EPISODE.II  俺の名前は『村上吒武』

「おいこら、てめぇー、さっさと起きやがれ!」



 こいつがあの程度の攻撃じゃ死なねーことは俺が一番良く知っている。……つーか、わざわざ全部の攻撃まともに受け止めやがって……マゾかてめぇーは?



「ぐっ……かはぁっ! いやぁ、マジで息できなくて死ぬかと思ったぜ……」



 チリン、チリーン、っと鈴の音を鳴らしながら雷太らいたがゾンビのように起き上がる。



「はよー、タクちゃん……オレどれくらい気ぃ失ってた? あれ、オレの周子しゅうこたんは?」


「てめぇーがぶっ倒れてたのは数分程度だよ、あいつは遅刻しねーように先に行った」



 ド派手な金髪に鈴の付いたピアス。学年を表す青色のネクタイを左腕に縛り付け大胆に制服を着崩している。あー、この男の名前は高梨雷太たかなし らいた


 見るからにチャラそうな外見のこいつは俺とは一つ歳下の幼馴染であり、更には今ではすっかりと俺の義妹いもうととなっているあの周子しゅうことは血の繋がった双子の姉弟おとうとと云った間柄だ。


 モデルのようにスラリと引き締まった体型に整った顔立ち、黙っていればそこそこ二枚目なんだが、双子の姉である高梨周子たかなし しゅうこを溺愛している超シスコン……まあ、色々と残念な野郎だ。


 雷太らいたが目を覚ましたことを確認した俺は学園に向けてさっさと歩き始める。遅刻すると俺の体裁上とても面倒なことになるからだ。


 あー、サボりてー、超めんどくせー。



「おー、手首の骨も見事に外されてらぁ~……さっすがオレの周子しゅうこたん! 今日もキレキレのめっちゃラブリーな愛情表現だね! しかし、今日はまた随分と愛に満ち溢れていたけど何かあったん?」



 ゴキゴキと外れた手首をはめ直しながら雷太らいたが隣に並び話しかけてくる。


 どー捉えても『殺意』としか感じられないあの感情を『愛情』と表現するあたり、やっぱりこいつも俺と同じでどこか人格が破綻していやがる――あー、正真正銘、こいつも立派な親父の被害者だ。


 ……あー、そういやこいつに確認することがあったんだ。



「ああん、昨日、川原でぎゃーぎゃー五月蠅かったろ、あれだ、あれ」


「おー! テレビで見た見た! あの河川敷での大抗争、百人病院送りってやつね! ははは、あれってやーっぱりタクちゃんだったんだ……ナルホドねー、そりゃオレの周子しゅうこたんも朝から愛情盛り沢山になっちゃうワケだー、あんなに派手なデートならオレも誘ってくれりゃ良かったのに……んでぇー、気になるデートのお相手は? まーた懲りずに武田たけだの虎猫ちゃんあたりかニャン?」



 チリーン、と耳のピアスを鳴らし猫手でニャンニャンと猫の真似をする雷太らいた――きめぇな、俺も寝不足で朝からちょい不機嫌なんだ、ぶん殴んぞ、てめぇー、こら。



「ああん、正確には九十九人、もっと言えば俺が叩きのめしたのは六十人くらいだ……相手は武田たけだの盛りのついたバカ猫共と……あー、なんつったけ? あれだ、『海老天えびてん』みてーな名前の奴等だ」


「はぁ? ……エビテン? あぁ! もしかして『毘沙門天びしゃもんてん』のことかな、あれっしょ? ここ最近北のほうで調子に乗ってるヤツらっしょ?」



 あー、確かそんな名前だっけか? 正直よく覚えてねーや。


 群がっていた野郎共はどいつも雑魚ばかりで統率も全く取れてねーし、あれなら武田たけだの野郎共のほうがまだ骨のある奴が多かった。


 あー、だけど、そう、あいつらのヘッド……


 そうだ。あのヘルメットの野郎だけは、ずば抜けて格が違いやがったのだ。病院に送りになったのは武田たけだも含めた九十九人――あの大抗争を無傷で戦い抜いた最後の一人。



雷太らいた、そのびしゃ……なんとかっつーところのヘッドを知ってるか? 全身真っ黒いライダースーツで顔もヘルメットで隠している奇妙な野郎だ」


「『毘沙門天びしゃもんてん』のリーダー? うーん、噂だけならチョッチは耳にしてるよん……出身、性別、年齢、全てが不明。僅か半年の間に荒れ放題だった北の勢力を纏め上げたスゲェー実力者って話だね……ハッ、もしかしてタクちゃん! 昨日のデートにソイツも来てたの!? イイナ、イイナー! くぅ~~~~っ、オレもマジでデートしたかったー」



