特集
実家の近所を散歩すると、新築の建物が増えていることに驚く。以前は畑だったり、雑木林だったり、古い木造家屋だったりしたところにオシャレなマンションやモダンな事務所がいつの間にか建っているのである。道路も綺麗に舗装されていたり、標識やガードレールも新品になっている一方で、路地裏や空き地が姿を消して、子どもの頃の思い出が消されて無くなったような錯覚に陥る。いま見ているその光景も、あと10年、20年したら変わってしまうのだろうと思うと少し切なくなります。今回は『昭和レトロ』を特集してみました。今年の流行語大賞で『ふてほど』が選ばれるなど、再評価されつつある昭和の文化。なにかと騒がしく、なにかと緩く、いまの常識では考えられない問題だらけの時代でしたが、そういう時代を積み重ねて平成、令和の今があります。いまは忘れているけれど、いまも大切なものは変わらない。だからこそ人々の心に響くんじゃないでしょうか。レトロな風をもう一度浴びて、いまの私たちの生き方を考えてみましょう。
群馬県の高校に通う女子高生の田中美希は、旅先で同級生の山田万里香と遭遇する。教室ではいつも一人でいる彼女の趣味が廃墟巡りだと知った美希は、日常に変化を求めて万里香と一緒に旅をすることに。女子高生の廃墟巡り旅行記です。
社交的で陽キャな美希さんと、ぼっちで陰キャな万里香さん。一見、ミスマッチな凸凹コンビの二人が、さまざまな廃墟を目指してタンデムツーリングに出かけます。
かつては鉱山で栄えた群馬の旧太子駅、バブル期に建てられた鬼怒川温泉のホテル群、栃木県市貝町の廃病院、経営難で廃業した日光市のウェスタン村などなど、廃墟マニアなら垂涎の名所といったところでしょうか。まるで別世界を覗いているような不思議な感覚の旅行体験がワクワクしてきます。
朽ち果てた建物が並ぶ光景には侘しさ寂しさもあるが、それだけではない温もりを感じる。廃校になった小学校は、昔は児童が笑顔で通っていた場所だ。駅もホテルも病院も遊園地も、たくさんの人間が必要として愛された場所でした。役目を終えた後も、人々の記憶に残り大切にされている。そんなところが廃墟の魅力なのでしょう。
建物に刻まれた人々の営み、人々の思いがみえてくる。廃墟探訪の旅に、あなたも浸ってみませんか?
(「昭和レトロ」4選/文=愛咲優詩)
女学生の糸川繭子は幼馴染にそそのかされ、神社で祀られている夫婦銀杏に実るギンナンを取っているところを宮司の壱重基経に見つかってしまう。罪滅ぼしに巫女見習いとなるように言われ、神社の仕事を手伝ううちに基経と交流を深めていくことに。巫女見習いの女学生とイケメン宮司の神社ラブストーリー。
主人公の繭子はしっかりもの。若くして宮司を務める基経は清廉な好青年ですが、ちょっと腹黒い。そんな二人が神社のお仕事を通じてゆっくりと心を通い合わせていく様子がときめきます。
繭子の罪悪感を利用して労働力にしてしまったり、神社のギンナンが女子に恋のおまじないされていること知るや、お守りとして売り出してしまったりと、基経の経営者としての有能ぶりが光ります。
働き者の繭子のことを気に入って基経は巫女として誘い、不本意ながらも嫌とは言わない繭子の二人の間に次第に芽生えていく想いがもどかしいです。
SNSやスマホもない昭和の時代の女学生の日常を描く、ノスタルジックでロマンチックな恋愛ものです。
(「昭和レトロ」4選/文=愛咲優詩)
戦後まもない北海道の農牧試験場に一人の若者が入社する。名前は寺山和樹。農業学校を卒業したばかりの坊主頭の純朴な青年だった。畜牧部に配属された彼は、個性的な先輩たちの元で牧草の研究に従事することに。昭和時代、北海道の発展に携わった農務省の職員たちの物語です。
研究員の朝は早い。早朝から家畜の世話。昼は土を耕し、牧草の種を撒く。新たな牧草を採取しては研究室で分析に没頭する。そして夜は独身寮で酒瓶片手に同僚たちと議論を交わす。己の仕事に情熱を燃やす昭和の男たちが勇ましいです。
ときには劇薬で火傷を負ったり、ときには野焼きで山火事を起こしかけたり、ときには愛馬の死に直面したりと、失敗と反省を繰り返しながらも先輩や上司に支えられながら研究員として成長していく寺山青年の姿に心が揺さぶられます。
昭和天皇の戦後巡幸や札幌オリンピックなどの昭和史に刻まれる出来事を体験しつつ、原野が広がっていた畜牧部にも国道が通り、自動搾乳機やトラクターなど機械化の波が押し寄せる。変わりゆく世の中で寺山たちは日本の発展のため、国民の健康のために北の地で模索し続ける。作者の確かな取材によって描かれるドラマがリアルです。
過酷な大地に挑み続けた研究員たちの努力によって日本の礎は築かれている。知られざる開拓者たちへ自然と感謝の念が湧き上がります。
(「昭和レトロ」4選/文=愛咲優詩)
著者のみさきさんは父と娘のふたり暮らし。父親の泰造さんは昭和40年生まれ。そんな父親との会話からこぼれる昔懐かしい昭和に流行ったCMや人気商品などの小話をまとめたエッセイです。
令和の世ではまったく伝わらないであろうジェネレーションギャップ全開な昭和ネタの嵐がおかしく、懐かしさがこみ上げてきます。
泰造さんが子どもだった頃は、仮面ライダーカードに夢中になっていた。流行っていた漫画といえば、手塚治虫の『ブラックジャック』、水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』やアニメの『科学忍者隊ガッチャマン』など、名作揃い。近年リニューアルされた作品も多く、映像が綺麗になった驚きは当時を知らないと味わえない感動でしょう。
人気ロックバンドやアイドルに熱狂した青春時代の思い出に浸ったり、流行語になったお笑い芸人の持ちネタだったり、昭和を語り出したら止まらない泰造さんの引き出しの多さに感嘆させられます。
昔の話ばかりする父親に娘のみさきさんは呆れていますが、それって昭和の一日一日を大切に生きていたからこそだと思うんです。せわしない現代の流行は一瞬で過ぎ去って忘れてしまう。しかし泰造さんは、ジョン・レノンが亡くなった日のことを昨日のように覚えている。とても素敵なお父様じゃないですか。いつまでもお元気で、たくさん親孝行してください。
(「昭和レトロ」4選/文=愛咲優詩)