人類にとってお酒は特別な飲み物。どんなに美味しいジュースやお茶でも、人を酔っぱらっていい気持ちにさせることはできない。飲んだだけで独特の酩酊感や多幸感をもたらしてくれるのはお酒だけなのだ。しかし、このお酒が時にはドラマやトラブルも生んでしまうわけで……。
というわけで、今回はお酒が物語の中心となる作品をピックアップ。異世界に突然現れた日本酒バルを舞台にしたグルメもの、年中酒浸りの酔っ払いのおっさんが次々とトラブルに首を突っ込むファンタジー、実は知的生命体だと判明した酒が、裁判の被告になってしまうSF、数多のウィスキーの魅力を女の子にたとえて紹介するエッセイなど、どの作品も様々な形でお酒とつきあっています。
ダンジョンから産出する魔道具を求めて、人々が集まり形成された都市・魔都。そこに突如として出現した『日本酒バル マーチン's』を舞台に、常連客となった冒険者ヨランタの食事風景を描く異世界ファンタジー。
まず本作を語るうえで一番大事なところとして、酒の描写が上手い! 料理を美味しそうに描くグルメもの作品は数多いが、本作は料理だけではなく、各話ごとに実在の日本酒を登場させてその味わいを実に美味そうに描写する。酒そのものだけではなく酒を注ぐ酒器の描写も丁寧で、日本酒が並ぶ食卓の雰囲気を鮮やかに描いているのが素晴らしい。
店主のマーチンが出す日本食を物珍しく眺めながら、冒険者ならではのエピソードを開陳するヨランタの話も面白く、食卓で繰り広げられる二人の気の置けないやりとりには読んでいてついつい頬がゆるんでしまう。
またヨランタには受けているものの、マーチンが自信をもって出した料理が他の異世界人たちの食習慣には上手くかみ合わず、適当に出した料理の方が評判が良かったりするなど、異文化間のギャップをユーモラスに描いているのも楽しい。
巧みな文章で描かれる料理と酒の数々は食欲の秋にぴったりで、お酒が飲めない人も楽しんで読めるグルメファンタジーだ。
(「酒は飲んでも飲まれるな!」4選/文=柿崎憲)
長きにわたる兵役を終えて故郷の村に帰ってきた青年ヘンリー。疲れ果てていた彼は「俺はしばらく働かない」と報奨金を妹に渡し、妹もそれを優しく受け入れる。それから10年。本当にまったく働かず酒ばかり飲んでいたヘンリーはついにキレた妹に家を追い出され、流浪の旅に出ることに……。
とにかく主人公のヘンリーのダメっぷりが凄まじい本作品。どのくらいダメかというと、盗賊に襲われた馬車を見つければ盗賊の足跡を追ってアジトに侵入し、そのまま仲間の振りをしてタダ酒をたかるし、冒険者ギルドを訪れては特に仕事は受けず、酒を飲んで若い冒険者にウザ絡みしてばかり。うーん、この酒クズ……。
常に酒浸りで言動が小物っぽいヘンリーだが、時々戦争帰りならではの異常な鋭さを見せる。この普段のダメ人間っぷりと荒事に巻き込まれた時のハードボイルドな姿がギャップが非常に強烈でカッコいいのだ。
また、彼を取り巻く冒険者や騎士団の人たちも彼に負けないぐらいアクの強い連中がそろっており、ヘンリーとの彼らのやりとりが大変面白い。最初の数話を読んでこの酔っ払いに魅力を感じたら最後、そのまま一気読みしてしまう勢いのある一作だ。
(「酒は飲んでも飲まれるな!」4選/文=柿崎憲)
このSF短編では、ある科学者の研究によって、アルコールが意識を持っていることが判明する。この新たに発見された知的生命体と人類はどのように付き合うのか? やはり酒と人類は長年の友。やはり友好的な関係を結ぶのか……と思いきや、なんと人類は酒を裁判にかけようとする! 法廷に立つことになった酒に対して人類は「酔い」をもたらした責任を問おうというのだ……!
お酒が原因で生じるトラブルは人にあるのか、それとも酒にあるのか? 普通なら「飲んで酔っぱらった奴が悪い」で話で終わるのだが、酒に意識があるのならば話は違ってくる。突然人類から「酔い」という罪を転嫁された酒はどう反論するのか?
酒を裁判にかけるという設定がシュールでおかしく、その後に起こる展開もひねりが利いているが、やはり注目すべきはオチの部分。「酔い」という現象に対する痛烈な風刺となっているオチには思わずうならされるし、それと同時につい苦笑いしてしまう。「酒は飲んでも飲まれるな」という言葉の意味を改めて実感できる短編だ。
(「酒は飲んでも飲まれるな!」4選/文=柿崎憲)
ビールや缶チューハイなどのお酒とは違い、ウィスキーは値段も高く、アルコール度数も強め。飲んでみようと思っても、躊躇してしまう人も多いのではないでしょうか?そんな方にぜひお勧めしたいのが、このエッセイです。
今年で連載6年目を迎えるこのエッセイには、数百本ものウィスキーが紹介されています。しかも、すべて実際に作者が味わったウィスキーからピックアップされているのだから、圧倒されること間違いなし。
アルコール度数が高いウィスキーはロックや水割りなど、さまざまな飲み方が楽しめます。本エッセイでは飲み方ごとの味わいを解説し、さらに一緒に楽しむのにお勧めのおつまみも紹介されているので、かゆいところに手が届く内容になっています。そして、最大の特徴は、ウィスキーをさまざまなタイプの女の子にたとえている点! 「なんとなく分かる」と思える例えもあれば、「どんな味なんだ?」とツッコミたくなる例えもあり、ユニークさが光ります。
さらに、単に無作為に紹介するのではなく、時には日本産のウィスキーをまとめて紹介したり、手に取りやすい価格帯の銘柄に絞って特集したりと、読者の関心に合わせた構成になっています。ウィスキーの世界に興味がある方はもちろん、ちょっと新しい銘柄を試してみたい方にもぜひお勧めの一冊です!
(「酒は飲んでも飲まれるな!」4選/文=柿崎憲)