EPISODE.XIII 災厄に集う綺羅星(2)

 ――同時刻。


 長野県に埴科郡坂城町ある『村上流真長槍術道場前』。


 家の周囲には複数台のパトカーが停車、報道陣がカメラを回し始めると何人もの野次馬が何事かと足を止めてその様子を覗き込んでいた。


 長野県、信州地方を中心に発生している前代未聞の連続行方不明事件。


 その事件の最中、一夜にして崩壊した家屋があるとの連絡を受けた警察はその被害にあった家屋に赴き現場の調査を進めていた。


 まるで竜巻にでも巻き込まれたかのように滅茶苦茶に破壊された道場と家屋……いくら調査を進めてもその原因は不明。特に被害の大きかった道場はほぼ全壊、隣接した家屋も半壊の状態であった。


 一通り現場検証を終えた警察関係者が家屋から出てくるとその周囲をぐるりと報道陣が取り囲む。



「一体何があったのでしょうか?」


「被害の状況は? 怪我人の方などは発見されたのでしょうか?」


「現在発生している行方不明事件との関連性は?」



 我先にと幾重にも差し出されるマイクと怒号、連続して焚かれるフラッシュの雨。その有象無象の人混みをかき分けて紺色のビジネススーツを着た女性が悠然と歩を進めていく。


 ――誰もが目を惹く長いブロンド髪に黒のサングラス。


 その海外モデルのような出で立ちに、群がる報道陣の誰もが一度は彼女に向かって、マイクやカメラを差し向けるが、その瞬間……皆、同様に彼女に対して道を開け始める。


 答えは単純、彼女が発するそのオーラにある。何人たりとも寄せ付けない、触れることすら許されない。そんな圧倒的なオーラ……


 ――そして彼女の顔。


 その左側半分に深く深く刻まれた青色に染まった大きなあざが、その身に纏う隔絶的なオーラをより人々に強く印象付けさせていた。


 黒スーツのブロンド髪の女性はいち早くパトカーの後部座席に乗り込むとスマートフォンを取り出して目的の人物に連絡をかける。



「……ハロー、直江ビッチ、アタシよ。とりま長尾ながおの姉さんに代わってもらえるかしら……ハァ、今は無理ってどういうことよ? 甘粕ドールが暴走して取り込み中? ハァ、分かったわ……イエス、そうね、現場にはなーんの手がかりもナッシング……ハァ、そう……では、『四天してん』はまだ全員揃ってはいないのね……アー、ハイハイ、分かったわ……イエス、分かっているわよ……でももう少しだけ待って頂戴……イエス、そうよ……警察にも一応プライドというものがあるの、一応ね……アー、もう、分かったわよ……場合によっては『武松バカ』を連れてソチラに合流するわ……イエス、そうね……言われなくても気を付けるわ……ハーイ、じゃあまたね……バーイ」



 黒スーツの女性は電話での会話を終えるとフウー、と大きくため息を吐く。一服しようと胸ポケットから煙草たばこの箱を取り出すが、箱の中身が空っぽであることに気付き「シット!」と声を荒げて握りつぶしたその空箱を車のフロントガラスに投げ付けた。


 ちょうどそのタイミングで小柄な女性警官が運転席に乗り込んでくる。報道陣にもみくちゃにされたのだろう、制服の着こなしに若干の乱れが見られていた。



「よー、まいりましたなー、これよー、どーしたものでしょーなー……」


「ハン、どーしたも、こーしたも……おかみにはありのままを報告するしかないでしょう。今回もぉ、なーんにもぉ、ワ・カ・リ・マ・セ・ン・デ・シ・ターーッ、てね。ハッーハッハッハッ……ハァ……」



