夢供養(ゆめくよう)~飴慕情様から頂いたお題「夢供養」より




白刃に流れる刃紋はもんの波に、敵の顔が映っているか?

わしはツワモノに目負うたら、例外なく下段に太刀を構える。

大抵……これで勝てる。波間に映るは、その者の死相。


したが、今回の相手はちぃと分が悪い。いまどきはやらねぇ、居合い抜きの達人。

刀を抜き去るその刹那、さやで刀身を滑らせ斬りつける。抜き身の刀を振るのとでは…数段、その速さが違う。


次にあやつが抜いたら、わしの首は胴につながってはいまい。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――




「旦那、ねぇ旦那ぁ、大変なんですよぉ旦那」

「なんじゃうるさいな。禄に昼寝もできやしねぇ」

 わしは湯屋の用心棒をしている。三食いただけるのはありがたいが、時折、詰まらぬ厄介にも巻き込まれる。

「お糸が舌を噛み切ったんでさぁ。もう虫の息だ。早く行って抱いておくんなせぇ」

「お糸が…場所は?」


駆けつければ、お糸はやはり臨終の際であった。

床に伏せるのを抱き上げ、舌を噛んで口がきけないお糸に、わしは構わずこう呟く。

「ぬしの夢はなんじゃ?」

 わしは目を瞑る。お糸はくちびるを少し震わせ、そのまま息を引き取った。


「旦那、ありがとうございます」

 湯女を束ねるお仙が、礼を言う。

「まったくでさぁ、どう言う訳か死ぬ間際、旦那に抱かれた女は安らかな死に顔になる。取り立てて色男でもねぇってのに、摩訶ふしぎ、ありゃ不思議」

 わしは、軽口を叩く下男の多兵衛を睨みつけた。

「おっと、冗談でさぁ。そんなおっかない顔しなさんなって、旦那ぁ」

「そんなことはよい。子細しさいを申せ」

「いえねぇ。昨晩、お糸が客の口を噛み切ったんでさぁ~。でね、目には目を歯に歯をってもんで、客の使いが湯屋に押し寄せて騒ぎましてね。そんで居たたまれなくなったお糸が、止める間もなく……」

「そうか」

 それだけ聞けば、もう大体の筋は読めた。ここでは、よくあること。

 遊女は一夜に何人もの客をとる。玄人とは言え、生身の女。客が来る度、気を遣っていては…体が持たぬ。まして、心底惚れた間夫まぶでもいれば…。

下級遊女とて、口吸い(接吻)は、だから許さぬ。身は売っても、心は売らぬ。

したがここいらは、泥まみれ、埃まみれの客がくる、風呂付きの遊女屋。吉原遊郭と比べれば…客も粋を心得ぬ。


女の本気が見たいとは男の性。わからぬではないが、中にはしつこい客もいる。


「悪い野郎で、こともあろうに侍だ。旗本の三男坊だよ。吉原が出入り禁止になったんで、湯屋まで出張って…酒飲んで絡んで挙句の無理難題」多兵衛が、膝をはげしく叩く。


 突き飛ばしたのならまだ良い。どんな理由があろうとも、客に傷を付けちゃぁ具合は悪い。目には目を。商売物の顔に傷を付けるわけにゃぁいかねぇから、店は渋々、銭を出す。出した銭は、女の年季に積み上がる。


「ごろつきども、お糸ちゃんが舌かんだ時は青くなって逃げた癖に、使いを寄越して十両だせと言ってきやがった…」お仙が舌打ちをする。


 世迷いの遊びが、ゆすりたかりに変わったか。



「お仙よ。お糸は幾つだった?」

「へえ、子供ん頃に下働きに売られてきて五年…そう、数えで十八」

「数えで十八…」

まだ子供。夢は何かと問われ、お糸の中に見えたのは幼子の頃の姿だけ。若い身空で楽しい思い出が、たったそれっぽっちとは……。


 幼なじみが二人。恋に落ち、子を産み、やがて安らかに死んで逝く。

 ……そんな夢を見せた。


夢供養。 わしには、こんなちんけな芸当しかできぬ。




「で、受け渡し場所は?」

「旦那ぁ、行ってくれやすか」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――




数人のごろつきは、即座に切り捨てた。

残るは旗本の悪童、ただ一人。 …しかし眼前に、痩せた浪人が立ちふさがる。



長く生きていれば、本物と目まおぅこともある。


わしの剣は、この男に勝てぬ。



「このまま切り合えば、どちらかが死ぬ。十両置いて、このまま帰らぬか?」

 男は意外な事を言う。切り合えば、己が勝つ…そのことは、この男にも分かっているはず…。

湯女ゆめの弔いに、命をかけることもなかろう。こちらも安い雇われ銭で、命のやり取りはしたくはない。のう、雇い主。恨みっこ無しのお開きでよかろう?拙者が負ければ、もはや貴殿の盾はござらん」

 浪人の影で悪童は、首を激しく縦に振る。


「生憎と銭は持ってきてねぇ」

 旗本と言え、殺しとなりゃ体面が先。わしが死んでも、湯屋に迷惑がかかることはない。


「勝ってよし、負けてもよしか。そこ元の腕になるには、並大抵の修行ではなかろうに………なぜそこまで、…商売女に肩入れをする?」

 それだけ言うと浪人は、勝負の最中、目を瞑る。



異能者。 瞬時にわしは、それを悟った。目の前の敵は、わしと同じ異能者であった。




「なるほど、………貴殿の母御は……遊女であったか」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――




 わしは、母のそばにいた。



 母に振りかかる厄災を、すべて切り捨てる男になりたい。



 わしが強くなるたび、母は笑った。



 でもわしは、もっと強くなる。  もっと…






 

 

 強く             強く              強く














【了】   ~夢供養~

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