マザーツリー ~戌のひあん様から頂いたお題「死までの3分間」より
世界遺産、白神山地を望む、青森の小さな村。
仕事の前に、どうしても来たかった場所。
樹齢四百年ともいわれるブナの巨木(マザーツリー)にそっと手を置いた。
……上昇を続ける水音を、感じる。
次の仕事が成功すれば、俺の人生は変わる。 だが、失敗は許されない。
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狭い入口に、ギターケースが引っかかった。係員が笑顔で支える。
動く床に気を取られ、満足に礼も言えない。 俺は、いつもそうだ。
……
ターゲット。衆議院議員、山林健一。
議員秘書を経て、若干28才で初当選。与党、最大派閥を牛耳る、佐藤豊の懐刀。
彼の経歴は、数奇なものだ。幼少時代を孤児院で過ごし、養子として現在の両親に引き取られる。彼の運命を劇的に変えたのは、交通事故。
通学途中、車に跳ねられ、顔面損傷と腕の骨折を負う。運転していたのは当時、既に辣腕を振るっていた衆議院議員、佐藤豊の……私設秘書である。
(これについては様々な憶測が流れたが、答えは闇の中)
その後、金銭面で進学を諦めていた彼に、強烈なバックアップがなされ、一浪して東北大学に合格。 卒業後は、順風満帆な人生を歩む事となる。
……
密室は禁煙だろうが、構わずタバコに火をつけた。 ギターケースからライフルを取り出し、照準を確かめる。観覧車が頂点に達したら、演説中のターゲットの額を撃ちぬけばいい。
銃声が、木霊する。
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自分を狙った人物を見たいと、警察にゴリ押しをした。
霊安室。 秘書たちに出て行くように告げる。
彼は自らの胸を撃ち抜き、その顔はうつくしいままだ。
(そうか、俺はこんな顔だったか。……あの事故がなければ)
そっと、冷たい頬を撫でた。
兄なのか弟なのか、それさえも定かではない。
議員になって初めて、俺は彼の消息を辿った。
因習。
双子は引き取り手に嫌われる。俺たちは、別々に養子に出された。
彼は里親との折り合い悪く、中学を卒業後、東京で職を転々とする。
消息はそこで途絶えた。その後、どのような人生を歩んだのだろう。
スコープに映る私に気づき、引き金を引けなかった……彼の人生。
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手付かずのブナ原生林を有する白神山地。青森の小さな村。
ふたりの人生、その出発点。
ブナは生長する過程で、根から毒素を出す。だから一番強いブナだけが生き残り、他は枯れてしまう。……種の保存を賭けた、皮肉な淘汰(とうた)。
だが…ごく稀に、二本の木が共存する。…それはひとつの果実から生まれた、同じ遺伝子を持つ、双子なのだ。
ふたりが、もし一緒だったなら、運命は変わっていたのだろうか?
観覧車の中で何を思った? 彼は……いや、俺は何を思ったのだろう。
【了】
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