EPISODE.XII 災厄に集う綺羅星(1)
新潟県 佐渡島。
周囲を海に囲まれた自然豊かな離島。その北西部は大小の山々が連なる起伏が激しい土地のために人が暮らすのにも適さない。その中でも最も高い標高を誇る
ここはあの化物から身を隠すのにはうってつけの場所でした。
あの夜、命からがら逃れた自分は何とか無事にこの地まで辿り着いたのです。自分を庇い、逃走に協力してくれた
そう、他の者たちと同様に自分の記憶の中からも綺麗さっぱりと……
今、自分が
そう、自分はあの夜に起こった出来事を一部始終音声データとして『記録』しておいたのです。
――『記憶』からは消されるがこの世に残った『記録』は消されない。
どうやら『銀色の死神』の『都市伝説』は本当のようです。自分の頭の中からすっぽりと抜け落ちている『記憶』を『記録』が補完してくれている。少々と奇妙な感覚ですが信じる他にありません。自分の記憶には無念にも残ってはいませんが
「嗚呼、素晴らしい! これはまさしく『愛』ですね。我が最愛なる友の命をその身を挺して守って下さったこの
音声データを聞き終えた『
気にしてはいけません……これは、
「実際に目にして理解した。あの存在は脅威だ……次に遭遇したら逃げ切れる自信はない」
おそらくはこの『記録』にある
「ほへー、『
音声データを聴き終えた後、山小屋の隅に備え付けられた小型のキッチンで調理をしていた『
「ふーい、今夜はぶっち珍しい
「確認しましょう、
「ほへー、初耳ですー。暢気にお空を飛んでいたので頭を弓で打ち抜いちゃったのですよー。でも大丈夫なのですよー。誰にも見られていないのでセーフ、更には額を正確に打ち抜いたのでこれはきっと『顔面セーフ』と云うやつなのですよー」
「まあ、素晴らしい! さすがあの弓の名手『
「むいー、
既に調理してしまったのであれば仕方ありません。それと『顔面セーフ』の使い方が間違っています。
「ごちそうさまです、
「ふへへーっ、冗談は止すのですよ、
……ん?
普通にヘルメットを外して、普通に食べたつもりでしたが……ふむ、どうやら
「はー、でもでも、何はともあれ、やっぱり鍋はみんなで食べるとぶっちうめーですよー。
そう言って無邪気な笑顔を見せる少女。『
歴史の教科書や大河ドラマなどで登場する機会こそ少ないが、あの『越後の龍』で有名な上杉家の真の懐刀であり、親衛隊として上杉家をずっと隣で支え続けてきた名家……更に古くは『平家物語』などで知られる弓の名手『
少々と訳があって幼少時よりこの佐渡島の山奥に一人で暮らしており、お洒落とは無縁の生活をしている為、髪はボサボサに伸び放題。服は薄汚れたTシャツに穴の開いたズボンといった姿。それでもって無垢であり、あどけなさの残る顔などは正に野生児といったところでしょう。
まだ中等部ないし初等部といった年齢でありながら身長は既に成人女性の平均を遥かに上回る百八十センチ前後といったところ。その恵まれた身体から放たれる長弓の一矢は狩りで鍛えられた実戦経験と本人の持つ天性の才とが合わさって、何時いかなる環境下でも百発百中の精度を誇る……そう、この『
「我も久々に
そして隣で恍惚な表情を浮かべ、淫猥な言葉を口にし続けているこの女性は『
『
綺麗に切り揃えられたおかっぱ髪に汚れ一つない着物姿。そう、例えるならば『市松人形』のような……否、失敬。『市松人形』のイメージに多大なる風評被害を及ぼす恐れがあるので訂正させて頂きます。――そうですね、ここは『卑猥な電動コケシ』のような風体とでも表しておきましょう。
しかしながらこの『
この山の地形を知り尽くした野生児こと『
それを五体満足で無事に突破できたのはこの『
身体能力だけを見れば自分や
「ふえー、すっかり忘れていたのですよー! そういえば
「問題ないでしょう、
――銀色の死神。
夜な夜な現れては人々を異世界へと連れて行ってしまう銀髪の少女。
今やその存在は一種の『都市伝説』としてネットを中心に話題の的となっています。テレビでは連日のように行方不明者の存在が発覚したことを大真面目に報道。
