ついに涼しくなってきました! 現状週6日閉じ籠もって仕事しているわたくしにはささいなことですけれどもね!
 なんの変化も変哲もなく、浮きはしないけれども沈みもしない毎日なわけですが……ちょっとでも奮い立てるよう、最近はダウンロード購入を加速していることに加えて中古のCDを取り寄せていたりします。
 昔持っていたのになくしてしまったもの、元々持っていなかったけれども興味があるもの、ちょっとだけ知っている程度の懐メロ、ついでにいろんな噺家さんの古典落語なんかも。これによって数十年内のあれこれが我が手の内に!
 おかげで仕事生活は充実しているのですが、自分がいったいいつの生まれなのかがわからなくなってきています。いや、おじさんなことだけは重々承知しているのですけどね。
 ともあれ今月は新作レビューです。じっくり選ばせていただきました4作品、力を尽くしてご紹介させていただきますー。

ピックアップ

マスクの下に隠した声と心、それを解き放ったのは彼との出会いだった

  • ★★★ Excellent!!!

 高3女子の藤島は、自分の声が好きじゃないという理由をきっかけにマスクを外せなくなっていた。が、そんな彼女にふと同級生の男子である織原が話しかけてきて、こんなことを言うのだ。「笑ってみてよ、藤島さん」。なんとなく縮こまって生きてきた藤島の日常は、たったそれだけのことから少しずつ色づいていく。

 いろいろなこととうまく折り合えないのが思春期ですが、藤島さんはまさにそのただ中にいる主人公ですね。

 自分の声に対するささいな嫌悪感が絶対隠したいものになり、ついには封じて窮屈に生きることになってしまって。でもそこに現れるわけですよ、織原くんというヒーローが!

 人は本当にささいなことで心を動かされます。本作の魅力は織原くんに動かされた藤島さんの心が少しずつ動いていく「変化」にこそあるのです。そして、その微笑ましさが一気に転じる瞬間――結果として読者は自身の心を大きく揺り動かすのですよ。

 読後感の切なさにほろっと香る甘やかさ、極上のひと言です。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)

友達に傷つけられた少女を救ったのは友達の思い

  • ★★★ Excellent!!!

 小学校の親友たちと再会したら、別人のようにおしゃれでかわいくなっていた……! 中学生女子の高橋かなえは衝撃を受けると同時、コンプレックスに囚われた自分だけが取り残されているように感じてしまう。ずっとみんなでチョコを作ってきたバレンタイン、それが近づいてくるのが憂鬱で、ついつい苛立つ彼女だったが……

 コンプレックスは誰もが抱えているもので、なにをきっかけに表出するかわかりません。かなえさんもそれに苛まれる女子なのですが、著者さんの筆が為すコンプレックスの源すなわちトラウマの抉りかた! これがすばらしいのですよ。

 他人からの心ない言葉の重さも受けた傷の痛みもとにかくリアルで、ひと言で表せば「わかる」。

 だからこそ、かなえさんの友達に対する苛立ちや痛々しい自己嫌悪もわかりますし、どん底に囚われた彼女を友達の言葉が救ってくれることがうれしくて、先に進もうと決める彼女を応援したくなるのです。

 ひとりの少女のささいな、でもなにより大きな成長を描く青春ストーリーです。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)

彼と彼女のしょっぱくて甘い毎日の記録

  • ★★★ Excellent!!!

 キヨが付き合っている彼女の“ユキちゃん”は、とにもかくにも面倒臭くて妙だった。妙な拘り、妙な偏食、妙な距離感……しかしキヨはそんな彼女をかわいいと思っているし、だからこそふたりで過ごす毎日を楽しみ、慈しんでいるのだった。

 言うなれば奇妙な彼女観察日記になるでしょうか。ユキちゃんは自由に生きているわりにささいなことで怒り狂ったりどん底まで落ち込んだりと、まさに乱気流のような喜怒哀楽と行動を見せつけてきます。

 その個性が綴るエピソードだけでも十二分に楽しめるのですが、ここにキヨくんという個性を足すとさらに際立つのですよ! 彼女の奇行をがっぷり受け止めるでもなく、撥ね除けるでもなく、ふわっといなして流していく闘牛士さながらな捌きの妙がユキちゃんの奇妙を輝かせます。しかもそのキヨくんがユキちゃんに甘えたりもして、逆に彼女のかわいさが彼を輝かせもする。これぞキャラクター力ですよねぇ。

 極まったカップルが魅せるゆるふわな日常話、ぜひご一読を。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)

正気のまま狂い果てながら筆を繰り、闘い続けた絵師がいた

  • ★★★ Excellent!!!

 幕末から明治の世で浮世絵師として、日本画家として名を馳せ、“画鬼”の二つ名で呼ばれた河鍋暁斎。その波乱に満ち満ちた人生を当人と、弟子にして親友となったイギリス人建築家ジョサイア・コンドルの語りで綴る物語。

 実在の“画鬼”を主人公にしたこの物語、まず目を惹き込まれるのは暁斎さんの語りです。エピソード自体も実におもしろいのですが、穏やかな語りに滲む彼の異様さ――正気の中に灯った狂気を感じさせてくれる著者さんの筆、本当にすばらしい。彼の有名作のひとつである女幽霊を描いた「幽霊図」、本編にも登場していますのでぜひ注目を。まさに背筋を冷たい指先で撫で上げられるような、狂おしいまでのおそろしさを感じずにいられませんから。

 そしてジョサイアさんの語りを最初と最後に配した構成もいいのです。これによって作品テーマ(正体は本編で!)が一層はっきりして、読後の感慨を深めてくれるのです。

 ひとりの絵師ととことん向き合った一作、ずずいとおすすめいたします。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋剛)