EPISODE.IV 銀色との邂逅


「おい、てめぇー、雷太らいた。こんな時間までどこに行ってやがった……まさか一人で勝手してたんじゃねーだろーな?」



 満面の笑みで駆けてくる制服姿の雷太らいたに向かって俺は睨みを効かす。朝は周子しゅうこを使ってなんとか抑制させたが、時間が経てばコロッと忘れて暴れまわる油断のならねー鳥頭だ。部活動もいつものようにサボっていたようだし……ああん? こいつ、今まで何してやがったんだ?



「ワーオ、オレってば信用ねーのな……大丈夫、大丈夫~、今日のところはゲーセン行ってストレスの発散をしていたところさね」



 ふーん、ゲーセンね……まー、嘘は吐いてねーよーだ。


 雷太らいたの制服からは強い煙草たばこの匂いがした。雷太らいた自身は煙草たばこを吸わねーから、おそらくゲーセンに長時間いた時についた匂いだろう。



「ゲーセンでストレス発散つーことは……まーた不良狩りか? おい、雷太らいた、あんま派手なことすんじゃねーぞ」



 俺はそう言うと家に向かって再び歩き始めた。雷太らいたもそっと横に並ぶようについてくる。



「シクシク……、タクちゃんってばホントに信用してくれてねーのな……そんな年がら年中喧嘩ばっかしねーってばよ、大体この辺りの不良でオレに喧嘩売ってくる奴もういねーしッ! おー、そんなことよりタクちゃん! 聞いてちょーだいよ、ニュース、ビックニュースッ! 駅前のゲーセンにさぁ、あの『ギルティ・ガイア』の新台が遂に入荷したんだぜーッ!」



 お! マジで!? やっと入荷してくれたのかっ!


 雷太の言った『ギルティ・ガイア』つーのは全国のゲームセンターで絶賛稼動中の超人気格闘ゲームのことだ。都内や全国チェーンの大手施設では昨年の冬頃からもう稼動を開始していたらしいのだが、俺たちの住むような地方の小さなゲーセンには決まって遅れて入荷されるのだ。



「ははは、さっそくプレイしまくって来たぜッ! 新作になって使用キャラクターの何人かは消えてたけど、タクちゃんお気に入りの『ソウ』は消えてなかったから今度対戦しに行こうぜー」



 あー、ちなみに『ソウ』つーのは俺がこのゲームで使うキャラクターのことだ。防御を無視したガン攻めの格闘スタイルなので使っていて大変気持ちが良い。俺の性格にぴったりと合ったキャラクターなのだ。



「はーッははは、オレは今回も『マリア』たんを使い続けるぜー! 2Pカラーのあの黒髪バージョンがオレの周子しゅうこたんにソックリなんだー。デュフフフフ……、あの長い黒髪に冷めた眼つき、そしてツンとしたあの態度……ハァ、ハァ、もう辛抱たまらんんんんッ!!」



 ちっ、まったうぜー病気が始まりやがった。ゲーセンに遊びに行くのはいいんだが雷太らいたとの対戦だけはぜってー断る。『マリア』に攻撃するとこいつガチでキレるんだもんなー。


 リアルファイトに発展した挙句、いくつかのゲーセンは出入り禁止になったこともある。遊びに行くなら雷太らいたが不在の時にしねーとな……あー、あー、激めんどくせー。大体が何で俺が遊びに行く予定を雷太らいたなんぞにわざわざ合わせねーといけねーんだ!?


 いっそのこと今ここで殺してやろーかなー……夕闇に染まる人通りの少ない下校路――暗殺には絶好のロケーションと言えんじゃね?


 俺が歩きながらひっそりとそんな暗殺計画を企てているとチリーン、とピアスについた鈴を鳴らして突然雷太らいたが立ち止まる。


 ああん? 一体どーした?


