EPISODE.XI 空の釣堀

「ピー、ピー、お見事です、マスター」



 俺が残る最後の野盗の一人を地面に叩き伏せるとロボ子から感嘆の声があがる。



「ああん、はあー、まったく、なんだっつーだよ、ここは……さすがに治安が悪すぎだろ」



 俺たちは今、仙人が住む『崑崙山こんろんざん』つー場所に向かって山道を歩いていた。その間にもう何度もこういった輩に襲われている。薄々と感じてはいたが……あー、どうやらここは俺が住んでいた場所とは大きく違うらしい。


 記憶が完全に戻ったわけじゃねーが、少なくともこういった輩に絡まれるような経験はなかった筈だ。不良の馬鹿共との喧嘩とはわけが違う。こいつらは刀剣やナイフを手にして本気でこちらの命を狙い、身包みを剥ごうと攻撃を仕掛けてきやがる。



「ピー、ピー、残念ながらマスター。現在、この国の治安は悪化する一方……今はどこへ向かおうともこういった不届きな輩が溢れかえっている状態だとご報告いたします」


「……はあ? おいおい、まじかよ……警察は何をやってんだ」


「けいさつ? ……ピー、超多次元電子情報網インターネットに接続します。ピーヒュルルルル……――ヒット。なるほど社会の安全や治安を維持する責任を課された行政機関……その団体名。通称『国家の犬』のことですね」


「民を守る為の国そのものが腐りきっておるからのう……行政も糞もあるまいよ」



 ――っ! 何だっ!?


 ロボ子との会話中、突然頭上から声をかけられる。


 慌てて頭をあげて上を見ると数十メートルもあろうかという巨大な岩の上にまだ幼ねえガキがちょこんと胡坐を掻いて座り込んでいた。ガキの手には細い木の棒が握られており、その先からは細い糸が垂れ下がっている。



「おいガキ、てめぇ、一体なにもんだ……そんな所で何をしていやがる」



 野盗共とやり合っていたとはいえこの俺が声をかけられるまで気配を感じることができなかった……このガキ、おそらく只者じゃねー。



「『何をしていやがる』とな? ホホホ、愉快な事を申すのう少年。見てわからぬのか? 釣りじゃよ、釣り、儂はこうして釣りをしておるのじゃ」



 はあ? 釣りだぁ……?


 ガキの持つ木の棒から垂れ下がる細い糸……確かに釣りをしているようにも見えなくもねーが、その糸の先には針も何もついちゃいねー、つーか、ここは川でもねー、魚なんか釣れる筈がねー。


 するとそのガキは俺の考えを読み取るみてーに口を開く。


「ホホホ、『釣り』と言っても儂は別に魚を釣っているわけではないからのう……いやいや、それにしても今日は随分と『面白い』ものが釣れたようじゃ」



 ガキは意味不明な言葉を吐くとその数十メートルもあろうかという巨大な岩の上から身を投げ出す。



「――っ! 馬鹿野郎、あぶねーっ! 」



 俺は素早く駆け出すと側面の木々を蹴って大きく跳躍。落下するガキを空中で抱きかかえるとそのまま地面へと着地する。



「ホ? これはこれは、なんともまあ……別にあの程度の高さから落ちようとも儂はなんともないのじゃが……ふぅむ、ここは礼を言っておくかのう。ホホホ、大義であるぞー、少年」



 はぁ? この糞ガキ、何をほざいていやがる。頭おかしーんじゃねーのか? 俺は偉そうな戯言を吐くガキをそのまま地面に下してやると、改めてその姿を観察する。


 年齢は……おそらく十歳前後だろうか?


 髪は短く、その容姿からは男か女かの判断はつかねーが、抱いた感触――筋肉の質や骨格、その身体的構造から判断するにおそらくは女だと推測できる。飾り気のない白地で肌さわりの良い高価そうな胴衣を身にまとっており、その姿はまるで『仙人』みてーな……


 ――んん? ……『仙人』!?



「ホホホ、今のはあれじゃ、いわゆる『お姫様抱っこ』というやつじゃな? ……ふぅむ、成程のう。いやはや、なかなか心地よいものであったぞ! どーれ、もう一度やってみてはくれんかのう」



 そう言いながらそのガキは再び、俺の体をめがけて飛び込んでくる。どうやら敵意はねーみてーだがこうもベタベタと纏わりつかれるとなぁ……


 あああああああああ、だーー、超うぜぇ!