蒸発した人間はその関係者の記憶からも消えてしまうといった不可解な現象に警察関係者もお手上げの状態で、記憶に障害を与える何らかの薬物を使用した集団失踪事件ないし大規模な拉致事件……などといった荒唐無稽な線で捜査を続けています。
昼のワイドショーでは頭のネジがいかれた哲学者たちが、やれ『水槽の脳』がどうだとか『哲学的ゾンビ』がああだとか的外れなクオリア論争を繰り広げ、駅前では怪しい宗教団体が人類消滅論を声高らかに唱え始める始末……
「ええ、そうですね。失踪された方々の情報から推察するに死神さんの活動範囲は長野県を中心として新潟の南部と山梨県の北部、直近では隣接する群馬県の西部あたりまでだと推測されます。信州地方を中心にあまり動いてはおりません。こちらにいらっしゃるまではまだ暫く時間を要するかと……んんーッ、早くお会いしてその『愛』の大きさを直に感じたい、感じてみたいぃッ! ハァハァ、焦らしプレイも……イッ、逝く……ぅ」
「自重すべきでしょう、と言いますか発言には本当に自重をなさい
「ハァハァ……可能であるならば……ねぇ、しかし最愛なる我が旧友よ、失踪された方々を取り戻すためにはいずれはその大きな『愛』に立ち向かうべきであるとお考えなのでしょう? その為に我々『
そう口にした『卑猥な電動コケシ』――否、
「ふえぇ、『
ああ、そういえば『
――『
――『
――『
そしてここにいる
「再度確認しましょう。
二人は自分の問いに対して一瞬お互いの顔を見合わせて申し訳なさそうに答えます。
「うう……ごめんなさいなのですよ、
「不徳の致すところ、それは我も同じ……『愛』が足りなかったと猛省する所存です」
二人が嘘を吐いている様子はない……否、もとより嘘を吐く理由がありません。やはり二人の記憶からは完全に
『――んなの『家族』だからに決まってんだろうがァッ!』
あの夜、ボイスレコーダーに記録された
――『家族』だから……果たしてそんな単純な理由なのでしょうか?
現在多発している『銀色の死神』による失踪事件……被害者の中には家族や親兄弟を消され、そしてその者の記憶を失い、精神病院にお世話になっている者も多く確認されています。つまりが『家族』だから――血の繋がりがあるから記憶から消えないという法則はここでは成り立たない。
そして次に興味深いデータがこれである……
二年生で風紀委員長の『
しかしながら『
可能であるならばこの『
どうやら『
「あらあら、この『愛』は……どうやら早くもお一人、ご到着のようですね」
自分があれこれと一人思案に耽っている間に持前の危機察知能力でいち早く己の身のを感じ取った
――その刹那。
落雷の如き衝撃とともに山小屋の天井をぶち破り一人の少女がその中央へと降り立ちました。
「わー、
その少女の姿を見て
「
スラリと伸びた長い手足にスレンダーなボディ。ショートカットの黒髪に人形のように整った中性的な顔立ち……その表情に笑みは無く、いつものように淡々と久しぶりに会った親友と言葉少なげに挨拶を交わすこの少女。
新潟県内屈指の進学校『私立
――美人でありながら能面のような面……例えるならば人形。
そう、この少女こそが目下一番の問題となるだろう『
「久しぶりです。
震えそうになる自分の声を必死に抑えながら
「……当然、……忘れるはずがない……」
――はあ、これはまた最悪です。
いっそのこと記憶から消えていてくれればまだ良かったと思います。しかし、どうやらこの
空気を読めない電動コケシが「はっあーーんッ、素晴らしい、これぞまさしく『愛』ですねーッ!」と恍惚の表情で喘ぎながらブルブルと震え出します。……ああ、可能であるならばこの卑猥な生物を今すぐにでも殺したい。
「
感情の無い人形のような瞳。その瞳が徐々に赤く染まり、狂気で淀んだ視線の重圧がまるで巨大な蛇のようにジワリジワリと全身を強く締め上げます。
「……ボクの大事な
本州新潟県より日本海を渡り西に約四十五キロ。
周囲を海に囲まれた自然豊かな離島。
この佐渡島の地において最強にして最悪の……
――
―― EPISODE.XII END ――
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