 あー、はいはい、本当にうぜーなこいつ。つまり雷太らいたもあの野郎のことは何も知らないってことか……ちっ、この役立たずめ。



「そんで、そんで? どうだったのよ、その噂の黒メットちゃんは? 勿体ぶらずに教えてチョーダイよーん」



 チリンチリン、と鈴の音を鳴らしながら雷太らいたがまとわりついてくる。


 あー、くそうっとうしい!


 こいつに話したら面倒になるのは目に見えている。ぜってー話すもんか、離れろ、この馬鹿!


 ベタベタとまとわりつく馬鹿をぶん殴って引っぺがそうと俺は拳を握る。しかしその瞬間、チリ~ン、と不気味な鈴の音を響かせて雷太らいたがスッと身を離した。地面をついばんでいたスズメや、電柱の上で羽を休めていたカラスが一斉に空へと飛び立ち、場の空気があきらかに異質なモノへと変貌する。



「ははは、タクちゃん、ねぇ、タクちゃ~ん、今体触ったときに気が付いちゃったんだけどォ、その腕ェ……もしかして怪我してるゥ? 拳を握って力を入れた時の筋肉の張りからして軽い打撲かなァ? ずるいなァ、タクちゃんばっかりィ……。タクちゃん、ねぇ、タクちゃ~ん、そんな素敵なプレゼント……?」



 高梨雷太たかなし らいた――やっぱこいつは周子しゅうこと血の繋がった姉弟きょうだいだ。重圧のかけ方が酷似してやがる。口元に薄い笑みを浮かべてはいるが眼は猛禽類のように鋭く、それでいて感情が全く読み取れない。


 ちっ、面倒なことになっちまった。つーか、触っただけで気付くか、普通っ!?


 俺が立ち止まり、答えず黙っているのを見ると雷太らいたはくるりと背を向けて学園とは逆の方向へと歩き出す。



「おい、待てや……てめぇ、雷太らいた。一体どこに行くつもりだ、始業の時間に遅れんぞ」


「ははは、タクちゃ~ん、オレ今日学園は欠席するわァ、チョッチ新潟県まで行ってくるねェ、お土産は何が良いィ? 柿の種ェ、笹団子ォ、瑞花のうす揚なんかも美味しいよねェ……、それともやっぱりィ、とかが良いかなァ……はは、はははは……」



 チリ~ン、と音を立てて振り向いた雷太らいたの顔を見て俺は大きくため息をついた。


 あーあ、こりゃダメだ……、完全にキレてやがる。どーにもならん。


 病的なまでに生真面目な高梨周子たかなし しゅうこ。その双子の姉弟おとうとであるこいつも病的な性格を有してる。それがこれだ……こいつは病的なまでに家族なかま思い――自分が家族なかまだと思っている人間が傷付けられたりすると完全に周囲まわりが見えなくなっちまう。


 ぶん殴って止めるのもありっちゃありだがどーすっかな、あー、つーか、超めんどくせー。


 こうなっちまった雷太らいたを止めるのは文字通り骨の折れる作業だ。只でさえ寝不足気味で疲労してんだ。朝っぱらから無駄に体力を使うような馬鹿な真似はしたくねー。


 あー、そーなるとアレしかねーな……。


 俺は雷太らいたに背を向けて学園に向かって再び歩き出すと制服のポケットから携帯電話を取り出した。そしてアドレス帳の中にある『D4C(いともたやすく行われるえげつない行為)』のフォルダから『高梨周子たかなし しゅうこ』の名前を探し出してメールを打つ



 ――『【朗報】雷太らいた、蘇生。学園サボって喧嘩なう』――



 送信、ポチっとな。


 そう、俺は迷うことなく悪魔に情報たましいを売ることにしたのだ。




 ■ ■ ■




 しばらく歩いて学園の校門が見えたところでようやく雷太らいたが追いついてきた。


 おー、おー、よかったよかった、雷太らいたもきちんと登校してくれたようだ。俺は走ってきた雷太らいたに軽く声をかけてやる。



「ああん、どーした雷太らいた、超絶に顔色が悪ぃーぞ?」



 雷太らいたの顔は見事に真っ白だった。たぶんこういう顔のことを『死相が出ている』って云うんじゃねーだろうか?


