EPISODE.VII Fate / Steel knight
――其の女曰く。
世界は多次元に存在する。そしてその全ての時間軸の肉体へと私は体を復元……すなわち転移することが可能らしい。
自身の良く知る幼少時代の肉体へと体を変えるならばまだしも、どんな理由があって知る由も無い別次元とやらの自分の肉体へと体を変えなければならないのか……どんな肉体になるのか予想がつかない。ああ、それこそ『
――はあ、全くもって冗談ではない。
女のテンションが上がる一方、私のテンションはこれ以上ないほどに沈んでいた。
「すまないがこれ以上、私の体を使って遊ぶのは勘弁してもらおう」
「フム、私は別に少年の体を使って遊んでいるつもりはないのだけれどね」
「ふん。ならば言葉を変えよう。そちらにとっては遊んでいるつもりはないかもしれない……いや、至って大真面目なのかもしれないが、私はこれ以上、実験のモルモットにされるのは御免だといっているのだ」
この女……私が気付いていないとでも思っているのか?
私が『観測』した限り、この女は瀕死の人間を目の前にして善意でその命を救おうとするような性格の持ち主ではない。自分の研究の実験材料として使えるかどうか……おそらくそう考える類の人間だろう。
「命の恩人に対して酷いな、少年。確かに考えようによっては少年の体を自身の開発した研究品の実験体として利用した……しかし、それは少年の命を救う為のことであって――」
「この両腕――」
私は両腕を掲げて弁明しようとする女の言葉を遮る。
「『
「……フム」
暫しの沈黙の後、女はメガネを直して椅子へと腰を下ろす。そして
「フム、やっぱり今の少年は私の好みではないな……すべてを見通されているようでどうも気持ちが落ち着かない。言葉使いは少々粗暴ではあったがきちんと礼を言ってくれたあの少年が一番人間味があって私は好きだな……その眼鏡を外すとまたあの少年に戻るのかい?」
ふむ、やはりバレてるか……まあ隠す気も更々ないのでどうでもいいことだ。
「さてね、私が俺に戻ったところで小難しい話が苦手で面倒くさがりな俺は、すぐに私か僕に交代すると思うがね」
「フム、それは困ったね、あの粗暴な少年がまたメガネの少年に戻るのならともかく、あの最初の瞳を閉じている少年となるとね……」
「ふん、それは僕の私にまた痴女扱いされるからかな?」
私は少し砕けた感じでそう言ってみた。しかし女の表情は真剣そのもの……ゆっくりと、そしてはっきりと口を開く。
「最初の少年……ね、可能であればアレとは二度と顔を合わせたくないね。まるで生きた心地がしないのだよ……表面上は取り繕って見せていたけど会話の最中もずっと冷や汗が止まらなかった。何なのだい、あの化物は? 私も永く生きてきたけどあんな経験は始めての事だったよ、フム、さながら私の初体験といったところかな」
ふむ、なるほど……この女も人を見る目はあるようだ。
「あいつは自己防衛本能が強すぎるからな、未曾有の事態に少々気を張っていたのだろう。まあ、危害さえ加えようとしなければ基本的に人畜無害のやつだから安心して問題ない」
「フム、では……もしも、私がアレに少しでも危害を加えようとしたならば……私はどうなっていたかね?」
「ふん、馬鹿莫迦しい、そんな分かりきったことを語るまでも無いだろう」
――ああ、その時は女の命が一つ消えるだけだ。
ピピピピッ、ピピピピッ!
女との会話中、突然目覚まし時計のアラームのような音が部屋に響いた。
「おっと、フム、もうこんな時間か……私のお気に入りの電波信号を受信できる時間でね。知的好奇心が刺激されるとても良い情報なのだよ。どうだい、少年も一緒に見るかい」
そう口にしながら女はいそいそとラグビーボール型の怪しげな物体を取り出した。楕円形の中心に付いているレンズが光を放ち、まるで映写機のように部屋の岸壁にザーザーとノイズ交じりの映像を映し出す。
「超次元受映装置。通称『
そう言いながら女は楕円形の端に付いているダイヤルを慎重に回し始める。さながらラジオの番組を合わせているような感じだ。どうやら上手く電波を捉えることに成功したのだろう。映像は徐々にクリアになり、どこかで聴いたことのある軽快な音楽と共にその『知的好奇心が刺激されるとても良い情報』とやらが始まった。
■ ■ ■
ででんでんっ! ででんでんっ!
