いつの世も物議を醸すのはランキングという制度の存在だが、とりあえず虚心坦懐にその様子を眺めてみるとひとつわかるのは、とにかく異世界ファンタジーがいまだにカクヨムを席巻しているということであって、なかなかこれは一大勢力である。『ロードス島戦記』でいえばファーランドでひたすら物語が継続しているような連帯感や安心感もあるのだが、たぶんこのジャンルはほかのレビュワーがとりあげてくれると固く信じているので、今回はそれ以外の領域を渉猟させていただいた。気にいる作品に出会うかはまさに占い当たらぬ八卦といったところだが、「袖すりあうも他生の縁」(『魔術師オーフェン』)というし、読者の読書のなにかのきっかけになってもらえればよろしいかなと存ずる次第。
女優志望の25歳・友里恵が殺害されたことをきっかけに、自称ライターの藤田が、関係者に聞き込みをしていく様子を描いた作品。
荒削りだが独特の緊張感を持った心理小説で、芥川龍之介の「藪の中」を彷彿とさせる。
が、この作品では犯人や動機はもはや重要ではない。
ここで表題を想起すると、つまり死者の情報を集めることで死者のイメージを再構築する作業がまさに「エンバーミング」「カットアウト」ということになるのだが、いわば本作はその時間的進行の中で人々が振り回され、発狂や忘却という形で変容していく様が、テープ起こしや手紙といったメディアの意匠を駆使することで描かれる。
ミステリであれば、謎という中心へ物語が収斂する様子が描かれるだろうが、この作品ではむしろ発散していくところが興味深い。
登場人物はそれぞれ好き勝手なことを言い、犯人である峠の述懐すらもはや友里恵そのものとかけ離れた、独自のイメージを語ることになる。
そんなところへ連れて行かれる読書体験が奇妙に心地よい。
(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=村上裕一)
なんの変哲もないただの高校生がよくライトノベルでは活躍しているような印象が持たれがちだし、実際そう供述している主人公は少なくなさそうだが、この桜庭灰慈少年は決してそういうことではなく、花咲かじいさんを祖先とする第15代花咲師で、なんと人間国宝だそうだ。
では花咲師はなにができるのか。
昔話を紐解けば推測もたやすいが、灰を花に変える能力を持つ。
ではそれを用いてなにをするのか。
彼らのもっとも大きな仕事は"花葬(はなはぶ)り”。
火葬されて残った遺灰を美しい花に変えるのだ。
だがその花は常に葬儀にふさわしく、適切な美しさで咲くわけではない。
弔いの気持ちを持たず、死を冒涜する人間関係では、どんなに艶やかに咲いた花も、単なる溢れた絵の具のようなものでしかない。
単なる灰を咲かせるのではなく、そこに残る人の気持ちを咲かせようとする 灰慈と、彼を取り巻く人々の息遣いが、繊細な文章とともに伝わってくる秀作である。
(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=村上裕一)
いきなり繰り返して恐縮だがこの作品は「トイレで読む、トイレのためのトイレ小説」ということでここまででトイレと七回も言ってしまった。
そもそも「トイレ小説」とはなんなのか。せいぜいトイレを舞台にするなりトイレが登場するなりといった意味合いだろうが、すでに私はこの段階でトイレという言葉がゲシュタルト崩壊してむしろトワレに見えてきた。
それはそうと本作を取り上げたのは実に小説らしい作品だとも思ったからでもある。
トイレのときにでも読んでほしいライトな作品集なのをウリにしているわけだが、実際には私はトイレで読んだことはなくむしろ電車の中とかメールの受信トレイを開きながらとか蕎麦屋のトレイの上に携帯を置きながらとかそういうことの方が多くて、要はトイレにいないのにまるでトイレのなかにいるような気分にさせられるわけだが、そういう時間感操作などの誘導を果たす言葉の力が凝縮された芸術というのもまた小説の重要な一面なのである。
(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=村上裕一)
配信ノートを拾ったことで始まる恋愛があっても不思議じゃない
まあ作品タイトルどおりなのだが、マジで甘酸っぱくてよい。
いや、実際問題として、自分の好きな動画配信者が実はクラスメイトで、告白は失敗したけれども彼女の配信ノートを拾ったことで彼女の配信ライフにパートナーとして関わることになるとか、どう考えても勝利の王道パターンではないですか?
俺も配信ノートを拾いたいと思う読者が大挙しても不思議ではない。
それはそうと配信者というテーマはなかなかよくて、完全フィクションだった時代からシフトしてオタクネタやライトノベル作家ライフといった、いわば「読者自身」を題材とする表現を洗練させてきたライトノベルにとっては、隣のあの子が実はトップアイドル、という現実的にはなかなか起こりそうにないファンタジーではなく、「となりの子が配信くらいやっていても不思議ではない」というリアルで殺伐した世界観は格好の題材であって、まさに現実的なファンタジーとはこれなのである。
(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=村上裕一)
結局異世界ファンタジーそれも転生ものを取り上げてしまった。
一流企業のリーマン課長が3歳児として異世界転生してみたら、そのバブバブよちよちとした活躍の様子がかわいかったので、しょうがない。
主人公の勝は、妻に不倫と托卵を食らって絶望しており、新しい彼女との新生活に回復の兆しがあるかと思っていたところ、なぜか異世界の3歳児に転生してしまった。
この伝統芸の描写もなかなか面白かったが、むしろ筆者的にそういう疲れた社会人のゴシップ的世界観をさらに掘り下げてほしいと願っていたところ、気づいたら勝はマイルズという名前で異世界無双(ちやほや)。
とはいえそこで描かれているものは、単なるチート勇者の大活躍というよりは、勝がリアル社会では手に入れられなかった幸せな家庭生活という趣きが強く、いうなれば異世界子育てものであり、マイルズが恨みを記録した「まーちゃん閻魔帳」などのほのぼのガジェットの魅力もキラリと光っている。
(必読!カクヨムで見つけたおすすめ5作品/文=村上裕一)