アラジンと真昼のランプ~kekoさんからのお題「昼行灯」より
金貨を投げ入れた。
それは、すり鉢状の壺をクルクルと転がり、やがて壺の底の小さな穴に落ちた。そこには弁護士バッジに刻まれるシンボル……そう、
石畳にたたずむ老人が、目を丸くする。それはそうだ……儀式に使うための貴重な
(こんな酸っぱくて生臭い水に、金貨一枚)
(いつの世も、権力者とは横暴なものだ)
サザ波がごとき起伏の、永遠とつづく砂の大地。
想像したより先っちょの丸いピラミッド。小柄な、スフィンクス。
ここは下弦の月に照らされた、古代エジプトの砂漠の神殿。
―――――――――
時間旅行のツアーはいかが? ……たしか、そんなキャッチコピーだった。
仕事を終えた俺は、彼女とのデートの待ち合わせまで暇を持て余していた。
俺はためらわず、ゲームセンターの茶髪のスタッフに金を渡した。
だから実際は、電極を幾つも取り付けたヘッドギアを被り、椅子に腰掛け、眠っているに過ぎない。そう俺は……今、仮想空間にいる。選択したのは、千夜一夜物語。
誰かに導かれ、
だがそれも、……今から3年も前の話になる。ある特定のミッションをこなさなければ、このゲームは終わらない。
ゲームが始まって当初、俺は飽きるまで女を抱いた。男なら誰だってそうだろ? かぐや姫にイタズラしたくて、竹取物語を選ぶ奴だって居る。
現代の知性と武器を持っている俺に、古代人はまるでチンパンジー。
小さな爆発一つで皆がひれ伏し、金は遊んでいても集まった……無論、女も。
……だが、中近東の
困ったことに、このゲームに時間的制約はない。理論上、千年いようが万年いようが、眠っているのは2時間程度。記憶は折りたたまれ、どういう仕組みか?その時間内にすっぽり収まる。
ただ、この世界にも寿命の概念はあり、実際100年居ることは難しい。長生きを競うコミュニティーもあるようだが、俺はそれには興味がない。
要するに、自殺してゲームを強制終了させる事も出来る。しかしそれは余り良い選択ではない。ゲームでも、多少は心が傷つくのだ。トラウマになっちゃかなわない。
ゲーム課題。魔法のランプを探すこと……(ベタだなぁ)我ながら陳腐な設定。まぁ、キャラクターをアラジンにしたのだから仕方がない。シンドバッドにすれば、ロック鳥と戦ってダイヤモンドを探し、アリババにすれば……あいつ、なにをするんだっけ?
仕方ないよね?話を進めなきゃ。
月明かりの中、旧式の
ニュートリノが光を追いぬく事が証明されて、インターネットは時空を超えた。俺たちは、ジョブズに感謝しなきゃならない。
媚薬を作る手順から爆弾を作る方法まで、こいつは何でも教えてくれる。無論、高度な天文学の知識さえも。
話をもとに戻せば、このゲームは手順を踏めば余程のバカじゃない限りクリア出来る。順番にヒントが与えられ、ドキドキしながら与えられた課題をやっつければ、ゴールイン!まるで、コンピュータ制御されたリーチアクションに喜ぶ、パチンコ中毒者のように。
俺は、最初のヒント『東の村に行け』を初めから無視した。どう考えても、都会のほうがいい女が多い。……でも、ちゃぁんと計画は立てていた。ヒント無しに、ランプを特定する方法。…………だから、三年間、待った。
(さて、そろそろか?)
イスラム世界には、神と人を仲介する特別な階級は存在しない。つまり、みな平等。
だから、やんごとなき高貴な身分の人間も、自らがこの神殿にやってくる。
その隊列は静かにやってきた。前後を近衛兵が固め、真ん中に一匹の象がいる。象の背には台座がしつらえられ、上質なベールが幾重にも掛かる。当然、中は見えない。
知能指数の低いチンパンジーだとて、威厳というものは確かに存在する。
少し息を飲んだ。だが、ここで
俺は素早く隊列の正面に立ち塞がり、二週間、練習した口上を口にする。
「偉大なる王、ファラオよ。我が名はアラジン。預言者、アラジ…………」
喉元に、近衛兵の槍の切っ先が止まった。もう一言、喋れば、突き破られる。
「…………」
「…………」
「若者よ! 神殿に向かう我に声をかけるとは、この世に命を賭してまで伝えたい事があるものだろうか?」
ベールの中から厳かな声がした。
「……く、国の一大事にございます。もし偽りならば、舌を抜かれ八つ裂きになる覚悟は出来ております。どうか……」一世一代のセリフ。少々、噛んだが。
聖水の自販機のそばで、こんな深夜に行く宛のない老人が、哀れんだ顔をしている。
(お前に同情されちゃ世話ない。が、まぁそうだ。殺されてゲーム・オーバー……やっぱカッコ悪い)
ホタルだろうか? 王の台座の周囲に光が舞う。
幾重にも張り巡らされたベールが微かに動いた。
「勇気に免じて、話だけは聞こう」……………………(俺の勝ちだ!!!)