 つーか、色白過ぎてマジでキモいな……これはちょっと引くわ。



「タクちゃん……マジでヒデーよ、学園サボるのチクるとかありえねーよ……、半年ぶりにだよ……、半年ぶりにオレの周子しゅうこたんから着信があったからさぁ、喜び勇んでケータイの通話ボタンを連打したら声だけで凍殺ころされかけたよ……」



 おう、そりゃ頭が冷えたようで何よりだ。あの状態じゃまともに話できなかったしなー。緊急処置だわ、許せ。



「ああん、とりあえず、雷太らいた。今度あのヘルメットの野郎たちとやり合う時はおめぇも呼んでやっからくれぐれも一人で勝手な真似だけはすんじゃねーぞ」



 チリーン……、と力ない鈴の音と共に雷太らいたは黙って頷いた。周子しゅうこにごっそりと気力を持っていかれてもう反論する力も残って無いのだろう。


 あー、なんつーか、哀れなやつだな。まったく同情できねーけど。



「しかしアレだーねー、乱戦とはいってもタクちゃんに一撃を与えるなんてヤツがまだこのあたりにもいたんだねー。黒メットちゃんかぁ……実際どれくらいの使い手なんー?」



 そんな何気ない、どこか気の抜けた雷太らいたの質問に対して俺は少し立ち止まり昨晩の光景を頭に浮かべた。


 あの大抗争の中で、あのヘルメットの野郎と手を合わせたのは実のところ一度のみ。どちらかというと向こうは俺との手合いを一方的に避けているように感じた。


 武田たけだの野郎に手傷を負わせて撤退させた後、俺から遠ざかるような立ち回りで雑魚共と遊んでいたヘルメット野郎に半ば強引に攻めて出たところで手痛い反撃を受けたんだっけか……


 あー、むかつく、ちくしょう!


 今思い返してみてもあれは俺の軽率な攻めが招いた結果だ。


 ――だけど。



「ああん、負ける気はしねーよ、……でも



 口から出た言葉はあの瞬間の立合いを思い出して率直に感じたことだった……そして言ってから「しまった!」と自分の失言に気が付く。俺の言葉を聞いて死んだ魚のように憔悴しきっていた雷太らいたの瞳に僅かながら光が戻ってしまったのだ。



「え、何ソレ……マジで言ってんの? タクちゃんが? 喧嘩無敗の『武王丸』が勝てるかどうか分からないってッ?」



 あー、俺はその瞬間、制服のポケットから携帯電話を取り出すとアドレス帳の中にある『D4C(いともたやすく行われるえげつない行為)』のフォルダから『高梨周子たかなし しゅうこ』の名前を……



「チョッチ、タクちゃん、チョッチ待った! マジもうホント勘弁して! 大丈夫、勝手行動しないから! 約束、約束する!」



 チリンチリン、と騒がしい音を鳴らし懇願する雷太らいた


 うわ、こいつマジで必死だなー、うまく周子しゅうこを使えば操り放題じゃねーかよ……よし、今度試しにメロンパンと牛乳を買いにパシらせてやろう。


 そんなやり取りをしながら雷太らいたと一緒に学園の校門を通過した時、横から矢のように放たれた声が俺たちの足を止める。



「ちょっと、そこの金髪! 一年F組、高梨雷太たかなし らいた、止まりなさい!」


「ぅゎー、風紀委員長の桂芳乃かつら よしのだ……って、ゲェッ、抜き打ちの持ち物検査かよッ! マジで! チョッチ、タクちゃ~ん、そんなのオレ聞いてないよ~」



 雷太らいたが恨めしそうな目で俺を見る。


 あー、そーいや確か委員会で報告があったよーな、なかったよーな……?


 まあ、あいつに声かけられたら無視して通り過ぎるわけにはいかねーよ、残念だったな雷太らいた、ここは諦めろ。


 俺は朝から受難の続く雷太らいたを少し憐れに思いつつも、前髪を素早く下ろして制服の胸ポケットにしまっていたメガネをかけた。




 ―― EPISODE.II END ――



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