「ふぅむ、心臓の逆位置に霊珠れいじゅ……(ブツブツ)両手は『乾坤圏けんこんけん』に……(ブツブツ)腰布は『混天綾こんてんりょう』じゃと? ……おまけに魂魄が二つ……(ブツブツ)否……三つか!? こやつ……(ブツブツ)」


「だぁー、何をブツブツとほざいてやがる、この糞ガキ! いい加減離れろ、鬱陶しいっ!」



 俺は抱き着いて中々離れようとしないガキを無理矢理引き剥がす。



「おおっと、ホホホ、いやはや、すまぬ、すまぬ。先の『お姫様抱っこ』というやつが存外に心地良かったものでなぁ、若い男と戯れるのも久々だったものでついつい儂としたことが年甲斐もなくはしゃいでしもうたわい……許せよ、少年」



 俺から半ば強引に引き剥がされたガキは今度は俺の隣に立つロボ子の方にその目を向けた。



「ふぅむ……そちらのお嬢さんは……どうやら人間ではないみたいじゃのう?」


「ピー、ピー、そのご慧眼に感服いたします。いかにも私は超合金黄巾力士スーパーロボット試作型I号『剣鉄子つるぎ てつこ』、通称『セイバー』と申します。第一回目のキャラクター人気投票では堂々のナンバー一位を獲得させていただきました。まぁ、この物語のと云っても過言ではないでしょう」



 おーおー、ロボ子、てめぇ壮大にバグってんのか?


 ああん、人気投票とかいつやった?


 どんどん図々しくなっていくなぁーこいつ……


 一度、修理に出す必要がありそーだ。



「ピー、ピー、そして、そういう貴方も普通の人間ではない――推察するに『仙人』さまであるとお見受けいたしますがいかがでしょう?」



 ――『仙人』。


 続いて発せられたロボ子の言葉に俺も目の前のガキを強く見据える。



「ホホホ、如何いかにも……儂は崑崙山こんろんざんの道士、名は『子牙しが』と申す。ちなみに……ちょいちょい、そこの少年よ、お主は先ほどから儂のことを童子わっぱ扱いしているようじゃが、儂は主よりもちょいとばかし年上じゃぞ? この姿は仙力せんりょくの消費を抑える為の仮の姿……本来の儂はピッチピチのナイスバディ、年齢は確か……そう! 今年で二十四を迎えた所じゃ!」


「ピー、ピー、『ちょいとばかし年上』、『今年で二十四』……失礼ですが子牙しがさま、そのご申告のデータには大きな誤差が発生しているように思えます。私の計算から推察するに子牙しがさまの実のご年齢は今年でろくじゅ――」



 その瞬間、大気を振動させて『何か』が俺の体を通り抜けていった。


 自らを『子牙(しが)』と名乗ったガキ……あー、いや……自称『今年で二十四歳(?)』の右手には、いつの間にか長さ三十センチほどの短い鞭状の得物が握られている。どうやらこの俺の目にも捉えられないほどの速度でその鞭が振るわれたみてーだ。


 くそっ! この俺が全然反応できなかった……こいつはやっぱり只者じゃねぇ。



「ピー、ピー、子牙さまは、にじゅうよんさい、ピー、ピー、ずーっと、ずーっと、えいえんに、ピー、ピー、ぴちぴちの、にじゅうよんさい……ピー、ガガガガ――(プシューー)」


「ホホホ、ちょいと失礼。これは儂の『宝貝パオペイ』――『打神鞭だしんべん』。大気をちょちょいと振動させることのできる『宝貝パオペイ』じゃ、ホホ、そこのロボットちゃん、ちょーっとばかし、故障しておったみたいじゃからのう。儂が洗脳……いやはや、修理しておいてやったぞ、ホホホのホー……」


「大気を振動だと……!? って、おい……今、それよりもさらりと洗脳って言わなかったか……?」



 おいおい、何かロボ子の口とか耳とか鼻とか……あー、あー、それ以外にも、全身の穴という穴から白い煙がすげぇ勢いで噴き出してっけど……大丈夫なのかぁ、これ?



「ホホホ、なーに問題はないじゃろう。データの改竄……いやはや、復旧にちょいと時間がかかっているだけじゃ、直ぐに治る」


「おい! 今、改竄って言ったな! 確かにそう聞こえたぞ、こらっ!」



 うわっ、エグッ!? これってばぜってーにヤベーだろ! 何か緑色の液体も垂れ流れ始めて、とてもお茶の間にはお見せできねーような状態になってっけどっ!


 自称、人気ナンバーワン、メインヒロインさんが白目ひん剥いてすんげぇアヘ顔を晒してっけどっ!?



「ホホホ、大丈夫じゃよ、そいつには自己修復リカバリー機能が備わっておる。問題ない。そのまま黙って放っておけばすぐに元通りになるじゃろうて……ところで少年よ、お主――名はなんと申すのじゃ?」



 十八禁指定ギリギリ状態のぶっ飛びヘブン顔を晒してるロボ子をよそに自称『今年で二十四歳(?)』のガキが声をかけてくる。


 あー、はいはい、名前ねぇ、名前、名前……



「あー、今は『ナタク』って名乗ってっけど……」


「ホホホ、『今は』とな? ……ふぅむ、どうやら何か訳ありのようじゃのう……どれ、儂にその話を詳しく聞かせてみせよ」



 自らを『子牙しが』と名乗ったガキの姿をした仙人は無邪気な笑顔を見せてこう続けて口にした……


「ホホホ、これは何やらちょいと面白い話になりそうじゃ……」、と。




  ―― EPISODE.XI END ――



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