偽りの自分。 ~ユエ様から頂いたお題「本当の自分」より



モナリザの絵に、ビロードの布が掛けられた。


「さあ、お好きなカードを選んで下さい。そして私に見え無い様、みなさんに……」


 カードはスペードの9だった。俺はマジシャンに死角を作りながら、客たちにカードを示し、そして、正面を見据える。


「ありがとうございます。では、カードを両手でしっかりと握っていてください」

 マジシャンはそう言うと、少し念じ、おもむろに額縁に掛けられた布を剥いだ。


「おおぅ……」

 客たちが一斉に感嘆の声を漏らす。そこにはスペードの9を咥えた、モナリザがいた。


「もう、正解だとは思いますが、念のためにカードを確認してください」

 俺は、カードを挟み込んだ両手を広げた。


「げぇ!」

 何とカードは、四角いガラス板だった。驚いた俺は、迂闊にもそれを落としてしまう。


(パリッーン)


ガラスの板は砕け、客席は静まり返る。



「驚かしてすいません。なぁ~に、大丈夫ですよ」

 マジシャンは、ガラス片をかき集め、先程のビロードの布を掛けて「えぃっ!」



 そこには、スペードの9があった。会場は、拍手で埋め尽くされた。





-----------





 急場で作られたマジックショーの看板を背に、俺は店を出た。暗がりの路地に入ると、

「お疲れさん!相変わらずの名演技!」

 と肩を叩かれる。


「結構、金を弾んでくれたよ。居酒屋にでも寄って行こう」

 黒川は、先程のマジックショーで着ていた衣装そのままだ。役回りが変わることもあるが、大抵、俺がサクラの役を演じる。黒川はマジックの腕はそこそこだが、演技がまるっきり出来ないからだ。



「そろそろ新しいネタを仕入れたいところだねぇ」

 ホッケをつつきながら、ふたり向かい合う。トイレに立った客が、蝶ネクタイと背広の組み合わせを不思議そうに見やる。


「一つ良いのがあるのだが……な。この前、デモンストレーションで見てきた……」

「いくらだい?」

「150万」

「おい、冗談じゃないぜ。テーブルマジックだろ?回収するのにどれだけ掛かるんだよ」

 ふたりは同時にため息を吐いた。


 一般には知られていないが、マジックのタネは専門の人間が作る。役者と脚本家の関係に似ているだろうか。マジシャンは、自分の技量とタネの値段を秤にかけ……こうなると、なんら一般の商売と変わりはない。仕入原価と売上に、シビアに頭を悩ませるのだ。


「しょうがない。アレンジを変えて、暫くは安いタネの組み合わせで行こう」

 安物は複数のマジシャンが使っている。被っては大変だから、小道具と演出を変える。温泉場などでは、しくじると小皿さえ飛んでくるのだ。ふたりはまた、ため息を吐いた。





-----------





 遊園地の催しもの会場はざわついた。赤い風船を持った女の子が舞台に上がり、何かの拍子にそれが(パァン)と割れてしまったのだ。女の子は激しく泣き出し、それだけでも大変なのに、怒った父親らしき男性が、舞台に飛び乗ってきた。

 会場の客は、どうなることかとハラハラと見ている。


「コレハコレハ、お嬢ちゃん。申し訳ない。…でも大丈夫!……はぃ!」

 マジシャンは親子に布を掛けたと思ったら、瞬時にそれを引き取った。


 なんと女の子の手には先程の風船が、そして父親の手には、うさぎとクマの風船が握られている。

「おおおおおおぉぉ」

 会場は、どよめいた。一拍して、割れんばかりの拍手が起こる。


 女の子はニッコリと笑い。父親は先程の怒りの矛先を失い、照れ笑いを浮かべながら女の子の手を引いて舞台を降りていく   ……この演技が難しい……。





-----------





「どうだ、美味しいか?」

「うん!」

 娘の奈美は、ご褒美のチョコレートパフェと格闘している。



……仕事とは言え人を騙すことが、子供の教育に良くないことは分かっている。もし、本当にこの子のことを思えば、こんなヤクザな仕事から足を洗って、定職に就くべきなのだろう。

いや、それなら…この子の母親が離婚届と安物の指輪を置いて出て行く前に、自分は……。



「奈美ちゃんの嘘泣きは、相変わらず天下一品だねぇ」

 黒川が遅れてやって来た。


「黒川のおっちゃん!風船が割れたとき、驚いた顔しちゃ駄目じゃない」

「手厳しいなぁ、奈美ちゃんは。どうもさぁ破裂音ってのは、昔から苦手でさぁ」

 黒川は頭を掻いた。


「あそこはクールじゃないと……しっかりしてよね。私、この仕事にやりがい感じてんだかんね!」

 奈美の言葉に、大の男ふたりがのけぞった。


「そっか。奈美はこの仕事好きか?」

 

「だって、みんなあんなに驚いているんだよ? ハッピーなんだよ?」


「……そうだね。じゃあ今度はもっと凄いので、みんなを驚かせてあげよう」



 遠くに聞こえるメリーゴーランドの音色と、つい今しがたの客たちの笑顔が脳裏に流れた。








     ……俺は、人を偽り続けたい。  これからもずっと……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る