 先程まで末期のシスコン症状を発症させてだらしなく涎をたらしていた雷太らいたの顔が急にキリリと引き締まる……その猛禽類のように鋭い眼は向かう道の遥か前方をジッと見据えていた。



「こ……このは……間違いない……オレの周子しゅうこたん……っっ!?」



 そう呟くやいなや、俺が止める間もなく雷太らいたが地面を蹴って疾走する。その姿は獲物を眼下に捕らえた鷲そのもの。体勢を低く保ち、風をその身で切りながら地面スレスレを矢のような速度で滑走していく。


 あー、つーか、『汗の匂い』ってこいつ本気できめぇーな……俺は仕方なしに雷太らいたの後を駆け足で追うことにした。




 ■ ■ ■




 義妹いもうと様の気配を感じて前髪を下ろして瞳を閉じた僕は雷太らいたちゃんを追って走ります。すると案の定その先には義妹いもうと様がいらっしゃいました。


 あれれ? おかしいですね……


 先にこちらに向かって走っていった雷太らいたちゃんの姿がどこにも見当たりません。僕は足元に転がる『大きなゴミ』を飛び越えるとそのまま義妹いもうと様に駆け寄ります。



「ああ、これはタクにい、随分と遅いご帰宅ですね。……まさか生徒会が終った後にゲームセンターなんかに寄り道などはしていないですよね?」



 義妹いもうと様は僕が返答をするより早く懐へと潜り込むと、くんくんと匂いを嗅いできます。おそらく僕の制服から煙草たばこの匂いがするかどうか確認をしているのでしょう。血が繋がっていないとはいえさすが義妹いもうと様……煙草たばこの匂いで行き場所を判断する辺りは僕と方法が全く同じです。



「ふーん、煙草たばこの匂いはしません。……タクにい、ファブリーズをお持ちですか?」



 ふええぇぇぇぇ、お義兄にいさん、まるで信用されておりませんっ!



「タクにい、冗談です。ただ本日クラスの男子がゲームセンターに新台が入ったと騒いでいたのでもしかしたらと思っていただけです」



 そう言って義妹いもうと様がスッと身を離します。例え冗談でも至近距離でそういった発言は控えて欲しいものです。小心者の僕であっては寿命がいくつあっても足りません。



「新台の話は僕もさっき雷太らいたちゃんから聞いたばかりです。……ところでその雷太らいたちゃんは来なかったでしょうか? 先にこちらに向かって走っていったはずなのですが……」


雷太らいた……? はて、何ですか、それは? 博識な妹ではありますが生憎あいにくそのような名前の気持ちの悪い生物は見たことも聞いたこともありません。新種のゴキブリかウィルスか何かですか?」



 嗚呼、なんということでしょう。いつの間にか雷太らいたちゃんは、その存在自体をこの物語から抹消されてしまったご様子です。


 先程、僕が飛び越えた『大きなゴミ』が息も絶え絶えに苦渋に満ちた唸声を上げて存在感必死にアピールしておりますが……嗚呼、今気にかけると大変面倒な事になる恐れが御座いますので僕は無視することに致します。



「ところでタクにい、ゲームセンターに入った新台というのは前にタクにいが夢中になって遊んでいた『ギルティ・ライタ』の続編でしょうか?」


「『ギルティ・ガイア』です」



 嗚呼、お願いですからそんなにも無闇矢鱈むやみやたら雷太らいたちゃんを私刑ギルティしないであげてください。おっと、そういえば確か義妹いもうと様も『ギルティ・ガイア』をご遊戯していたのでしたっけ?


 義妹いもうと様の得意キャラクターは確か……



「遊戯にも真摯に取り組む妹の得意キャラクターは『タップ』です。2Pカラーの黒髪バージョンがタクにいに似ておりましたので使用していました。うふふふ……、あのツンツン頭に短絡的な性格、攻めの手段は多いけど全キャラクターで一番打たれ弱いといったギャプ……まさにタクにいの生き写しです。タクにいは村上流真長槍術の看板を背負って立つ男――所詮ゲームとはいえ敗北を喫する訳には参りません。今年の大会もこの完全無欠の妹が格闘ゲーム界のカリスマ『梅川大吾朗うめかわ だいごろう』を倒して世界一の称号を勝ち取ってみせましょう!」



 嗚呼、なんと……ここで衝撃の事実が発覚です!


