EPISODE.XIV 外界の事情

「ホホホホ、なるほどのう。して、お主は『太乙真人たいいつしんじん』の実験体となって改造されてしまったと云うわけかぁ、これは愉快じゃ、ホホホホホ」



 いやいや、笑いごとじゃねーよ、まじで!


 目ぇ覚ましたら自分の記憶は穴だらけ、おまけに某スーパーロボットよろしく両腕がロケットパンチに改造されちまってんだぞ?


 こんなの悪夢以外のなにものでもねーよ。



「ふぅむ、それでお主たちは崑崙山こんろんざんを目指していたわけか……しかし、残念じゃのう。今、崑崙へ向かってもお主が頼ろうとしている『白鶴童子はつかくどうじ』も、そしておそらくは『太乙真人たいいつしんじん』も不在じゃろうて……」


「……はあ? 何だよ、いねーのか?」



 おいおい、結構な距離を歩いてきたのに無駄足かよ!



「ホホホ、何やら『神界』の方で事件が発生したみたいでのう。『仙人界』も少々ごたごたしておるのじゃ『人間界』も荒れ放題じゃし……いやはや、困ったものじゃのう」



 はあ……? 『神界』に『仙人界』に『人間界』ぃ?? 


 何を言ってんだぁ……こいつ?


 超意味わかんねー?


 まるで世界がいっぱいあるみてーな言い方じゃねーか?



「んん? その反応は、お主……もしかしてこの世界のことを何も分かっておらんのか? いくら記憶が混乱しているとはいえそれはちょっと大事じゃのう……どぅれ、『白鶴童子はつかくどうじ』の代りといっては何じゃが、儂が少し教えてしんぜよう」



 そう言うと自らを『子牙しが』と名乗ったガキ……あー、自称ピチピチの二十代は木の枝で地面に絵を描き始めた……大きな円を三つ書いてそれぞれの円の中に『人』『仙』『天』と文字を記す。



「まず、この世界は大きく分けて三つの世界で成り立っておる。一つ目は、人間たちが暮らす『人界』。二つ目は、仙人たちが暮らす『仙界』、三つめは、天上人たちが暮らす『天界』じゃ。そしてこれらの世界は基本的にそれぞれ不干渉とする取り決めがなされておる。……ここまでは良いか?」


「ああん、その、何だ? 普通の人間が暮らす『人界』。お前らみたいな変人が住む『仙界』つーのはなんとなく理解できたが……その最後の『天界』つーのはなんだ?」


「ふぅむ、『天界』というのは天上人……儂ら仙人や人間は勿論、この世界の歴史や文明、その他、森羅万象のすべてを司るといった、とーってもお偉い方々が住んでいる場所と言えば良いかのう。まぁ、『天界』は絶対的上位ゆえに我々と接触することはまずない。今は忘れてしまって構わんよ」



 そういうと子牙は地面に書いた『天』の円に大きな×印を書き込んだ。



「さぁて、問題は儂ら仙人の住んでいる『仙界』じゃ……ここは細かく分けると二つの派閥が存在しておる。一つは、『崑崙山こんろんざん』。儂のような超エリート仙人が所属している主流派閥、いわゆる『闡教せんきょう』と呼ばれる派閥じゃ。そして、もう一つが、海に浮かぶ島『金鰲島きんごうとう』。成り上りの屑共……『妖怪仙人ようかいせんにん』で溢れる異端派閥、いわゆる『截教せっきょう』と呼ばれる派閥じゃ……よし、分かりやすいようにこう書いておこう」



 子牙しがは『仙』の円の中に更に二つ円を描き、それぞれにこう書き記す。



 ●『崑崙山こんろんざん


  = 山の仙人 = 超エリート



 ●『金鰲島きんごうとう


  = 海の仙人 = クズ、ゴミ、マジ死ね。



「あー、ちょっと待ってくれ、てめぇ自身のことを超エリート扱いすることは……まぁ、この際おいておこう。『金鰲島きんごうとう』つったか? その海の仙人の説明でサラッと言った『妖怪仙人ようかいせんにん』ってーのは一体なんのことだ?」



 おいおい、『仙人』の時点でぶっ飛んでんのに次は『妖怪』?


 『妖怪』っつーとあれか?


 目玉が親父で墓場で運動会的な奴か……?


 馬鹿ばかしいにもほどがあるつーの。



「ふぅむ、読んで字の如くそのままの意味なのじゃが……そうじゃな、分かり易く言うと才能を持った選ばれし人間が厳しい修行を経て仙力せんりょくを蓄えた者を普通の『仙人』とするのならば、この『妖怪仙人ようかいせんにん』というのは、元が人間ではなく、動物や道具が長い年月を経て『仙力せんりょく』を蓄えたことによって言葉や変化の術を身に付けたものといえば理解できるかのう」



 『仙力せんりょく』つーっと……確か『乾坤圏ロケットパンチ』を使うのに使用した生命エネルギーのことだっけか?


