首にあてたナイフを横に引くだけ。それであなたはずっと、私の中で生き続ける。こうして書いてるだけでもとても素敵に見える。

 だけどあなたが死んだら、あなたの死体を一体誰が掃除するの? あなたにはずっと私の側にいて、私の殺した人間をずっと掃除していて欲しい。そう思ったからやめた。

 それで三木を殺す事にした訳ね。同じ殺人鬼として、どちらが上かはっきりさせたかった。三木を殺した私なら、この趣味をずっと続けられる。そんな自信にもなると思った。

 だから、さっきも書いたけれどあなたがこれを読んでいる事がとても残念。私よりも、三木の方が上だったって事だもんね。凄く悲しい。

 だけど私も、ただで死にたくはない。経験や財産で劣っていても、せめて才能では勝っていたと思いたい。だから、やれるだけの事はやっておいたわ。



 もう見つけたでしょうけれど、この手紙と一緒に飲み込んだGPS。これの受信機は、私がこれまでにしてきた事を書いた手紙と、知り得る限りの三木の情報を添えてさっき警察に送った。どの道三木を殺すのに成功しても、私は逮捕されるつもりだったのよ。罪を償おうなんて殊勝な心がけじゃないけど、もう優等生ぶるのも飽きちゃって。

 それでも三木の事だから、逃げ切る可能性もある。あるいは警察が相手にしてくれない可能性も。でも今の私にはこれくらいしか出来ないから、他力本願でも自分勝手でも出来る事はしておいた。

 さっきから、明らかに一般人じゃない男が私の後をつけているから、この手紙は駅の女子トイレの中で書いている。こうなる事は分かっていたけど、思っていたよりも早かったわ。やっぱりプロって凄いわね。

 そうだ、プロで思い出したわ。

 あなたは決して私や三木のような異常者じゃない。ただちょっと、今は心が麻痺してしまっているだけ。私の死体を片付けたら、それを最後に掃除の仕事をやめて。私の最期のお願い。聞いてくれるよね? 私が殺した誰かの死体を掃除するあなたは見ていたいけど、私以外の誰かが殺した人間を掃除するあなたは嫌。きっとこれが嫉妬ね。

 一体何を書いているのかしら。自分でもちょっとおかしくなっちゃうわ。

 それじゃあ、さよなら。好きだった。ありがとう。

 あと、恥ずかしいからあんまり私の内臓は見ないで。



 牧田の葬式が終わって帰宅した後に手紙を読んだ。三木邸から帰ってすぐ読むつもりだったが、なんとなく気が向かなくて、あの日から一週間近く経ってしまっていた。何故かは分からないが、牧田の葬式にて、何も入っていない棺桶の前で手を合わせている時に読んでみようと思った。

 あの後、三木は猟銃で警官を2人撃ち殺し、その直後に服毒自殺した。資産家が女子高校生をバラバラにして殺害し、やってきた警官も殺したという衝撃的な事件は一時お茶の間を賑わせ、今は段々と芸能人の不倫話に話題を奪われている。液晶の向こうで泣きながらインタビューに答える藤原を見る事はもう無いだろう。

 今の所、警察は俺の家には来ていない。三木が死んだので自白は得られなくても、Nシステムや目撃者証言などを元に追ってくるかもしれないという心配はまだあるが、事件として立件出来る殺人は牧田と警官の3人。それ以外の数多の殺人は、まだマスコミに伝えられていない。警察が気づいていないのか、社会的な影響を考えて公表していないのかは分からないが、前者だとしたら掃除人として良い仕事が出来ていたという事だろう。

 親父はまだ帰ってきていない。安全が確認出来ても半年は戻らないと言っていたから、どこかで休暇を取っているのか、俺抜きで仕事をしているのか。それすらも分からないが、あちらから連絡がない以上こちらからするのはまずそうだ。

 俺は布団の中で牧田の手紙を読み返しながら、ぼんやりとこれからの事を考えた。

 当面はバイトから離れて、貯金で食っていく事になるだろう。学校に通って、部活に励んで、家に帰れば家事、勉強、遊び。バイトがなくても、それなりに忙しい高校生活がある。またカラオケにでも行くか。バイトがないから、連休にはちょっとした旅行にも行けるかもしれない。高校生の割りに金はあるので、選択肢はいくらでもある。

 それで、親父が戻ってきたらどうするか。

 牧田の最期の頼みを聞いて、バイトをやめるか? どうして? 牧田はもう死んだし、俺は霊魂を信じない。そんな選択肢はない。

 だけどこのままじゃ、俺はバイトを続けられそうに無い。

 何故か。

 その理由は凄く単純だが、原因はさっぱり分からない。

 ああ。

 さっきから涙が止まらない。

 人が死んで泣くなんて、馬鹿みたいでとても嫌なんだが、自分の意思で止める事が出来ない。

 もしもこのまま、ずっと涙が止まらなかったら、俺はどんな顔をして血で染まった手を洗えばいいんだ?

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