 前作の『ギルティ・ガイア』のゲーム大会で『タップ』を使って全国優勝を果たした凄腕の女性プレイヤーがいるとのお噂は耳にしていましたが……まさかそれがこの義妹いもうと様でしたとはっ!


 嗚呼、といいますかですねぇ……ゲームのキャラクターに現実の人間を投影しないで頂きたいと僕としては心の底から願うばかりで御座います。やはりその辺りの思考回路は血の繋がった双子の姉弟しまい。この姉にして、あの弟ありといったところで御座いましょうか……


 ――さて、


 ……嗚呼、そろそろ突っ込んでも良い頃合いでしょうかねぇ?


 僕は意を決してずーーっと気になっていた質問を義妹いもうと様にぶつけます。



「あのー、ところで……そちらのお嬢さんは一体どちらさまでしょうか?」



 いつご紹介頂けるのかと待っていたのですが義妹いもうと様が一向にご紹介してくれる気配が無いので思い切ってこちらから問いかけます。実は先ほどから僕たちの横でこちらのやりとりをずっとニコニコと笑顔で聞いておられるお嬢さんがいらっしゃったのです。


 嗚呼、この方はどこか外国の貴族の方でしょうか?


 夜風にキラキラと靡くその髪は透き通るほどの白銀色。身体つきから見て年齢は僕たちより若干幼く見えますが、色白でお人形のように整った顔立ちはとても奇麗でどこか落ち着いた大人の印象をお見受け致します。


 フリルのついた気品溢れる純白のドレスを身に纏い、その風体はまるで絵本の中のお姫様そのもの。そのあまりにも日本の風景とは不釣り合いで、そして浮きまくりのファンタジーな登場人物に始めは戸惑いが隠せず……


 あれれぇー? もしかして僕の目にしか映っていない妖精さんの類かなー?


 昨日の寝不足のせいで妙な幻覚でも見ているのかなー?


 春かなー? やっぱり春のせいなのかなー?


 春だし変なモノが湧くのは当然かなー?


 ……などと現実逃避して見て見ぬふりをしていましたが、よくよく観察してみるときちんと気配も実体もある人間であることが確認できました。まあ、どことなく不思議な印象は受けますが少なくとも実在はしているご様子です。



「ああ、タクにい、丁度良かったです。この人のお話を聞いてもらえますか? 人を探している間に迷子になってしまったようで……」



 すると、クスクスと笑っていたお嬢さまが一歩前に出て優雅に一礼してきました。嗚呼、なんとも美しい……ただ礼をするだけでとても絵になります。



「申し訳ございませんわ。ワタクシ、このの地理には少々疎いものでして……人を探しているのですけど、どうかご協力願えないでしょうか?」



 ――目の前に困っている人がいたら手を差し伸べる。


 嗚呼、それは人として当然の行いであると僕は考えます。そしてもちろんその考えはここにいる義妹いもうと様も同様のお考えをお持ちです。故に僕たち義兄妹きょうだいは当然のように「はい、ご協力できることがあれば……」と笑顔で快くお返事を差し上げます。



「これはこれは、ご親切にありがとうございます。実はワタクシ、『武王』と呼ばれている人物を探しているのですが……お心当たりございませんでしょうか?」



 嗚呼、

 

  そして、


    僕の、


     笑顔が、


       凍ります。



「『武王』……それは随分と大層な名前ですね。確かにこの町には武術に力を入れている学園があるので武の心得を持つ人間は多く住んでいると思いますが……タクにい? タクにいはご存じありませんか? 『武王』とも呼ばれる人物であればそうとうな実力者だと思われますが、この見聞の広い妹であっても耳にしたことがありません」


「えーと、『武王』……『武王』ですかー。うーん、残念ながら僕も聞いたことがありませんねー。ハハハハ、いやー、力になれなくて本当に申し訳ございません」



 『武王丸』ならばよく耳にするお名前で御座いますが……嗚呼、それはきっとお嬢さんがお探しになっている人物では御座いませんよねっ?


 それにほら僕はこのお嬢さんのことなんか全然知りませんしねっ? ねっ!?


