短編集(ワンシート・ショート)

プリンぽん

人差し指 ~ファンキー烏龍茶さんから頂いたお題「クレームを言う男」より




「いかがでしょうか?」

 包帯がゆっくりと解かれていく。


「目付きが少しきつい気がするね。後、やはり顎のラインをもう少し細く」

 無表情で男は呟く。だがその顔に不満そうな色はない。

「残念です。あの、私の腕じゃ力不足では…」

「おっと、これはクレームじゃないよ、先生。これはね、個人的なこだわりだ。都内のどこ探したって、先生以上の医者は居ないよ」


 この男が私のクリニックを最初に訪れてから半年になる。施術はこれで7回目。その都度、男は高額な手術代を気前よく支払っている。



…男性でここまでの整形手術を望むのは珍しい。



女性なら全くの別人になり、手術が終わったその日に銀座デビューも珍しくはない。大きな声では言えないが、テレビで活躍するアイドルにも何人か顧客はいる。



…私は不安を感じ、警察の指名手配を確認した。



そこに男の顔はなかった。他所で手術をした形跡は無い。この男の顔に最初にメスを入れたのは間違いなく私だ。



「ま、手術の話は置いといて…この前さぁ~…」

 男は軽快にしゃべりだす。



…床屋のよもやま話。行きつけの床屋を決める基準は、腕半分、話半分。


 

 幾ら腕が良くても、退屈な時間を人は許してはくれない……商売の基本。

それは医者とて同じ事。手術の技術には自信はあるが、お喋りはとんと苦手。

この男は、本来、私がやるべき仕事を逆に奪ってくれる。


 呼吸を合わせるのが上手い。軽快なリズム。幅広い知識。そしてなにより心地良い。

確かにこれだけ気前の良い患者は貴重だ。だがそれだけでは決して無い。可笑しな話だが、私はこの男にある種のシンパシー…友情を感じ始めていた。

「じゃあ、もう一度チャンスを下さい」

「な~に言っちゃてるの?俺は先生の腕を絶対的に信頼している。任せるよ」

 男はとろける様な笑顔を向ける。理屈抜きに、遣り甲斐のある仕事だと思う。





――――――――――――――――――――





「いかがでしょうか?」

 包帯がゆっくりと解かれていく。


「完璧だよ!先生」

 男の顔がほころぶ。

「ありがとうございます。私も完璧だと思います。手術痕は一切残らず完璧に…」

 私は男に褒められ、まるで、母親に甘える子供みたいな気分だった。


「瓜二つだよ、先生」

「瓜二つ?」

「ああ、そっくりだ」

 

…意味がわからない。誰か有名人の顔になりたかったのか?それなら最初から…


「先生、mix Face って知っているかい?」

「ああ、男女を解析して、その二人から生まれた子供の顔を作成するサイトですね」

 子供だましではない。遺伝子工学を基板とした、あらゆる膨大な知的アプローチから導かれる現代のだまし絵。有名人の子供が生まれる前に作成したものが、実際と余りにそっくりだった為に、ワイドショウでも話題になった。


「先生の腕には脱帽だ。こっちの指示が下手過ぎて回り道させちまったな」

「なりたい対象が居たのなら仰ってくだされば…」

「パソコン借りていいかい?」

 男は返事も聞かず、マウスを走らせ。mix Face にログインした。


「これこれ!この赤ん坊。こいつに俺の年齢を入力すると…」

 画面には、整形した男の顔そのものが映し出された。


「一体、どう言う事ですか?」

「でなっ、こいつの両親は~ぁ、誰でしょうね~ぇ、っと」

 画面に、女の顔が映った。 

 醜女ではないが、取り立てて特徴もない女だった。


「先生、この女見覚えないか?」

「いえ…有名人ですか?」

「本当に?見覚えない?」

「私は美容整形の専門家ですよ。一度見た顔は絶対に忘れません」

「だろうねぇ~じゃあ、父親はどうかしら~っと?」

 男がエンターキーを叩きつけると……そこには、私の顔があった。


「いったい、何の冗談ですか?」

 少しこの男を過信し過ぎたのかも知れない。悪ふざけに、少々苛立を覚えた。


「あいやーぁ、ごめんあるよ。知らなくて当然だな。女の顔は原形だから」

「何を言っているのか、さっぱり分かりません」


「俺もさっぱりわからないね」

「はい?」


「妹は自分の顔にコンプレックスを抱えていたんだ。見てみろ。可愛いだろ?この顔にメスを入れる必要がどこにある?でも、妹にはそれが必要だったんでしゅねぇ~と。無け無しの貯金はたいて手術受けたんだなぁ~これが!にゃはははははは」

 男は正気か?こんな女見たことも無い。俺はミスなどしない。徹底的なシミュレーションをこなしてきたからこそ、今の技術がある。


「手術は大失敗。笑っちゃうねぇ。訴えても相手の病院は取り合ってくれなかった。妹は必死だったよ。どこかに出口を求めた」

 一刻でも、この男の感性に惹かれた自分が馬鹿らしくなった。


「金が無いからどこも相手にしてくれねぇ。そこで!じゃじゃ~ん。ヒーロー出現~~ん」


 ………


「研修医だったあんたは言ったそうだね。お金は要りません!僕に手術させてくださいってね!くぅぅう~泣かせるねぇぇ~~」

「ちょっと待ってください」




「…そこまでは美談だ。真実、妹は先生を神様だと…感じたはずさ」

「ちょっと待ってください」

「先生の天才的技術で、妹は助かったよ。それは事実だ」

「……」

「女が男に惚れるのに理由は要らない。で、その気持を利用してあんたは何をした?」

「話を聞いて欲しい」


「さっきの話で終わればハッピーエンド。でな?あんたは妹の顔に何回メスを入れた?」

「妹さんの死に、私は関係ない。一切、傷跡は残さなかった。誓って言う」

「質問に答えていない。自分の技術の為に、正常な妹の顔に、きさまは…きさまを愛した妹の顔に…何回メスを入れた?」

「違う、奈美の自殺に、私は一切関係してない」




「感謝するよ、先生。事件を起こしてからじゃ整形手術は間に合わない。どこまで逃げ延びられるかな?先生の天才的技術で、顔は…まるっきり別人だ」


「待ってく…」

 男は、私の唇にそっと人差し指を置いた。








「自業自得。………クレーム言うのは無しだぜ!」











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