EPISODE.III 私の名前は『村上吒武』
「やあ、おはよう、
私はそう言って近づいてきた女子生徒に自分の鞄を掲げた。
「ああ、これは、
「おっす、おっす、了解なのですー。だぁー!!」
隙を見て逃走を図ろうとしていた
学園一の不良と名高い
そう、あれでいて
ふむ、私ならば例え万人から鬼畜だ何だのと蔑まれようとも避けるか払いのけていただろう。些細な害にせよ自身に降りかかる火の粉に性別などは一切関係がないのだ。
「ふむ、今日は朝から色々とあってね、どうかな、鞄の中身は問題ないかな?」
「えーっと、はい、問題ありません」
ふん。当たり前だ、この完璧な私に問題などあるはずがない。鞄の中身は必要な教科書と筆記用具のみであり、余分な物などは一切入っていないのだ。確認を終えた
あの様子だと
彼の鞄の中には『オレの
朝から続く友人の受難を多少不憫に感じた私がわざわざ作ってやった隙を自らの手で潰したのだ。ああ、馬鹿馬鹿しい……自業自得といえるだろう。
あの狂気染みた家族写真が没収されるべき品と判断された際、相手が男子生徒だった場合は傷害沙汰に発展する可能性もあったが、女子生徒である
私は挨拶をしてくる生徒たち一人ひとりにしっかりと挨拶を返しながら校舎の中へと入っていく。早朝からキャーキャーと頭に響く不快な騒音を発する雌豚共にはうんざりとするが決して笑顔は崩さない。
そう、私はこの『私立
――さあ、少々寝不足ではあるが本日も完璧な学園生活を始めよう。
■ ■ ■
世界は真っ赤な血を流し、やがて死の暗闇に包まれる。そうして日々繰り返される日常の生と死の狭間を私はひとり歩いていた。
ふむ、生徒会への案件が存外に多く随分と遅い時間の帰宅となってしまった。
帰りに剣道部と
――今日の夕食はサプリメントで問題はないだろう。
必要な栄養素さえきちんと摂取できていれば体は十分に動くのだ。しかし脳はそうもいかない。きちんと睡眠をとって休めておかなければ判断力に支障をきたす恐れがある。
私が私である役割を……そう、常に完璧な私である為に自身のコンディションは万全な状態にしておかなければならない。睡眠不足を自覚している私は商店街に寄って夕食の買い物などをするよりも、今は一刻も早く帰宅して布団で脳を休める必要があるのだ。
後できちんと夕食を摂取しなかったことに関して
ああ、しかし、
昔からお節介で過保護な性格ではあったが、私の父、
毎朝、頼んでもいないのに家を訪れては朝食や昼のお弁当の準備をしていく……そればかりか少し前までは夕食の準備にも毎晩足を運んでいたのだ。
さすがに心苦しく思い、やんわりと断っても何かと理由をつけてやってくる。
少し強めに断って、家のドアに鍵をかけてもドアを壊してやってくる。
強めに断って、玄関先に罠を仕掛けても罠を排除してやってくる。
かなり強めに断って、
ああ、幾度かのそんなやりとりと、度重なる協議の結果『夕食は自分できちんとした食事を摂る』と言った条件を約束になんとか夜の来訪だけは止めさせることに成功したのだ。
新学期を迎えれば私はもう高校三年になるのだ。少なくとも自分のことは自分で全て管理することが可能であり、自らの行動に対して責任の取れる力を有していると自負しているのだが……どうやら
『良識のある大人の妹にとって、タク
私に対していつも
ふむ、親、家族、友人……か。
メガネ越しに私は闇に飲まれていく空を見上げた。
私の家庭は他の人間と比べると少々と……否、大きく変わっていると云っていい。
まず私は実の母の顔も知らない。物心がつくまでは家が近く、頻繁に面倒を見に来てくれていた
ある日、
家を探してみたが母の写真などは一切残っていなかった。
理由は問うまでも無く単純で父が母に対しての興味を持っていなかっただけだろう。私の父、
特段、私自身はその事については何とも思ったことはない。それが普通であると思って育てられてきたからだ。事実、父のことは今でも尊敬をしているし、ここまで強く育ててくれたことに感謝もしている。
ああ、しかし、周囲の人間から見ると何か他に強く感じるものがあるのだろう。現に私に向かって言い放ったその父の言葉を聞いたことがきっかけで、
――そう、あの時のことは衝撃的でしっかりと記憶に焼きついて離れない。私の前ではいつも笑顔だったあの二人が始めて激しい怒りの感情を表に見せたのだから……
『ふざけんなァ! こんなくだらねぇ
――チリン、チリーン
聴き慣れた鈴の音によって私は過去から帰還した。後方からこちらに向かって凄い勢いで走ってくる
「オーイ、タクちゃーん! チョッチー、チョッチ待っちくりー!」
ふむ、疲弊した脳を休ませる為に今日はこのまま静かに帰宅したかったのだが騒がしい奴に見つかってしまったようだ。やれやれと、私は口元に軽い笑みを浮かべながら小さな溜息をつく。
私はメガネを外して胸ポケットにしまうと下ろしていた前髪をスッと右手でかき上げる。そして、こちらに駆けてくる馬鹿な友人を待つように足を止めるのであった。
―― EPISODE.III END ――
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