 ああ、もう全く持って本当にご迷惑なお話です。一体どこの誰が最初にそう呼び出したので御座いましょう。――そう、この付近の少々がらの悪いアウトローな方々はみんな僕のことを『武王丸』と呼び恐れるのです。


 冠名の由来はおそらく僕のご先祖。かの有名な戦国大名『村上義清むらかみよしきよ』の幼名から取ったものだと思われますが……ああ、今ここでそのことが義妹いもうと様に露見するのは非常に不味いことになります。


 有名な『喧嘩無敗』の二つ名から始まり『信濃の守護鬼』や『鮮血の火尖槍』……他にも幾つかの暴走族さんを潰したことから『東海竜王の夜叉殺し』や『風林火山の砥石崩れ』……などなど。


 『武王丸』の冠には様々な喧嘩やんちゃエピソードが半ば伝説として語り継がれているのです。もしも、今まで必死に隠し通してきた僕の……否。華麗なる喧嘩生活ビューティフルヒューマンライフのことが義妹いもうと様に知られることになれば僕は明日の朝日を迎えることなく非業の死を遂げることになるでしょう。



「ふーん、しかしこの町でタクにいやこの天下無双の妹を差し置いて『武王』などと名乗る輩がいるなんて随分と命知らずな人がいるものですねぇ、うふふふ、これは見つけ次第少しばかり教育が必要になりますねぇ……うふふふふ……」



 ヒイィィ……これは大変に不味いことになりました!


 義妹いもうと様は『武王』なる者を探し出して殺る気満々のMAXハートです。このお嬢さんの探している『武王』と呼ばれる人間が例え僕ではないとしても、この義妹いもうと様が本気で捜索を始めてしまったら芋づる式に『武王丸』のところまで辿り着いてしまうことでしょう。


 嗚呼、ここは何とか話を誤魔化さなければなりません!


 僕はお嬢さんに向かって慌てて質問を問いかけます。



「あー、その、ですねぇ……そう! あなたはその『武王』という人物に会ってどうするつもりなのでしょうか、何か目的があって探しているわけですよね?」


「ええ、勿論です。『武王』とは読んで字の如く『王』のこと指します。外界で諸候をまとめて商朝廷を倒すことで新しい国の『王』となる人物……どうやらこの内なる世界にその人物の魂魄こんぱくまで誤封ほうしんされてしまったみたいなのでワタクシ自ら探しにきたのです。ウフフフフ」


「…………………………」



 大変メルヘンチックな風体のお嬢さんからお口から大変メンヘラチックな台詞が飛び出します。


 さーて、これはどのように解釈したら良いので御座いましょう?


 さすがの義妹いもうと様も今の言葉を聞いて暫し思考を停止させてしまっているご様子です。嗚呼、まさか親切心でお声をかけたお嬢さんがゆんゆんお電波さんだったとは……これはとてもご面倒なお話になりそうです。


 ――まあ、結果からみれば救われたことになるのでしょうか?


 『武王』なる人物を探すよりも、今はこの場をどうやって上手に乗り切るか……この時点でおそらく僕も義妹いもうと様も考えていることはご一緒になったはずで御座いますから。


 さーて、これは困りました。一体全体どういたしましょう。


 昔、高梨たかなし小母おかあ様に『ヘンな人に声をかけたらダメよ~。と~ってもメンドクサイことになっちゃうわよ~』との教育は受けておりましたが、逆にヘンな人に声をかけてしまった場合の対応策までは教えていただいておりませんでした。


 嗚呼、ここは速やかに逃走を図るべきで御座いましょうか?


 いやいや、さすがにお相手がゆんゆんお電波さんでもそれは大変失礼にあたります。親切心でご協力すると申し出てしまった手前、ここでこのゆんゆんお電波さんのご相談を無下にあしらう訳には参りません。


 嗚呼、かといって親身にお話を聞こうにも、僕には笑顔でうまくコミュニケーションを取れる自身がありません。何せお相手はゆんゆんお電波さんなのです。お話しを合わせているうちに僕の精神も犯され壊されゆんゆんになってしまう恐れが御座います。


 はっ! ――ピコーン! 『パリィ』、閃きましたっ!


 そそそ、そうですっ! コミュニケーションならば同じ年頃の女子同士の方が幾分かうまく取る事ができるはずではないでしょうかっ!?


 嗚呼、ならばここは義妹いもうと様にすべてを委ねて任せて僕は速やかに華麗なる転進をしてしまうのが得策ですっ!



「ふ、……ふふふふ、ご安心してください。ここにいるタクにいは間違いなく『武王』と呼ばれるのに相応しい実力と器を持った人物です。このゆんゆんお電波キャラとは共演絶対NGの妹が薦める自慢の兄です。きっとあなたの抱えている問題にも親身になって相談を受け、そして解決に導いてくれることでしょう。……では、タクにい、多忙な妹は実家に帰って夕食の準備がございますのでこれで失礼しようと思います」



 ――ひぎぃ!


 嗚呼、何と云うことでしょう! この僕としたことが先手を取られ、鬼のような無茶ぶりした挙句、こっちに全部丸投げをされてしまいました!


 たたた、助けて雷太らいたちゃん……って、いねーーーーっ!


 先程までゴミのように転がっていた雷太らいたちゃんも忽然とその姿を消しておりました。すっかり日も沈み薄暗くなった夜道には僕と白銀色の髪をしたゆんゆんお電波さんが取り残されることになります。


 暗くなった夜道に電灯が次々と燈り始めます。電灯の光に照らされた白銀色の髪はまるでこの世のものとは思えないほど美しく――



「なるほど、『武王』と呼ばれるのに相応しい実力と器を持った人物ですか……もしかして彼こそが選ばれし王の魂魄こんぱくを持つ人物なのかしら――ウフフフ、しかしそうなると……(ぶつぶつ)」



 ――嗚呼、そして紡ぎだされる言の葉は僕の理解の範疇を完全に超越した内容で御座いました。ゆんゆんお電波さんは僕の事などはまるで無視して毒電波を受信し続けております。


 僕ではまるで打つ手が御座いません。ここが選手交代のタイミングで御座いましょうか? 僕が最終手段として制服の胸ポケットにしまってあるメガネを取り出そうとしたところで突然、――そう、強烈な違和感が走りました。


 あれれ? 彼女、何かがおかしくないでしょうか?


 いえ、ゆんゆんお電波さんなので言動が少々エキセントリッパーなことは十全にご理解しております。白銀色の髪、バリバリのお姫様的なドレス……?


 いえ、日本には相応しくないファンタジー全開な風体であることは初見で感じたことで御座います。嗚呼、ならばこの強烈な違和感の正体は一体何なので御座いましょう?


 そう、――夜道に電灯が燈り始めてから感じたこの違和感は……?



「ウフフフフ、あの……つかぬ事をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「え? ああ、はい、何でしょう? 自分にお答えできることなら良いのですが……」



 突然声をかけられたことで僕は現実に引きずり戻されます。



「アナタのお名前を教えていただけないでしょうか?」


「名前……ですか? 僕の名前は『村上吒武むらかみ たくむ』と言いますが……」


「ウフフフフ、吒武たくむ様ですね、どうしてアナタはずっと瞳を瞑られているのですか?」


「あー、すいません。こう見えて一応は開いているつもりなんですけど……周りの人からはどうしても目を瞑っていると見られてしまうみたいです」


「なるほど、それは大変失礼しました。まぁ、こんな不出来な世界……瞳をしっかりと見開いてご覧になるほど綺麗なものだとは思えませんし、ウフフフ、それも一興ですかしらね、ウフフフフ……」



 えーと……それは一体どういう意味で御座いましょう?


 嗚呼、いやいや、いけません。あまり深く考えてはなりません。なんせ相手はゆんゆん電波さんなのです。お相手のゆんゆんワールドに引き込まれてしまってはゆんゆんになってしまう恐れが御座います。大変に危険です。



「ああ、では……アナタのお父様の名前を教えていただけないでしょうか?」


「はあ、父の名前……ですか? 『村上昌文むらかみ まさふみ』と言いますが……」


「では、先程までいらしたアナタの妹さんと道で横になられていた友人さんのお名前は?」


「えーっと、正確には妹ではないのですが……義妹いもうとは『高梨周子たかなし しゅうこ』、友人は『高梨雷太たかなし らいた』と言いますが……えーっと、それが何か?」



 僕たちの名前を聞いていったいどうする気なのでしょうか?


