EPISODE.VIII 混沌の詩

 キラキラと輝く銀色の髪をなびかせて虚空に向かい少女が歌う。




 * * * *




 そう、すべては混沌から始まった。


 混沌とは世のすべて


 そして完全に無の存在である。


 無の中で生じた念はすべて


 混沌の波に飲まれ消えゆく……


 あゝ、運命にあった……



 ――だが、しかし



 ここに運命に抗おうとする大きな念が生じる。


 この念は時空となり、


   時空はやがて宇宙を創造した。


 宇宙とは無極であり、


   太極を反照させる。



  ――無極と太極。



 その陰陽はやがて四象を具象化させ


 四象は「虚実」と「清濁」を顕現する。


 実と濁から隆起した大地を


  虚と清から広がった空が覆い囲む。


 そうして一つの星が作られた。


  星では幾億の植物が芽吹き


   幾万の動物たちが胎動する。


 そうした永き道程の果てに……



      『俺』

そう、   『僕』   たち人間が生まれた。

      『私』




 * * * *




 歌い終えた少女は閉じていた瞳をゆっくりと開く。



「ウフフフフ……これは少し困った事になったわね、修正が必要になるかしら?」



 ああ、困ったわ、どうしましょう……そう口にする少女の表情は笑みで溢れている。


 当てが大きく外れた。


 自分の思い通りに事が運ばない。


 酷い結末を迎える。


 しかし、少女にとってはそれが堪らなく……


 そう、最高に愉快なことなのだ!


 間違った答えを解答欄に書くのならばそれは面白おかしくしなければならないわ。



「ウフフ、そうよ、別に『一人一役』と決まったわけじゃない……ウフフフフ……」



  少女は笑った天使のように。


   少女は嗤った悪魔のように。



「そうよ、どうせならばもっと面白くしてしまいましょう。『過去』も『未来』も関係ないわ、ああ、そうよ、いっそのこと全部混ぜてしまいましょう」



 ――神を封ずるあの伝奇も


   ――西に遊するあの伝奇も


 ――三國の英傑が覇権を争うあの伝奇も


  ――百八の綺羅星が霊峰へと集うあの伝奇も



 一切合切全てまとめて全部ごちゃごちゃに混ぜてしまいましょう!


 「ウフフフ、そうよ、……つまらない間違いだからダメなのよ」


 ああ、だからね。


  ――そう、最高に愉快で究極に滑稽な大きな間違いを犯しましょう。




 ■ ■ ■




 住宅地から少し離れた位置にある工場跡地。


 昔は近海から採掘された石油や天然ガスの精製などを行っていた工場があったらしいが今は見る影も無い。


 ここは国のお粗末な対応によりガス田の採掘権を失い取り壊されてしまった工場の跡地であり、現在はこの地域を縄張りとする無法者集団チーム『毘沙門天びしゃもんてん』の溜まり場となってしまっている。



「――ねえ、聞きまして? あの『銀色の死神』お話……何でもまた失踪者が出たみたいよ」


「ああ、聞いた、聞いた。何でもうちのチームにも消えた人間がいるらしーじゃねーか……」


「はっはー、バッカじゃねーの? そんなん噂だろ、た・だ・の・う・わ・さ! 何だよ、お前らそんな噂話にブルってんの?」


「いやー、でも最近ニュースにもなってるっすよ、その消える人間の噂……つーの? なんつーか、不気味っすね」


「はっ、下らん、どーせ、ニュースとかって言ってもネットや昼のワイドショーとかだべ」


「あーあ、でもよぉ、信憑性ゼロ……つーわけでもねーんだよなぁ……」


「そうそう、オレも後輩に聞いた話だけど学園で大騒ぎになったんだってよ」



 最近巷を賑わしている『銀色の死神』の都市伝説。その内容は大まかに言うと次のようなものだ。


 長い銀色の髪の幻想的な少女が突然現れて、遭遇した者たちを異界へと連れ去ってしまう。そして、異界へと連れて行かれた者に関する記憶は周囲の人間からも消えてしまう……消されてしまった人物がどんな人間だったのかは誰にも分からない。


 そう、つまりが――


 昨日まで遊んでいた友人が……


 昨日まで愛を誓い合った恋人が……


 昨日までずっと共に暮らしてきた家族が……


 ある日、フッと目の前から消えてしまうのだ。


 ――しかしそれでも誰も気が付かない。


 それはその人物に関するすべての記憶も一緒にこの世界から消えてしまうからだという。


 『銀色の死神』――そう、これはそんな奇妙で捉えどころのない薄気味の悪い都市伝説である。



「学園で大騒ぎって……ま・さ・か・生徒が消えちまったてかー? 馬っ鹿じゃねーの」


「その『まさか』……さ、在籍していたクラスメイトがある日を境に忽然と姿を消した。生徒も教師も、そいつの家族すらも誰一人として消えた奴のことは覚えてねー、でも戸籍や学生名簿、更には家族写真なんかにはしっかりとそいつは存在していたらしいぜ……」


「俺もダチから同じような話を聞いたな……ケータイに知らねーオンナの名前が登録されてて、そいつとの身に覚えのねーメールのやり取りまでしっかり残っていた、つー話だ」


「『』には残っているのに『』からは消えるってやつっすか……やっぱ不気味っすね」


「けっ、みんなして変な薬でもキメてただけじゃねーのぉ、所詮は噂話だべ」


「典型的な『都市伝説』ってやつだーね、ところでさぁ……最近うちの大将さんの姿も見かけねーわなぁ、なあなあ、もしかしてぇ……うちの大将さんも例の『銀色の死神』さんにぃ……」


「はっ、バーカ、あの人が行方くらますなんてしょっちゅうじゃねーかよ、元々、雲みてーに気ままな人なんだ。俺からしてみればあの人の存在のほうがよっぽど不思議だよ」


「はっはー、違いねえ! オレも未だに大将の素顔だけは見たことねーしなっ!」


「……ねぇ、皆さま、そんなことよりもそろそろ移動しませんか?」


「はあ? 移動ってどこに行くんだよ、今日どっか他で集まりとかあったっけ?」





「ウフフフフ……


  そんなの決まっているじゃない。


 この歪んだ世界の外側……


  アナタたちの魂魄こんぱくが還るべき


      本来のあるべき世界によ」



 そう口にすると見目麗しい銀色の髪の少女がにっこりと微笑んだ。




―― EPISODE.VIII END ――



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