 黒スーツの女性はヤケッぱちにそう叫ぶとサングラスを外して後部座先にぐったりと寝そべった。その姿には先ほどまで感じられていた隔絶的なオーラは全く感じられない。


 サングラスの奥に隠れていた女性の青い瞳が後から乗り込んできた運転席に座る小柄な女性警官の手に付いた赤い血痕を目ざとく捉える。



武松たけまつ……両手が血で赤く染まっているわよ」


「おー、これなー、これはよー、だいじょーぶなんだなー、けがはしてないのよー」



 『武松たけまつ』と呼ばれた運転席に座る小柄な女性警官は自分の無傷をアピールする為にグー、パー、グー、パー……と、両の手の開閉を繰り返して見せる。



「アナタが簡単に怪我をするわけがないでしょう。アタシはどうしてアナタの手に血が付着しているのかを聞いているのよ……答えなさい、武松たけまつ


「おー、そーなー、これよー、あれだなー、『こーむしっこうぼうがい』ってやつよー」



 そう言って小柄な女性警官は車のフロントガラスを真っ直ぐに指さす。正確にはそのフロントガラスの向こう側に見える風景。――村上家周辺に群がっていた報道陣関係者の何名かが血まみれになって横たわり、ちょっとした騒ぎになっていた。



「あいつらよー、まじなー、あるくのになー、ちょうじゃまだったのよー」


「ハァ、武松たけまつ……つまりアナタは一般人に対してその拳を振るったというわけですね」


「あー、かるくなー、それとよー、『けり』となー、『ずつき』もしたよー、なんせあれよー、じゃまだったからなー」


「ハァ、武松たけまつ、アナタ…………始末書ね」


「お、おー? ……し、『しまつしょ』……あー、あの、とても、めんどーなやつかー……とても、めんどーなやつなのかー?」


「イエス、そうね、とーっても面倒なやつね……そしてアナタは確実に減給」


「げ、『げんきゅう』はいたいなー、でもなー、きけよー、てかげんはしたのよー、がまんもしたのよー、でもなー、じゃまだったからなー、いや……ほんと、じゃまだったのよー?」



 涙目の表情で後部座席に寝転がる黒スーツの女性に向かって訴えかける小柄な女性警官……しかし、残念ながら慈悲はない。


 黒スーツの女性はその涙に濡れた視線を無言で受け流す。



「…………」


「おー、あれよー……」


「…………」


「あのなー、あれよー、ちょっとなー、はなしをきくのよー……」


「…………」


「おー、これはよー、もうなー、ぜったいゆるされない『ぱたーん』だなー……」


「…………」







「おー、おー! しんじられねーよー、まじよー、あいつらさいあくだなーっ!」


「ノンノンッ! アナタがねッ!」



 ハァ、本当に頭が痛い……唯でさえ事件に対して何の成果もあげられていないのにこの部下の不始末である。原因不明の謎の連続失踪事件に『銀色の死神』と呼ばれる少女の噂……長尾ながおの姉さんから有益な情報を流してもらってはいるが、警察の関係者は誰もこんなオカルト染みた話を信用したりはしないだろう。


 悔しいが警察組織ではこのあたりが限界ということだろう……


 ハァ、ならば……もう覚悟を決めるしかないわけか。



「ハァ、武松たけまつ……もう始末書を書く必要はないわ――車を出しなさい」



 覚悟は決まった……そうと決まれば一刻も早く長尾ながおの姉さんたちと合流すべきだ。



「おー! そうこなくちゃなー、じゃ、じゃ、じゃ、じゃあ! もくげきしゃぜんいんひきころすのよー! G・T・A・! G・T・A・!!」



 その覚悟を聞いて警察車両のハンドルを握る小柄な女性警官の瞳もキラキラと輝きだす。これでもかと云うほどの純粋無垢な笑顔である。



「ちょっと待ちなさい、そんな大惨事を引き起こしてどうするつもり!?」


「おー? しょうこいんめつよー? これで『しまつしょ』も、もんだいねーなー、じゃまものきえてさいこーのきぶんよ! 『こうつうせいり』ってやつだなー、ひとりものこさず、ぐちょぐちょなのよー」


「ハァ、このバカ、問題大ありよ! いい、武松たけまつ……良くお聞きなさい。私たちはこれから署には戻らずに長尾ながおの姉さんたちと合流するわ」



 長尾ながおの姉さんは今回の事件に対してあの『四天してん』を召集している……それはすなわちこれから想像を絶する大きな争い事があるということだ。


 もしそのような大きな争い事があったとして……そう、アタシはともかくこの武松たけまつは非常に大きな戦力となる。人間性にはとても、とても、とても、とーっても、とーっても、とーーーーっても、大きな欠陥があるが純戦闘能力ではあの『四天してん』にも匹敵する力を秘めている逸材なのだ。