ででんでんっ! ででんでんっ!
ででっでっでっでっででででででーんでんっ!
ででん! ででんでんででんっ!
そーらにー そびえるー くろがねのしーろー
すーぱー ろぼっとー まじんがー……
■ ■ ■
「おい、てめぇー、表出ろや、こら!」
メガネを外した俺は怒りのままに髪をかき上げながら、昔懐かしの某スーパーロボットアニメを食い入るように見ているマッド女を恫喝する。
「フム、すまないね、少年。今、私はとても忙しいのだ、あと三十分ほど待ってくれないか!」
「ふざけんな、こら! 俺の両腕もろにコイツの影響を受けてるじゃねーか!」
ちくしょう、命の恩人だと礼を言った俺が馬鹿だった!
こいつはただ俺を改造したかっただけだ、しかもアニメの影響を受けてっ!
俺は身に着けていた『魔神Z』の文字が入ったTシャツをその場でビリビリと破り捨てる。映像では昔懐かしの某スーパーロボットが腕をロケットのように飛ばして敵の機械獣を相手に攻撃を繰り出していた。
空を自在に飛び回る敵の機械獣の出現に空を飛ぶことができない某スーパーロボットは苦戦を強いられることになるが、博士が開発した新兵器を装着することによって空を飛べるようにパワーアップした某スーパーロボットが大逆転勝利を収める形でその三十分が終了した。
「空……ね、フム、空か……少年よ、空を自由に飛びたくはないかね?」
「こら、てめぇー、開口一番がそれか?」
「フム、私好みの少年に変わってもどうやら記憶は共有しているようだし、ならば今更申し開きをする必要がないからね。そう、少年を改造したのは命を救う為ではない、全ては私の趣味である兵器研究の実験材料として利用する為だ!」
こいつ……っ!
まったく悪びれもせずに本音ぶっちゃけやがったっ!
「ちなみに助けた少年が少女であった場合は、例の『
「死ねやこらーーーーっ!」
もはや相手が女であろうと関係ねー、こいつは生きているだけで周囲に害を撒き散らす人間だ。俺は全力でそのふざけた顔面をぶん殴りにかかる。
「――――っ!? 何だとっ!」
完璧に女の顔面にヒットしたはずの拳が空を切るようにその顔をすり抜ける。
「フフフ、残念だったね、少年。それは私の立体型視覚情報さ……」
よく見りゃマッド女の体の節々にはノイズのような乱れが見て取れる。
岸壁に映し出されていたアニメ映像。
それを映し出していた楕円形の装置。
そう……女の体はその対射線上にあったっ!
「フフフ、気がつくのが遅かったね、少年。メガネの少年に看破された時点でこうなることを予測していた私は『
――くそ、やられたっ!
考えてみりゃ岸壁に映し出されていたアニメ映像の中に、その対射線上に位置していたこいつの影が映りこんでいなかった時点でその違和感に気がつくべきだった!
ぐおおおおおおっ! 超絶に腹正しいっ!
「フフフ、やっぱり私は今の少年の性格が最高に好みだよ、実に騙しがいがあってとても愉快な気分になる……そんな少年に私からの贈り物だ」
立体映像のクソ女が指をパチン、と鳴らした瞬間にアニメ映像が写し出されていた部屋の岸壁がでっけえ音立てて崩れはじめた。
――おいおい、何だってんだ!?
崩れた壁の向こうには細い道がずっと続いてやがる。
この道の先に何かあんのか?
真っ暗でここからじゃ何も見れねー。
「少年は記憶を失っているようだからね、サポート役として私が開発した『
戯言を宣い続けるクソ女の立体映像に強いノイズが混じり始める。
「おい、ふざけんな! 意味わかんねーこと言いやがって! てめぇー、今どこにいやがる! 絶対に見つけ出してぶん殴ってやっかんな!」
「……(ザーッ)……フフフ、また会える時を楽しみに……(ザーッ)……しているよ……(ザーッ)……ああ、そういえば……(ザーッ)……まだ名前を……(ザーッ)……なかったね……(ザーッ)……私の……(ザーッ)……名……(ザーッ)……『
立体映像が激しく乱れ、女の姿がノイズの嵐に飲み込まれるように消える……最後の方は何を言ってやがんだか全然わかんねー、くそっ!
