銀色のJOKER

きたひなこ

PROLOGUE 川中島の戦い


 長野県 千曲川ちくまがわ河川敷。


 時刻は深夜零時前、いつもは人通りも少なく物静かな場所なのだがこの日は少し様子が違っていた。バイクの駆動音が大きな音を響かせ、無数のヘッドライトが周囲を昼間のように明るく照らしている。千曲川ちくまがわの上流と下流――南と北に分かれて大きな二つの集団が互いを牽制するかのように対峙していた。


 南側に位置する集団は山梨県を中心として今や関東圏内にもその活動を広げつつあるチーム『風林火山ふうりんかざん』の精鋭五十名。その集団が睨む視線の先……北に集うは新潟県を中心としてここ数年で東北最大の勢力へと急成長を遂げたチーム『毘沙門天びしゃもんてん』の精鋭、これもまた数を同じく五十名。


 時計の針が丁度零時を指した時、南の集団――チーム『風林火山ふうりんかざん』の中から一人の男が集団の前へと進み出た。身長百九十センチはあると思われる大男である。引き締まった筋力はプロの格闘家やアスリートのよう……否、そんなトレーニングやプロテインで作られた綺麗な代物ではない。ひたすら実践でのみ鍛え上げられた傷だらけ体躯。ああ、それは野生の獣と表現した方が適切だろう。金色に染まった頭髪に血に飢えた鋭い眼光、そしてニヤリと不敵に笑った口に光る鋭い犬歯は……そう、これはだ。


 その巨大な虎のような男が北に集う『毘沙門天びしゃもんてん』に向かい吼える。



「よぉし、約束の時間だなぁ! 人数も揃ったことだしよぉ、始めるとしよぉぜ!」



 虎の咆哮に呼応するかのように後方に控えるチーム『風林火山ふうりんかざん』のバイクの駆動音が一斉鳴り響く。


 その喧騒を一身に受けるかのように北のチーム『毘沙門天びしゃもんてん』からも一つの影が静かに前へと進み出た。身長は百六十センチ前後、一般男性の身長から見るとやや低い部類に入るだろう。体付きを見てもとても立派とはいえない……否、むしろ華奢でスリムな印象を受けるその人物は黒いライダースーツで全身を覆い、同色のフルフェイスのヘルメットを被ることで顔全体も隠している。



「肯定しましょう。警察が陽動に気付くのも時間の問題……時間が惜しい。面倒ですが直々にお相手しましょう。束になって挑むのをお薦めします。――



 そのフルフェイスの人物は左手を挙げて後方にいる仲間を制すると、右手を前に出し、くいくい、と指を曲げて虎の集団を挑発する――ああ、それはまるで「お前らなんか自分一人で十分だ」とでも言うような仕草である。


 張り詰めた緊張が二つの集団を支配する。


 まさに一触即発。


 今、ここにかの有名な『川中島の戦い』を髣髴ほうふつとさせる戦いが……そう、南の虎『風林火山ふうりんかざん』と、北の雄『毘沙門天びしゃもんてん』による大抗争の火蓋が切って落とされようとしていた!





「だぁああああ! うるせぇーーーーえっ!」





 両軍勢の間を支配する緊張と喧騒を切り裂くが如く、突如戦場に雷鳴の如き怒号が大気を大きく震わせる。


 怒号を発した人物は南の『風林火山ふうりんかざん』のメンバーでもなければ、北の『毘沙門天びしゃもんてん』のメンバーでもない。


 その人物は無数のヘッドライトが照らし出す舞台の中央――百の殺意が交差する戦場のど真ん中へと単身躍り出ると両軍勢に向かって強烈な啖呵を切る。



「おいこら、てめぇーら! 人の庭先で何をぎゃあぎゃあと騒いでいやがる! 爺っちゃん婆っちゃんが眠れねーだろっ! 近所迷惑ってもんを少しは考えろや、このバカ野郎っ!」



 総勢百名もの無法者たちに囲まれながらも怯むことなく声を荒げるこの青年。身長は百七十センチそこそこ、中肉中背の平均的な体型にも係わらずその威風堂々いふうどうどうとした風体はこの戦場にいる誰よりも大きく見える。ツンツンと尖った頭髪に鋭い目つき、例えるなら……そう、だ。その鬼が有する鋭い眼光が『風林火山ふうりんかざん』の先頭に立つ虎のような男を捉える。



「よう、武田ぁ……、てめぇーも懲ねぇな、ついこの前、俺が軽く遊んでやったのをもう忘れちまったのか? ああん?」


「ぐぅぅぬ、武王丸ぅぅ……」



 虎のような男が声を低くして唸る。虎の呟いた名、『武王丸』――その名、その容姿を見た『風林火山ふうりんかざん』のメンバーに戦慄と動揺が走る。ああ、それもそのはず、実は南の虎、チーム『風林火山ふうりんかざん』の面々は先日この青年たった一人を相手に手痛い傷を負わされたとても苦い経験があるのだ。


 『武王丸』と呼ばれた鬼のような青年は堂々と臆することもなく虎にくるりと背中を向けると、今度は唖然としている北のチーム『毘沙門天びしゃもんてん』の先頭に立つフルフェイスの人物を正面に見据える。



「おう、てめぇーは新顔だな、大人しく退くてーなら見逃してやんよ、どーする?」


「…………………………………………」



 青年の問いに対してフルフェイスの人物はただジッとその青年を見たまま無言を貫く。その表情は黒のヘルメットで覆い隠されており、真意を察する事はできない。――すると沈黙に耐えかねた後方に備えるチーム『毘沙門天びしゃもんてん』の面々が次々と声を荒げ始めた。



「ああん、ふざけんなよ、ゴルァー!」


「テメェ、舐めてんのかぁ~」


「小僧がぁ! マジでぶっ殺すぞ!」



 一斉に浴びせられる罵詈雑言ばりぞうごんの嵐の中、その青年は「ちっ、めんどくせー、馬鹿どもが……」と気怠そうに息を吐く。



「リーダー、構わねぇ、『風林火山ふうりんかざん』の野郎諸共、アイツもやっちまいましょうぜ!」



 『毘沙門天びしゃもんてん』に属するメンバーの一人が無言のまま動かないフルフェイスの人物に発破をかける。その言葉に呼応するかのように動揺していた『風林火山ふうりんかざん』の面々も次々と戦闘態勢を取り始めた。


 ――ああ、どうやら双方とも矛を収める気など無いらしい。



「はあ、上等だ……てめーら、泣いて後悔すんじゃねーぞ……」



 静かな怒気を発しながら青年は背中に担いでいた棒状の得物を勢いよく地面へと突き立てる。その長さは九尺(約二メートル七十センチ)。青年の身長よりも遥かに長いそれは頭の先の部分が十字となっている――いわゆる『十字長槍』と呼ばれる代物だ。穂先に刃などは付いておらず、赤樫の木で形を拵えただけの紛い物ではあるが力ある者が振るえば人骨をも砕き、突き所によっては命も奪いかねない立派な凶器である。



 そんな凶悪な得物を手に鬼と化した青年が戦場の中央で名乗りを上げる。



「『村上流真長槍術』が師範代、村上吒武むらかみ たくむだ! 俺が相手になってやる、全員まとめてかかってこいやぁぁ!!」




―― PROLOGUE END ――



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