正義のヒーローってかっこいいですよね。『勧善懲悪』は物語の基本で、いつの時代も読者は正義が悪を懲らしめる話が好きです。しかし現代では時代劇のようにわかりやすい悪代官はおらず、なにが正義でなにが悪か、曖昧な世の中になりつつあります。もうひとつ『判官贔屓』という言葉があります、弱者に対して共感するというのも読者の変わらぬ心理です。私はこの二つの言葉は繋がっていると思います。それは「弱者の味方」こそは「正義」という考えです。強者に忖度して弱者と戦う正義のヒーローはあまり見かけませんよね。誰もが納得する正義というのは、常に弱者を守る存在なんですよ。今回はそうした弱者の味方になる正義のヒーローを描いた作品を選んでみました。悪人をやっつけたり、強敵に立ち向かったり、そんな大事でなくとも目の前で困っている人に助けを差し伸べる。お腹を空かした人にご飯を与える。そんなお人好しこそが本当にかっこいい正義のヒーローなのかもしれません。
現代日本で料理人をしていた青年リュウは、気づいたら異世界に転移していた。大衆食堂を営む老夫婦に助けられ、店を引き継いだリュウは、親を亡くした子どもや、貧しい家庭に無料でご飯を提供する「こども食堂」を開くことに。料理で子どもたちの笑顔を作る異世界グルメファンタジーです。
親を亡くした子供たちが助け合って生きる健気さと、それを見守る大人たちの優しさが泣けるんです。
リュウの安くて美味い日本料理は冒険者たちの間でたちまち話題に。店員として雇った美少女のサクヤとアオイ目当ての客もいて、徐々に繁盛していくかたわら、店を訪れる孤児たちや育児放棄された子ども、子育てに悩む若いお母さんの姿に心を揺さぶられます。
利益度外視で料理を提供する、そんなリュウの心意気に共感した人たちが支援の手を差し伸べて、助け合いの輪が広がっていく光景に心が洗われます。
どんなに辛い人生でも一杯の温かいご飯で救われる時間がある。それを糧に一日一日を積み重ねていく。街の片隅で始まった小さな輪がどこまで大きくなっていくのか、この先の物語に期待です。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=愛咲優詩)
脱サラして田舎で農業を始めた山科啓介は、ひょんなことから異世界からやってきたエルフの美少女レムネアと出会い、彼女と田舎暮らしをスタートする。脱サラ青年と異世界の美少女の現代スローライフファンタジーです。
異世界で冒険者をやっていたレムネアは、便利魔法という下級魔法しか使えない落ちこぼれ。しかし、そんな彼女でも魔法で雑草を引き抜いたり、重いものを浮かべて運んだり、ゴーレムを作って畑を耕したりと、農業初心者の啓介にとっては何よりもありがたい天の助けなんですよね。
現代の料理や文化に驚きつつも次第に馴染んでいくレムネアが微笑ましく、周囲では美人のお嫁さんとして話題になり、地元の人達と打ち解けていく光景がほのぼのとして和みます。
レムネアのお陰で様々なことが好転していき啓介は感謝しきれず、自分を必要としてくれた啓介にレムネアも惹かれていき、お互いに意識し合う二人の姿が初々しくてニヤニヤしちゃいます。しかし農業も二人の関係もまだ始まったばかり、彼らの努力は果たして実るのか?
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=愛咲優詩)
大阪のホテルで開催されたマスコミ協議会で毒物を使った集団中毒死事件が発生する。朝夕デジタル新聞社の敏腕記者・大神由希は事件を追いかけるなか、政府の陰謀に巻き込まれていく。独裁政権と戦うジャーナリストの奮闘を描いた現代サスペンスです。
マスコミ界の重鎮を狙った集団中毒死事件は世間の注目を集める大事件にも関わらず、何故か警察からは捜査情報が出ない。地道な裏付け調査を主張する大神ですが、業を煮やした上司の先走りで誤報の片棒を担がされてしまう。それはマスコミを規制しようと企む下河原総理の罠で、信じていた報道の力を利用された大神の胸中が痛々しいです。
一方、後輩記者の橋詰は、各地でマスコミ関係者を襲っている『民警団』へと潜入し、団体が与党『孤高の会』の私兵となっていることを突き止めるも、正体がバレて制裁を受け、そのまま帰らぬ人となってしまう。
頼れる後輩の死にショックを受け、誤報を伝えたことで世間の非難を浴びることになった大神ですが、それでもジャーナリズムの精神を貫き、独裁政権を企む政府の陰謀を暴くために暗闘を繰り広げる展開が手に汗握ります。
物語が進むにつれて、権力と暴力で日本を裏から牛耳ろうとする権力者たちの本性に背筋が寒くなり、国民の耳目であるマスコミが封じられ、社会全体が暗澹としていく世界観が恐ろしくなります。権力の恐ろしさと報道の自由の大切さを描いた社会派小説です。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=愛咲優詩)
異世界の女神リアに助けを求められた現代の高校生・桐山秋人。戦いが苦手な彼が提案したのは、異世界をVRMMOに偽装して現実のゲーマーたちを勇者として送り込むことだった。あの手この手でゲーマーの心を掴んで異世界を救わせる秋人の悪知恵が痛快な異世界ファンタジー。
ゲーマーの心理を理解した秋人の運営手腕が見事です。異世界をゲームと信じているゲーマーは、リアルなグラフィックにたちまち魅了されてしまう。凝ったゲームシステムやイベント報酬、美少女のマスコットキャラなど、秋人の巧妙な仕掛けの数々に思わず遊んでみたくなります。
恐ろしい魔王軍もゲーマーにとっては美味しい獲物。道化のような奇妙な仮装をしているくせに大火力の魔法やスキルを連発するえげつない戦い方で、何度死んでも復活してゾンビアタックを繰り返す。報酬次第で裏切り、奪い尽くしたらまた裏切る。悪魔よりも欲深く、狡猾なゲーマーの腹黒さに笑いを堪えられません。理解不能な勇者たちの行動に女神も異世界人も困惑、こんな狂った集団を相手せねばならない魔王軍が可哀想に思えてきます。
普段はライバルとして競い合いつつも、ときにはサーバー全体で一致団結する展開が熱いんですよ。辛い思いをしながらではなく、楽しみながら異世界を救う、こんな勇者がいたっていい。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=愛咲優詩)