沸々と怒りが込み上げるがここで暴れても何の解決にもならねー。
ああ、くそっ、とりあえず落ちつかねーと……俺は一旦心を落ち着かせるため、瞳を瞑り、かき上げていた前髪を下ろした。
■ ■ ■
「さーて、これからどうしましょう……」
一人、岩屋に残されてしまった僕は自分自身に問いかけるように独り言を口にします。
嗚呼、やはり人間一人きりというのは大変寂しいものです。
わざわざ口に出さずともよい心の言葉までついつい声に出してしまうのは、人間の性というものなので御座いましょう。嗚呼、これが俗に言う『独り暮らしの人間は独り言が多くなる法則』というやつですね。
「まあ、まずはせっかく用意していただいたプレゼントを確認してみましょうか?」
僕は崩れた壁の向こうに続く、暗く狭い道を進むことにしました。
「ううぅぅ、ままま、真っ暗です……おおお、お化けが出たら、どどど、どうしましょう」
お化け、幽霊、妖怪、ゾンビ、
嗚呼、だって殺せないのですよっ!?
それって最強じゃないですか、やだー(泣)
よく『お化けよりも生きた人間の方がよっぽど怖い』とか言う人いますけど……あれは絶対に嘘だと断言できます。だって生きた人間ならば誠意をもって話せばきっと分かってくれるはずですし、いざとなれば身を守る術もございますし、それでも駄目なら
暗い道に数歩足を踏み入れた瞬間、勢いよく蝙蝠さんたちが一斉に飛び出してきました。
「おおお、驚かせないでくださいよぉ……本当に怖いんですからぁ……」
僕はこちらに向かって飛び掛ってきた蝙蝠さんたちを一匹残らず叩き潰すと血膿の海と化した地面に足を滑らさないように慎重に暗く細い岩道を進みます。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
対幽霊さん用に念仏を繰り返し唱えながら歩くこと五分程度でしょうか? ――嗚呼、ようやく前方に明かりが見えて参りました!
やりましたよ! ようやく終着点に辿り着いたご様子です!
暗い道の先。
その開けた場所には幻想的な光景が広がっていました。
嗚呼、これは――洞窟湖と言うのでしょうか?
岸壁の隙間から差し込んだ日の光が地底に溜まった湖にキラキラと反射して洞窟内全体を澄んだ青色に染め上げています。
あの性悪な残念美人のお姉さんが言うには、ここに僕へのプレゼントが用意してあるらしいのですが……はて、一体どこにご用意してあるのでしょうか?
「嗚呼、たしか『
実のところ僕は少しワクワクしておりました。――嗚呼、だってロボットですよ、ロボット! 男の子ならば一度は夢中になったことがあるはずです。
僕はどちらかというと巨大なドリルを振りかざしながら「見ててくれ、
あの残念お姉さんが影響を受けたロボットアニメから推察すると――嗚呼、おそらくこの湖がザバッー、と割れてその中から出てきそうな感じですが……どこかに隠しスイッチでもあるのでしょうか?
とりあえず僕は蝙蝠の血でベッタリと汚れた体を洗い流そうと湖の畔へと近づきます。
「うう、ベトベトしていて気持ちが悪いです。手早く洗い流してしまいましょう」
僕が腰に巻いた布も外さずにそのままに湖に飛び込んだ瞬間――それは起こりました。
ザザザザザザザザザザーーーーッ!
おっと、何でしょう? 波打つように湖全体が激しく揺れ始めます。
「おおっ、おおおおっ、これはっ、結構っ、大きな地震っ……」
――いや……ちょっと待ってくださいよ!
そこまで口にしかけて異様なことに気がつきました。湖全体がこんなにも大きく振動しているのにも関わらず、周囲の岸壁にはなんの影響もない。小石一つも崩れ落ちてはいません。
「こここ、これはっ……ゆゆゆ、揺れているのはっ、こここ、この湖だけっ、ということでしょうかかかかかっっ??」
湖を揺らす振動はどんどん大きくなっていきます。
――嗚呼、まずい、この湖は何か変ですっ!?
