羅生門。   ~けんた様から頂いたお題「門番に人の心は必要か?」より

 


 蜘蛛くもが、ワサワサと、手足を動かす。まるで、生きている様に。

 男は震えていた。女の頬に流れるホクロを、指でつなぐ。

 刹那、男は女の乳房にむしゃぶり付き、座位ざいで乱れた長襦袢ながじゅばんを擦りあげ、 女は愉悦ゆえつの声で泣く。




「カット! はい、オッケー」

「それじゃぁ、休憩入りま~す」



「お疲れ様でした」

 抱き合った女優は、愛想よかった。裸を売っても、こんな仕事は、ステップアップのつもり。 未来があるから、人は明るい。

 頼まれてもないのに、絶食をした。背中の蜘蛛の刺青が、美しく映える様に。

アダルトビデオに毛が生えたみたいなVシネマ。……そんなもの誰も見やしない。



 ファンタ。喉が乾いた。グレープ。……今日はオレンジの気分じゃない。

(プシュッ)喉の渇きが収まっても、まだ半分、残っている。……歳かな?



 カバンから台本を取り出した。次の仕事が、決まっている。

 飛ぶ鳥を落とす勢いの売れっこ俳優。彼からの、ご指名だ。



※※※※※ 羅生門 ※※※※※

平安時代。若い下人が途方にくれ、いっそこのまま盗賊になろうかと思いつめる。ふと、二階に人の気配を感じ、のぼると、老婆が松明を灯しながら若い女の死体から髪を引き抜いているのだった。下人は刀を光らせ、それに驚いた老婆は、抜いた髪でかつらを作っているのだと…それは生きる為の仕方の無い行いで、女も生前、蛇の干物を干魚だと偽っていた悪党。髪を抜いたとて許すであろうと、そう語る。


老婆の言葉を聞き、下人に勇気が湧く。老婆を組み伏せ、着物をはぎ取るや、

おのれもそうしなければ、餓死をする体なのだ」

言い残し、漆黒の闇へ消える。下人の行方は誰も知らない。

※※※※※



 言わずと知れた芥川龍之介の短編小説であるが、原作にない門番の役回りが加わり、それが自分に与えられた……仕事。

 30分ほどのショートフィルムは、主役の下人役に山口優作、老婆には大女優、桃井順子。 それだけでも恐れ多いのに、作品は海外の映画賞に出品する予定だ。


 元来、ショートフィルムに関しては欧米の評価が、圧倒的に高い。

 国際映画祭で、クレジットタイトルに、自分の名が流れるのだ。


 残ったままの缶を、ゴミ箱にほうった。





 優作と出会ったのは十年前。作品はヤンキーもので、俺が教師C、優作が優等生B。

 まだ幼さの残る未成年を引きずり回し、ふたり、夜の盛り場をさまよった。

 人付き合いが好きじゃない俺は、……だが、優作にだけは慣れない演劇論をぶち、二日酔いになるまで、飲んで語った。




  3年後、優作は主役を張る。




映像の中に、俺に足りないもの、その全てがあった。

女房を犯された若い侍は、イライラさせるほど情けない。

表情、心の弱さ、葛藤。そのどれもが、観客の怒りを誘う。

でも、主人公から目が離せない。……そして、ラストシーン。




  不覚にも、涙した。 




 そして俺は、優作との接触を絶った。忙しいだろうと、そう自分に言い訳をし、それなのに、毎年、毎年、年賀状が届く。栄光への道すがら、出会ったこんな俺にまで……。

 演技だけじゃない。売れる人間は、売れるべくして売れる。






「主は、どこへ行く」    セリフはたった一つ。






「主は、どこへ行く?」

「主は、どこへ行く」

「主はぁ、どこへ行く」

「主は、どこへ行くぅ」

「主は……どこへ行く」



 ノイローゼになりそうだ。

 そもそも俺の演技が過剰なら、芝居は壊れる。

 映画を見る者は、世に迷った下人の心の動きと、生きることを突き詰める、老女の怪演を追っているのだ。

 問いかけに、主人公は何も返さない。ただ表情のアップと、闇に紛れ消える姿だけをカメラは写す。



……役を掘り下げたところで、意味なんかない。


  

 平安時代。京の都は飢饉や辻風(竜巻)などの天変地異が続き、荒廃している。貧困に喘ぐ民衆を他所に、門番は自分の役目を果たしているだけ。

 時間の間、立ち、犯罪行為が起ころうが、見て見ぬふり。なのに、去りゆく下人に思わず、問いかけてしまう。無関心をまっとうすることも出来ないでいる。

 

 女房子供はいるのだろうか? ……馬鹿馬鹿しい。

 そもそも門番に、心はあるのか?

 自分じゃなくても出来る仕事、時がただ、過ぎゆくだけ。




 ご丁寧に、監督から手紙が届いた。高性能カメラ7台。演技は全て、役者に任せる。

 セットが組み上がれば直ぐ撮影に入る。一ヶ月は拘束されるのを、覚悟して欲しい。


 気違い! たった30分のショートに、スタッフ全員、気違いじみている。




 携帯に手を伸ばす。何年もかけていない、番号が目に映る。


「須賀さん! お久しぶりです」

「遅くなってすまない。監督から連絡を入れる様、言われてたんだが」

「こちらこそ。相談もせずに引っ張り出してすいません」

「いや……、指名してくれてありがとう。なあ?……優作」

「なんですか? 須賀さん」

「最後のシーン。お前はどんな表情かおする?」

「ははは、そんなの、わかりませんよ。だって、二人はまだ出会ってない」

「まだ、出会ってない?」

「……勝負っすよ、須賀さん。俺はもう、体、絞ってます」

「ん? じゃあ俺は逆に太るか。公務員なら、飯に困る心配はないからな」


 携帯を畳んだ。



          (喰うか、喰われるか)



 詰まらないことで悩んでいた。役の存在を、俺ごときが語るな。

 自分じゃなくても出来る仕事。そう思えれば、楽なのかも知れない。

 台詞せいふじゃなく。人生は滲む。フィルムには、全てが滲む。




   



       オレンジ色の太陽に、思わず目を瞑った。










   優作! ……、俺は、俺のやり方で、お前を喰らってみせる!













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