 原理はよく分からねーけど古い道具なんかにゃ『魂』が宿るなんてことを聞いたことがある気がする。あー、記憶が混乱してっけど多分それと同じようなことを言ってるんだろう。



「そして問題はこの『妖怪仙人ようかいせんにん』……つまり『金鰲島きんごうとう』の異端派閥クズ仙人たちじゃ、本来、仙界と人界の間にも不干渉の決まり事があるのじゃが奴らはその規律を破って人界にちょっかいを出しておる……昨今、人界が荒れているのはその連中の仕業と言ってもよい。奴らは仙界で身に付けた人智を超えた力を人界で使用することで好き放題暴れまわっておるのじゃ、そして中にはその力を利用して朝廷……国政の中心内部まで入り込んでいる者もいると聞く」


「ああん、おい、ちょっと待てよ! つまり今、この国が荒れてるのは……派閥は違げえーけどお前ら『仙人』のせいってことじゃねーか? お前らも同じ『仙人』なんだろう? そいつらのことを黙ってみているだけなのかよ!」



 記憶が混乱している俺の目から見てもこの世界の状況を異常だ。この山道を歩いているだけで一体何度、野盗どもに命を狙われたか!


 山道の端にはおそらくその野盗どもに襲われて身ぐるみを剥がされ……そして殺されたであろう。行商人やまだ幼い子供の屍が塵のように無残に転がり、その死肉を獣が貪っている光景も目にしてきた。


 遺体を発見する度に墓を掘って弔ってきたが……あー、本当に気分が悪りぃ。



「無論、儂らも黙って見過ごすわけがない。奴らは仙界の名を穢す恥じゃからのう。そこで儂らはそのようなクズ仙人……仙界内では中途半端な力しか有しておらぬために居場所がなく、ゆえに人界に降りて人間たちへ害を成す……そんな輩を封じ込める『監獄』を創世したのじゃ」



 そう口にしながら子牙は『仙』の円の横に更に1つ円を描き、それに『神』と書き記す。



「『神界』儂らは『封神台ほうしんだい』とも呼んでおる。この『封神台ほうしんだい』に悪しき仙人どもや人界に居座られると厄介な大きな力を有した者どもをまとめて封じ込める計画を進めていたのじゃが……ちっとばかり、問題が発生しておってのう」



 そう口にすると子牙は困った表情で自分の頬をポリポリと掻く……



「ここ最近、その『封神台ほうしんだい』へと閉じ込めていた魂魄こんぱくが次々と外界へと漏れ出しておるのじゃ、原因は不明。まあ、急拵えであったゆえに恐らくはどこかに欠陥があったのじゃろう。その為、お主が訪れようとしておる『白鶴童子はつかくどうじ』は今は西へ東へ大忙しと云う有様で現在は不在。『太乙真人たいいつしんじん』は『封神台ほうしんだい』から流出した魂魄こんぱくを再び捕縛する為に……ほら、そこにおるロボ子たちを実戦投入したのじゃが……ああ、それにもちょいと問題があってのう」


「ピーッ、問題ですか!? 私の姉弟機に何か欠陥が!?」



 おおう、ビビった……姉弟機に問題があったと聞いてロボ子がいきなり復活しやがった。相変わらず鼻から緑色の液体をダクダク垂れ流してっけど……あー、どうやら意識の方はしっかりと回復してきたらしい。



「ふぅむ、ロボ子よ……お主らには自動学習機能というものが付いているそうじゃな? どうやら今回はそれが悪い方向へと作用してしまったらしいのじゃ……この世界の現状を見た『超合金黄巾力士ターミネーター』どもに自我が芽生えてしまってな……『我々の手でこの腐りきった世界を変えよう!』と群衆を率いて人界の各地で乱を起こしておるのじゃ、賛同する者はお主らと同様に頭に『黄色いスカーフ』を捲いていてな。『』などと呼ばれて人界の方でも大騒ぎ……『太乙真人たいいつしんじん』は現在その事態を収拾させるために動いておる」



 ははは、おいおい、なんじゃそりゃ?


 つまり『封神台ほうしんだい』つー牢獄から悪い魂魄こんぱくが脱獄して仙界は大混乱中で……人界の方もあのマッド野郎が開発したロボが暴走して『黄巾の乱』が大勃発中? おまけに国政には『妖怪仙人ようかいせんにん』なんつー厄介な奴らが巣を作って好き放題やらかしてるつーわけか?


 ――マジで滅茶苦茶じゃねーかっ!



「ふぅむ、現世は乱世、混沌と化しておる……この一連の事象。の一言で片づけて良いものか? 何者かの黒い陰謀を感じるのじゃが……まあ、今はそのようなことを考えている時ではあるまい、よっと!」



 そう呟くと地面にかがみ込んで図を書いていた子牙しがは跳ねるようにその身を起こす。



「のう、お主。『ナタク』と申したか? 行く宛がないのであれば暫し儂と行動を共にせんか? この出会いは天数てんすう……きっと意味があるものじゃ」


 はあ? 天数てんすう??


 なんじゃそりゃ? 運命みてーなもんか?


 そんな意味深な言葉と共に子牙しがは俺に向かってそう問いかけた。




 ―― EPISODE.XIV END ――



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