身の危険を感じた僕は慌てて湖から飛び出ました。
すると、おや? 一体どういうことでしょうか?
今まで大きく波をうっていた水面が徐々に静まりを見せ、やがて湖は平穏を取り戻したのでした。
「ふーむ、一体、今のは何だったのでしょう?」
この湖には精霊が棲んでいて勝手に水浴びをした僕にお怒りになったのでしょうか?
いやいやいや、そんな馬鹿な……青色に輝く幻想的な洞窟湖の光景を目の当たりにして少々思考がファンタジーに寄り過ぎてしまっているようです。
湖に蝙蝠さんの血を流した瞬間に揺れ出したことを考えると……
「超巨大なサメやワニ、もしくはピラニアの大群とかでしょうかねぇ?」
いやいやいや、それもないでしょう。そんな非現実的な推察をしつつ、湖の水面を注意深く観察していると湖の中央から巨大な四角い箱状の物体がプカプカとこちらに向かって流れてくるのが見えました。
「おやおや? ……あれは何で御座いましょう?」
今の振動が原因で湖の底から浮かび上がってきたのでしょうか?
その巨大な四角い箱状の物体はゆっくりと湖の岸へと流れ着きます。
僕は慎重にその巨大な箱を湖から引き上げるとその物体を調べます。
大きさは直径二メートル程の正方形の箱。重量は百キロくらいでしょうか? 表面はひんやりと冷たくてステンレスのような素材で出来ていました。
――中に何か入っているのでしょうか?
六面をゴロゴロと転がすように調べてみましたが、箱を開けるような繋ぎ目も鍵穴も見つかりませんでした。傷一つない綺麗な金属の四角い箱です。
只、ゴロゴロと箱をサイコロのように転がしている最中に箱の中からゴツン、ゴツン、と何かがぶつかる音がしていたので中に何か入っていることは確かなようです。
嗚呼、もしかしたらこれが僕に用意されたプレゼントなのかもしれません。
しかし、『
嗚呼、なるほど……もしかしたらこれは本体ではないのかもしれません。
きっとこれは『
しかし困ったことにこの箱を開ける方法が見つかりません。
「うーん? 仕方ありませんね、最終手段といきましょう」
僕は中身が傷付かないように箱の上部左隅ギリギリの部分に右の手刀を突き刺します。
そして突き刺した手刀をそのまま水平に左側へと勢いよくスライド――正方形の箱の上辺の一辺に切り口を作りました。僕はそのまま箱の上に飛び乗ると切り口に両手を突っ込んで、後ろ向きに体重をかけることでベリベリと箱の天井を引き剥がすように開けます。
半分くらいまで開いた天井から箱の中を覗き見ると……そこにはなんと!
フリルのついたメイド服姿に首には黄色いスカーフといったとても前衛的なファッションをしておられる少女が体育座りで転がるように収納されておりました。
――ふー、いやー、参りましたぁー。
嗚呼、どうやらこれは僕へのプレゼントではなかったみたいです。
いやー、失敗、失敗。
もう、僕ってばすっかり勘違いをして他の方へのお届け物を開けちゃいましたよー。お茶目な僕は稀にこういった失敗をしてしまうことがあるのです。僕は剥がし掛けた箱の天井をギリギリと強引に元に戻すと、その箱を元のあった湖に返す為にグッと力を入れて持ち上げます。
嗚呼、平静を装ってはおりましたが、きっと僕はこの時、少しばかり慌てていたのでしょうねぇ……うっかり手を滑らせて箱を地面に落としてしまいました。
ドゴッ、と鈍い音を立てて箱の中身がぶつかる音が聞こえましたが……うん、ドンマイ、ドンマイ、人間だものミスは誰にでもあるものです。嗚呼、気にしたらいけません。全然大丈夫です。――だって、誰も見てないものっ!
その時、誤って開けてしまった箱の隙間からヒラリ、と紙が一枚外に出てしまいました。
――おやおや、これはメッセージカードか何かでしょうか?