 彼女に感じている強烈な違和感もまだ消えてはおりません。嗚呼、この感じ……とても悪い予感がします。この場合はの方が良いでしょうか? 僕はいつでも右手で前髪をかき上げられるように警戒心を強めます。



「『昌文まさふみ』様、『吒武たくむ』様、『周子しゅうこ』様、『雷太らいた』様……。


 『文』、『武』、『周』、『雷』……。


 王……


  王……


   公旦……


     ウフフ、そして震子……ですかぁ


 なるほど、なるほど、ウフフフ、ここまでが揃っているのならばどうやら間違いではないようですわ、ウフフフフ……」



 ゾクリ、と背中に妙な悪寒が走ります。彼女の無邪気な笑いに何か得体の知れない恐怖を感じとりました。――危険。そう、彼女は危険です。



「それでは最後にこちらのカードの中からお好きなカードを一枚お取りなって下さらないでしょうか?」



 そういって白銀色の髪をしたが僕の目の前に扇状に広げたカードを掲げます。


 ――これは、トランプでしょうか……?


 僕は恐る恐る目の前に広げられた十数枚のカードの中から一枚を選び手に取ります。無作為に僕が選択したカード。ゆっくりと裏返してカードの表面の絵柄をそっと確認するとそこに描かれていたものは……





      『 JOKER ――ジョーカー―― 』





「ウフフフフ……、やっぱり『当たり』だったみたいですわね……」



 その瞬間、目の前のの違和感に気がついた僕は下ろしていた前髪を素早くかき上げ、瞳を大きく見開くと大きく後方へと飛び退きました。




 ■ ■ ■




「おい、てめぇー、『人間』じゃねーな……一体何もんだっ!」



 白銀色の髪を持つから距離をとった俺は素早く拳を構える。


 おいおい、まじで冗談じゃねーぞ……人間相手との喧嘩なら負ける気はしねーが……こいつ、俺の拳が通用する相手なのか?


 相手の強さが全く読めねー、ちっ、一体何だってんだ、こいつ!


 俺は乱れた心を整えるようにゆっくりと息を吐き、眼前の相手を強く見据える。

 

 ああん、超絶不気味な雰囲気醸し出しているわりには隙だらけじゃねーか。どうする? 誘ってんのか? あー、元々相手の出方を伺うなんて俺の性には合わねー、先手必勝……とりあえず、軽くぶっ飛ばしておくか――?


 するとクスクスと笑いながら目の前のそのが口を開く。



「アラアラ、急に瞳を開いたと思ったら言葉使いがまるで別人のように変わってしまったので驚きましたが……ウフフフフ、なるほど、なるほど……アナタは随分と面白い魂魄こんぱくを持っているのですね?」


「こんぱ……? はあ? 意味のわかんねー言葉使うんじゃねーよ、メンヘラ女! てめぇー、俺の質問にちゃんと答えろ。てめぇーは幽霊か……それとも化物の類か? ああん?」


「幽霊? 化物? ……ウフフフフ、ああ、なるほどー」



 白銀色の髪のは俺の視線を辿る様に自分の足元を見る。そう、この暗闇の中で電灯に照らされているのにも関わらず、を……



「ウフフフ、なるほど、これは失礼。。アナタが警戒心を強くするのも無理はありません。しかしご安心ください、ワタクシはアナタの敵ではありません。ウフフフフ……」



 そう笑うと白銀色の髪の女性のシルエットがスーッと闇に飲まれるように消えていく。くっそ、この『武王丸』――村上吒武むらかみ たくむとしたことが不覚を取った。俺はそのあまりにも非日常的な光景を目の当たりにして一歩も動けなかったのだ。やがてそのシルエットは完全に闇に消えて、その場には一枚のカードが残される。


 それは先程、俺が引き当てたトランプのカード……





      『 JOKER ――ジョーカー―― 』





「ウフフフフ……それではまたお会いしましょう。西岐の主――『周の武王』様……」




 ―― EPISODE.VI END ――



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