「おおおお、お、おー! じゃーもうよー、『こっかのいぬ』ってよばれねーのなっ! なっ!」


「イエス、そうよ……というか、そんな呼称で呼ばれたことなんてないでしょう」


「おおおお、お、おー! じゃーもうよー、『やかんしゅっきん』とか『ひばんしゅっきん』とか、めんどくせーのもうねーのなっ! なっ!」


「イエス、そうね……でも、ある意味、今まで以上に忙しくはなるわよ」


「おおおお、お、おー! じゃーもうよー、『もはんてきなこうどう』とか『けんしんてきなかつどう』とか、わけのわかんねーのも、もうしねーのなっ! なっ!」


「イエス、そうだけど……アナタは一度たりともしたことがなかったわ」


「おおおお、お、おー! じゃーもうよー、むかつくやつもよー、もうじゆうになぐったり、けったり、ころしたりしてもいいのなっ! なっ! くだらねーがまんとかしなくていいのなっ! なっ!」


「ノー! ノンノン! それは人として最低限の自重はしなさい!」



 さて、考えましょう……黒スーツの女性は後部座席にきちんと座り直すと己の顔面に刻まれた青い痣を自らの細い指先でスッとなぞる。


 アタシの任務は警察機関で得た情報とこの武松たけまつを無事に長尾ながおの姉さんたちの所まで届けること……その為のもっとも確実でかつ安全なルートは……



「おー、おー、それでなー、いったいどこにむかえばいいのよー」


「佐渡島よ……長尾ながおの姉さんたちは今、千坂ちさかさんの修行小屋に身を隠しているみたい」


「おー、『しま』なー、『おきなわ』のどこかだなー、じゃあ、このまま『ひがし』にむかうのよー」


「ハァ、このアホ……佐渡島は新潟県の北部よ! ここから北の方角! そして沖縄諸島も東にはない!」



 ――いや……待てよ?



「……イエス、そうね、武松たけまつ。アタシたちはこのまま南――『沖縄諸島』に向かいましょう」



 長尾ながおの姉さんたちと合流すると決めた以上、今は少しでも『銀色の死神』と接触するリスクを避けたい。時間はまだある。このまま北に向かって信州、上越を突っ切るよりも一度思いっきり南に……そう、『沖縄諸島』にまで行けば『』とも接触することができる!



「ところで武松たけまつ……先ほどから気になっていたのですが助手席に置いてあるソレはなに?」



 目下、目指すべき道程が見えた所で黒スーツの女性は助手席にひっそりと置いてある小型のダンボール箱に視線を移す。



「おー、これなー、『むらかみ』のいえでひろった、まー、『おうしゅうぶつ』ってやつよー」



 ハァ……『押収物』? またこのバカは現場から勝手に変なものを持ち出してきたのだろう。黒スーツの女性は後部座席から身を乗り出して助手席に置いてあるダンボール箱を手に取って確認する。



「ハァ、何コレ……通信販売の商品……??」



 おそらく被害にあった村上家の人間が蒸発する前に購入したものだろう。ダンボール箱を開けて中身を確かめてみるとそこには古ぼけた巻物が包装されていた。



「これは……年代物の『掛け軸』か何かかしら……?」



 送付された鑑定書のような用紙には『』などと胡散臭い文字が表記されていた……バカバカしい、こんな物で本当に運命を変えられるのならばこの世の中に不幸な人間などは誰一人としていなくなるだろう。



「おー、おー、なかみはなー、いったいなんだったのよー、くいものかー、そういえばよー、はらがへったのよー、まっくよってばーがーくうかー?」



 いざ、南に向かって運転を開始した小柄な女性警官が興味津々といった態度で聞いてくる。黒スーツの女性は後部座席に再びゴロンと横になると興味なさげにその商品名を読み上げた。



「ハァ、なになに……えー、これは、です。商品名は『太極図たいきょくず』ですってよ……馬鹿莫迦しい」




 ―― EPISODE.XIII END ――



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