嗚呼、これはいけません、何であれきちんと拾って中に戻しておいてあげないと……これは僕への贈り物では無いのですから。
僕はその紙を拾い上げようと手を伸ばします。しかし、偶然にも目に入ってしまったその紙に書かれた文字を目にして、僕の手はピタリと宙で止まってしまうのでした。
『
嗚呼、僕はその小さい文字をよく見る為にメガネをかけることにします。
■ ■ ■
「………………………………」
ふむ、――(※すかさずにメガネを外す)
■ ■ ■
「ひぎぃ! 無言で交代拒否すかっ!? これはあまりに酷すぎますっ!!」
メガネをかけたら無言で外されました。ご覧になられましたか皆さん! ほらね、ね、厄介事はいつも僕に丸投げなのですよ!
嗚呼、仕方無しに僕はその『取扱説明書』とやらに目を通すことに致します。
* * * *
『
この度は『
また製品のご利用にあたり取扱説明書をよくお読みのうえ、正しく安全にご利用ください。
ご利用前に【安全上のご注意】を必ずお読みください。製品の品番は、本体右足底面に記載されている品番表示でご確認ください。電源ボタンは黄巾を外した本体の首後側にございます。
【安全上のご注意】
● 水、湿気、湯気、ほこり、油煙などの多い場所に置かない。
● 火中に投入したり加熱したりしない。
● 火のそばや炎天下など、高温の場所で使用・放置をしない。
● 変形させたり、分解や改造をしたりしない。
● 落下させたり強い圧力を加えたりするなどの衝撃を与えない。
* * * *
あばばばばばば、何か色々と細かく書いてあって頭が痛くなりそうです。
嗚呼、実は僕……ロボットのパイロットにはとても憧れてはいるのですが、機械というものに滅法弱いタイプの人間だったりするのです。
パソコンやゲーム機を使えば直ぐに壊れてしまいますし、洗濯機を使えば床一面が泡まみれになりますし、エアコンを使えば冷房がなぜか暖房になりますし、電子レンジを使えば生卵が爆発しますし、スマートフォンを使えばLINEが乗っ取られますし、テレビのチャンネルをつければ今日の運勢がいつも最悪だったり、『SM●P』のリーダーが一番左に追いやられて訳の分からない謝罪をしていたりするのです。
「うーん、そう考えるとやはりここは僕の出番じゃないような気がします。先ほど私には鬼畜にも拒否られたのでここはああ見えて情に厚い俺へと交代いたしましょう」
あんな粗暴な性格ですが俺はけっこう機械には強い器用なタイプの人間だったりするのです。そんな訳で僕はいつものように瞳を大きく見開くと前髪を軽くかき上げるのでした。
■ ■ ■
「おー、まじでこいつは人間じゃねーみてーだな……」
どうしようもねーあの機械音痴からしぶしぶ交代した俺は、箱を再び抉じ開けて中から『
箱の外に出してよくよく観察するとこいつが人間じゃねーことがはっきりと分かる。
あー、なんつったけ?
球体関節人形、つーんだっけかこういうの?
肘や膝、手首など駆動させるために間接部分には球体のジョイントがぶち込まれている。それに『超合金』つーだけあって素体はかなり頑丈に作られているみてーだ。
外見が人間とあまり変わらねーように見えるのは、おそらく『超合金』でこしらえた素体の上に実際の人間の皮膚や少量の筋肉や脂肪などをそのまま被せているからだろう……あー、こいつはかなり趣味が悪りぃ、羊たちも沈黙するような超絶サイコな発想だ。あのクレイジーマッドなクソ女め……次に見つけたらまじでぶん殴ってやる。
正直こんな不気味な機械人形なんてそのままほーっておきてー気分だが……
あー、もしかしたらこの機械人形があのマッド女に関する何らかの情報を握っている可能性がある。つーか、わざわざこんな代物を用意しておいて何もねーってことははねーだろう。
「さーて、あんま気ぃーのらねーが……とりあえず電源を入れてみっか」
習うより慣れろ……機械の説明書なんて困った時に読むもんだ。俺は人形の首に巻かれた黄色いスカーフを外すと首の後ろにある電源ボタンを押す。
ピーーッ、と甲高い音に続いて、ブオォーーッ、と低い排気音が機械人形から漏れ始める。続いてキュルキュル、キュルキュル、といったハードディスクを読み込むような音が響く。
