気がつけば今年も残すところ10日を切りました! クリスマスや忘年会などこれからがますます忙しい方もいるかもしれませんが、僕はもう何も予定がないので実家に帰らせていただきます……。今年の冬は例年より冷たい……。
しかし、そんな予定のある人にもない人にもお勧めしたいのが今回の新作特集。老騎士が主人公の骨太のファンタジーに、ハッカーと心霊の戦いを描いたホラー、ゼロ年代のライトノベルをオマージュしたラブコメに、異色な事件を扱ったミステリーと様々なジャンルの作品をピックアップいたしました。年末年始のお供にいかがでしょうか。
王家に仕える身でありながら、とある罪を犯し投獄された老騎士のゴール。彼がたまたま牢獄にいたことにより、王家の絵画を狙う若き盗人、竜を追う魔女の師弟など本来何の関係もなかった人々の運命が交差していく群像劇。
まず本作を語る上で一番重要な点として文章が非常に上手い! 冒頭の牢獄の場面から、必要最小限の文章で獄中の空気が鮮やかに描写されている。騎士ゴールと盗人のリヒナーの初対面の会話でも、短い中に互いの性格がはっきりと表れ、それぞれの状況が整理されながらも、「ゴールは一体何をしてしまったのか?」「リヒナーはなぜ王家の絵を盗もうとするのか?」という部分には触れず、読者の興味を上手く惹いている。
自身が追われる身にありながらも困っている人々を見捨てられないゴールの行動が、登場人物たちに影響を与えていく物語も面白い。ゴールと関わる面々はタイトルからも察せられるように、それぞれが痛切な過去を抱えており、中には眉をひそめたくなるようなものもあるが、それだけに読み手の胸を揺さぶる人間ドラマに仕上がっている。
またファンタジーならではの、剣と魔法による竜との戦いもあるが、こちらのアクション描写もやはり上手い。複数の人間が集まる大規模な戦闘ながらも誰が何をしているのかわかりやすく、それでいて臨場感たっぷりに描写されている。
端正な文章で魅力的な登場人物のドラマと迫真の戦闘を描く骨太な本格ファンタジーだ。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)
友人たちと一緒に心霊スポットに行った主人公は、後日スマホの中に撮ったおぼえのない心霊スポットの写真を発見!……するが即削除する。しかし、削除した途端に復活する心霊写真! すると主人公はためらわずにスマホを初期化!
幽霊などの存在を元からまったく信じていない主人公の性格が強烈で、この一連の現象を「クラッキング」と判断した彼は、自身の持つITスキルを総動員して、この心霊現象との戦いを開始する。主人公が大胆なやりかたで画像を消せば、霊はそれを乗り越えてスマホに画像を送り込み、主人公はそれに対して新たな対策を練るという少年漫画のインフレバトルのような様相を見せる。中盤で主人公がスマホのバッテリーを抜くという身もふたもない手段に出た時点で決着がつきそうなものだが、霊側も人間側もそこからさらに想像を上回る応酬を繰り広げ読者を驚かせてくれるのが楽しい。
霊的な現象というと正体が掴めないだけに、一般的な手段では対策不能なように感じてしまうが、この作品の場合主人公の手段を選ばない対抗策によって、徐々に心霊現象の限界が浮き彫りとなる構図になっており、IT技術対心霊現象という噛み合いそうもない戦いをきちんと成立させているのがとても斬新。ただのギャグでは終わらない読み応えがある一作だ。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)
高校生活の三年間、世界を書き換える能力を持つ少女、未神蒼と共に思春期同好会の一員として数々の冒険を繰り広げた依途空良。いかにもなラノベっぽい高校生活だったが、彼らの青春には一つだけ足りないものがあった……ラブコメである。そしてついに迎えた卒業の日。卒業式上での未神は依途に対して露骨な告白待ちアピールを見せるが、依途はそれを堂々とスルー! これに未神がキレたことで世界は高校4年制へと書き換えられ、二人はもう一年学生生活を送ることに……。
新たに生まれたロスタイムの4年目は未神が積極的にアピールを行ってくるし、二人しかいなかった部活には新たに長身ギャルの新入部員がやってくるなど、どんどんラブコメ的なイベントを見せてくれるのだが、中盤で物語は意外な展開を見せ始めるのが大きなポイント。
鈍感な主人公、妙に理屈っぽい語り口調、万能な力を持ったヒロイン、馬鹿馬鹿しい名前の付いた妙な部活……作中でも示唆されているようにゼロ年代のライトノベルで流行っていた要素を多数取り入れているのだが、ただの回顧主義に終わらず、そこに現代的な視点を加えて、きちんと令和最新のラブコメディとして物語を成立させている点を高く評価したい。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)
ある日埼玉を中心に、突然英語が話せなくなるという症状が発生する。病院が調査したものの患者の脳内に特別な変化はなし。刑事である庄司孝介はこの謎の現象の原因について調査するよう命じられ、「ピィ事案対策部」という怪しげな部署に異動させられる。
本作ではこうして突然起きる不条理な現象の正体に対して一切触れない。問題とするのはどのような状況で事案が発生するかであり、その時の共通点だけを調べひたすら原因を遡っていく。
奇妙な事案を扱っているようで、調査の方針自体はわりと古典的だ。しかし、奇矯な言動を繰り返す謎多き上司、捜査に不慣れだがやたらと腕の立つ女性警察官。スパコンを使いこなすデータマイニングのプロなど癖の強い面々が集まり、捜査の過程は読んでいて読者を飽きさせない。また事案の危険性を鑑みた海外勢力が捜査に介入し、捜査員の中にも英語が話せなくなる者が発生するなど、捜査はどんどん混沌へと陥っていく。この奇妙な現象の原因をピィ事案対策部は突き止めることができるのか? その真相は是非自身の目で確かめてほしい。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)