―――――――――
広大な神殿に、国中のランプが集められた。大理石の敷地だけでは間に合わず、それを取り囲む奴隷たちの手にもランプが握られている。実用的な銅のランプから見事な装飾がされたそれまで、じつに様々。当然だ、王の命令は絶対。逆らえば首をはねられる。
「暗黒の竜と、首のない
もっともらしい事を言ったが、全部作り話。
「まず竜が太陽を飲み込み、そして麒麟が竜の頭ごとそれを打ち砕く」
我ながらあほらしい……。
「竜が太陽を飲み込んだら、全てのランプに灯火を!闇一点の光に私の呪文を乗せて」
太陽がジリジリと肌を刺す。やはり、この時代は飽き飽きだ。
「麒麟を退治してみせましょう。竜はその熱さで、すぐに太陽を吐き出すでしょう!」
予定は? えぇっと、午後1時25分……それまではこの七面倒な臭いセリフを唱え続けねばならない。
皆既日食 (太陽と月の軌道がビューンとなってバァーンと重なるあれだ)
iPadでも、日付を特定するのには骨が折れた。単純なペテン。太陽がなくなれば王の権威などあったものではない。俺の予言に、チンパンジーたちは慌てふためいた。
……午後1時10分。 (暑い。くそ……暑い)
……午後1時15分。 (どうせなら、ビールでも頼んでおけばよかった)
……午後1時20分。 (くらくらして、いとしの彼女の名を忘れそうだ)
……午後1時25分。 (?????????????????????)
……午後1時35分。 (しまった…………………………しくじったか?)
周囲がざわつき、ベールの中の、見えるはずのない王の顔色が変わった。
近衛兵が、ゆっくりと、俺に近づく。ゲーム・オーバー。……終ったら直ぐに、飛び切りのイタリアンを予約しよう。ワタリガニのパスタで、スパークリングワインを彼女と飲もう……。
そのとき、
近衛兵の右頬に影が落ちた。先ほどとは違う周囲のざわめきが起こる。
欠けた! 太陽の端っこが黒く、そして静かに。
「何をしている! すべてのランプに灯火を! 我が名はアラジン! 偉大なる預言者!!」
―――――――――
祝宴を抜け出すのが大変だった。王は国中の美女を差し出すと言ったが、俺には肉付きの良い彼女ひとりで十分だ。それがよくわかった。ご褒美は、ひとつ(ひとり)だけでいい。
すすけた……国中のランプの中で唯一灯らなかった……この古いランプ。
「さぁて、ランプの精……魔神にお出ましいただこうか?」
俺は、磨くようにランプをこする
「ブッブゥー。残念ですがそれはこのゲームに仕掛けられたトラップ・アイテムです」
天空から甲高い声が……っと思ったら、その声はいつの間にか隣に居た老人が発したものだった。
「お前は誰だ!」
「指輪の精で御座います。……いつもあなたの近くに居たのですがね?ゲームをクリアするには、私のイベントは必須なのですが……残念ながら、あなたは一度も私に声をかけてくださらなかった」
「……まあいい、どの道、これでゲーム・オーバー。終了なんだな?」
「ご安心を。トラップに引っかかっても、ゲーム・オーバーでは御座いません。スタート地点に戻るだけで御座います。勿論、このゲーム内の記憶は全て消去され……」
―――――――――
金貨を投げ入れた。どうして? あんなに、喉が乾いていたのに。……目の前にあるのは人類最古の、自動販売機……パンフレットで見たよ。汲み上げる少女は、体重ほどの重みに耐え、それを運ぶ。 尊い、尊い、それはそれほどの貴重な……、
なぜ? その水は飲んでもないのに…………酸っぱい、予感がした。
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※これは原田真二さんの『タイムトラベル』をモチーフにしましたので、文中使っている語句には、その歌詞(暮紅花(サフラン)色のドアを開けた)等々や他の楽曲、Slender Girlなどの言葉を敢えて意識して差し込んでいます。
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