「ああん、なんつーか、まんまパソコン起動しているみてーだな……」
初期起動つーとけっこう時間がかかりそうなイメージだな、あー、めんどくせー。
そんなことを考えていたら思っていたよりも早く機械人形の瞳に光が灯る。
「ピー、黄巾ヲ首ニ巻キナオシテ下サイ、黄巾ヲ首ニ巻キナオシテ下サイ……」
「ああん? 黄巾って……ああ、これか……」
電源ボタンを押す為に外した黄色いスカーフ――どうやら起動にはこのスカーフも必要になるようだ。俺は機械人形が発する音声ガイダンスにしたがって黄色いスカーフを元通りその首へと巻きつける。
「グゥッ……ピー、クルシイ……モット緩ク……モット緩ク巻イテ下ザイ、入気経路ガ確保デキマゼン……グルジィ……」
「ああん、ちっ、いちいち注文の多い人形だな……ほらよ、これでどーだ」
俺は首元に巻いたスカーフを少し緩めてやる。すると機械人形の体の節々からプシューと熱を持った空気が排気され、口からは矢次に言葉が発せられる。
「ピー、入気経路――クリア」
「ピー、視覚、聴覚、嗅覚、触覚――問題ナシ」
「ピー、心肺機能、各稼動部位――問題ナシ」
「ピー、自動学習モード――セット完了」
「ピー、言語モード――セット完了」
「全アプリケーションデフォルトモードで起動します。@三十秒お待ちください」
瞳を閉じる機械人形……そしてきっかり三十秒後、再び瞳を開いた人形はゆっくりと自分の力で立ち上がる。
「ユーザーエントリーを開始する――『問おう、貴方が私のマスターか?』」
首元に黄色いスカーフをたなびかせ機械人形が俺に向かってそう問いかける。
――ああん、なんだ?
こいつ、すげぇー偉そうな態度だな……『マスター』って所有者ってことか?
「あー、まあ、そうみてーだな」
よく分かんねーけど……俺は適当にそう答える。
「我が号は『
はあ? なぜ……セイバー?
あー……『
まー、こんな奴の呼び名など『ロボ子』で十分だろう。
「マスター、貴方の名を教えていただけないだろうか?」
ああん? ――あー、俺の名前ねー。
俺の名前は――……っ!?
おい、ちょっと待て……
まじかよ、俺の……名前だって……?
機械人形は俺が自分の名前を名乗るのを待っている。
おい、おかしいぞ……
別に名前を名乗ることになんら抵抗はねーよな?
そうだ、さっさと名乗っちまえばそれでいいんだ。ほら、言えよ、自分の名前を教えるなんてこと幼稚園児にでもできることだろうがっ!
得体の知れない不安感が全身を包み込み、背中に嫌な汗が流れる。
おいおい、冗談じゃねーぞ……
大きな事故直後の記憶の混乱。その事について俺は今まであまり深くは考えねーでいた。
どーせ一時的な軽いもんだ。と
まー、ほっときゃそのうち思い出すだろ。と
そんな風に思っていた……でも、さすがにこいつは不味いだろっ!
俺は……
自分の名前も忘れちまってやがるっ!!
「……? マスター、どうかされましたか?」
ロボ子が不思議そうな目でこちらを見ている。そりゃそうだろう、名前を聞かれても何も答えずに馬鹿みてーに立ち尽くしているだけなんだからな。
くそっ、思い出せ、思い出せ、思い出しやがれっ!
俺はなんて名乗っていた?
俺はどう呼ばれていた?
そんな簡単なこと直ぐに思い出せるはずだろうがっ!
名前、名前、名前、名前だ!
名前、名前、名前、名前、名前……っ!!
「…………名……タ…ク………?」
――ああ、ダメだ、くそっ!
そこまで出かかったんだが上手く言葉にできなかった。
「ナ、タ、ク……? 『ナタク』ですね、了解です。マスター」
「――げっ? ちょっと待て、こら、勝手に了解してんじゃねーっ!」
「我がマスター『ナタク』、ここに契約は完了した……これより我が身は、貴方と共にある!」
混乱気味の俺をよそに意気揚々とロボ子が誓いの言葉を立てる。しかもその台詞も中二病臭くて超うぜえっ!
あー、もうっ!!
あー、いいや、とりあえず本当の名前を思い出すまではそれで……
そう、こうして俺は自分の名前を『ナタク』と名乗ることにしたのだった。
―― EPISODE.VII END ――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます