【2020年9月27日 中津川市加子母地区】

 深夜になってから下呂と中津川の市境の加子母かしも地区の外れにある古民家に、美咲が監禁されていると連絡が入った。

 そこまでわかっているのに、動かなかった調査室に対して保科は苛立った。だけどまだ美咲の救出が終わっていないので、奥歯を噛み合わせて必死にこらえていた。

 救助隊を乗せた静穏ヘリは、真っ暗な山道に沿うように飛行していた。

「保科さん。おそらくあの建物です」

 モニターに映る赤外線カメラの映像を見ながら隊員の1人が声を掛けた。モニタには人影らしい3人の姿が緑色に光って動いていた。

「この映像はなんなんですか?」

「これは赤外線サーモグラフィーですよ。木造の家くらいなら、中の熱源がこうして見えるんです。ほら、人の形をしてるでしょ」

「相手の数や動きまでわかるんですね」

「そうですね。ある程度の画像処理は必要ですが、現場の状況はほぼわかります。両側の男性2人が犯人ですね。おそらく真ん中で椅子に座っているのが、梶木さんです」

「美咲……。さっきから動いてませんが、生きてますよね」

「落ち着いてください。死んでたらこのカメラには映りません」

「あぁ、そうですよね。体温がないと映りませんよね」

「ですけどね、彼女、おそらく裸にされてますね」

「えっ? どう言う事です? なんでわかるんです」

「あの、ほら、服を着てると肌の部分と境目が見えるんですよ。でも彼女はまんべんなく見えるでしょ。つまり服を着てないと思われます」

「なんで? 犯人は彼女になにかしたんですか?」

「そこまではわかりませんけど、女性を裸にして逃げられないようにするのは、よくある事なんですよ。あと体温は33度くらいまで下がってますね。低体温症になっていると思われます。かなり辛いでしょうね」

「低体温症って、はやく助けないと……」

「すぐにでも病院に行った方がいいですね。あの家の持ち主の許可もとってますので、一気に燃やしちゃいましょうか」

「燃やす? 放火するんですか?」

「古い木造の家ですから。どうせ銃撃戦になれば、修復不可能なくらいボロボロでになりますからね。痕跡消すならどちらにせよ燃やすしかありません。まぁ後は任せてください。保科さんは梶木さんに、毛布をかけてくださればそれでいいです」

「あっ、そうなんですか」

 実戦経験がない保坂は、おとなしく引き下がった。

 ヘリは少し離れた場所に着陸し、保科は他の隊員たちと一緒に10分ほど歩いて現場に到着した。隊員の1人が調してきた軽自動車に、男女の私服隊員が軽自動車に乗り込んで古民家の手前で待機した。

 現場の責任者はサーモグラフィーをセットして、中の様子を確認しながら全員に指示を出して配置に付かせていた。

「じゃ、開始します。──保科さんは、少し下がっていてくださいね」

「……はい」保科はなんとなく、邪魔にされた気がした。

 待機していた軽自動車が動き出して、古民家の前に停まった。車の中ではカップルのフリをした男女の隊員が、キスをしはじめた。

 サーモグラフィーのモニターに映る3人の光は、身をかがめて動きを止めていた。そのうち1人が古民家の玄関近くまでやってきて、軽自動車の方を伺うような姿勢を取った。


 美咲は裸にされて、縛られて、事務椅子に座りって、おぼろげな意識の中を彷徨っていた。男たちはペットボトルに入った2リットルの水を、抵抗できない美咲の口に注ぎ込んで無理矢理に飲ませた。

 そして1人の男が肌を撫で回し、バイブレータを胸や股間に押し付けてきた。美咲はイヤだったけど、歯を食いしばっていっぱい耐えていたけど、尿意を覚え始めてそのまま失禁してしまった。

 オシッコと一緒に気力みたいな物が流れ出していくような気がした。

 もう1人の男は、猫なで声で語り口こそ柔らかかった。しかしカメラをむけて質問を繰り返し、答えが気に入らないとカメラを引いた。モニタには美咲の胸が映った。体を屈めて隠くそうとしたけど、それさえもできずにされるがままだった。

 それでも昼間はまだ良かった。日が沈むと急に冷え込んできた。椅子の座面に溜ったオシッコの気化熱で震えが止まらない。体の中から熱と意識が霧散していく。

『このまま死んじゃった方がいいかもしれない』

 美咲はそんな考えが頭をよぎった。でも本当に死んでしまった女の子たちの事を思い出してゆっくり息を吐いて落ち着いた。

 だんだん寒いというよりも眠くなってきた。

 感覚がなくなっていく。悪夢のような気がしていた。

「おい、だれか来たぞ。静かにしろ」

「ちょっと様子を見てくる」

「無駄に関わるなよ」

「あぁ」

 夢の中で男がなにかを言っていた。


 中の様子を確認するために二人は車を降りて、家の中にはいった。玄関でキスをしながら周囲を見ていた。

「玄関の脇に一人隠れてるわ。まだ届かないけど、あと一歩入れば仕掛けてくるかもよ」

「相手が俺の背中を狙ったら、俺の脇から撃て。頭を狙っちゃってもいいぞ」

「いいわねぇ。本気って感じがするわ」

 その時、足音を忍ばせて男が殴り掛かってきた。

「来たわよ。すぐ左によけて」

「りょうかい。たのむよ」そう言って男性隊員は軽く左にジャンプして男の方を向いた。男性隊員の動きに目を奪われた男は、正面にいる女性隊員が拳銃を構えているのに気づくのが遅れた。女性隊員は拳銃の引き金を引くと、弾丸は男の額が吹き飛ばした。

「〝彼氏〟に手を出す奴は生かしておかないわよ」

「頼もしいね」

 消音器サイレンサーをつけていたので銃声は隠せたが、至近距離から発砲したので、男が勢いよく倒れた時の音が家中に響いた。

「おい、どうした」奥からもう1人の男の声がする。

「キャーッ。たすけてー」女性隊員がいきなり叫ぶ。男性隊員は玄関の影に隠れた。

 もう一人の男が機関銃アサルトライフルを抱えて奥から飛び出してきた。

「おまえなんだ」男はそう言いながら、倒れている仲間を見つけた。

「おまえがやったのか?」男は機関銃アサルトライフルを構え直した。

「違う。知らない。倒れてたの」女性隊員は怯えた声を作ってそう言った。

 玄関に隠れていた男性隊員は様子を見ながら、後方に合図を送った。

『人質と引き離しました』

 その時、奥の方から大きな音がした。

「なんだ。お前はだれだ! 警察か!」

 男はほんの少しだけ、美咲のいる方を気にした。

 その瞬間に、男性隊員が男の右肩を撃ち抜いた。男は引き金も引けずに機関銃アサルトライフルを床に落とした。

「あぁ、撃たれなくて良かった」

 3メートル先でのたうち回っている男を見ながら、女性隊員は呟いた。

「おい、犯人を確保するぞ」

「はい」

 そう言って二人は、まだ生きている男をおさえて、治療もせずに後ろ手に縛り上げた。

『犯人、捕まえました』

『了解、王子様を行かせる。エスコートよろしく』


 救出作戦は1分も掛からなかった。

「保坂さん。犯人確保したそうです。被害者を迎えに行ってください」

「はい。ありがとうございます」

 保科はそう言って、毛布を持って古民家に駆け込んだ。

 玄関には、おとりになってくれた男女の隊員がいた。

「人質はこの奥です」

「はい」保科は返事して、躓きながら家の中を走り、奥の部屋まで辿り着いた。

 そして美咲を見てしまった。

 裸にされて、虚ろな目をしていて、肌は青みがかっていた。

 縄は先に来ていた隊員が解いてくれていたが、肌には縄の痕がくっきりとついていた。

「みさきっ。大丈夫か? 生きてるか? 美咲!」

「保科くん? 来てくれたの? でも見ないで。恥ずかしいから見ないで。お願い」

「大丈夫だよ。いま暖めてあげるから」

 そういって、肌を擦ろうとした時、止められた。

「低体温症は、中から暖めないと重症になります。毛布で包んですぐに病院まで運びましょう」

「は、はいわかりました」保科は美咲を毛布で包んで抱え上げた。

 そのまま外に止めてあった軽自動車に乗って、ヘリまで急いだ。


「えっと、実行犯は処分してよかったですよね」

「あぁ、構わん。射殺命令が出ている」

「おい……。ここで殺すのか? なにも聞かなくてもいいのか?」

 銃で撃たれた男の右肩は、骨が砕けてあらぬ方向へ曲がっている。出血も酷い。それでも喋れているので、もう麻痺しているのかもしれない。

「あなたから聞ことかぁ。別にないな」男性隊員は素っ気なく言った。

「お前ら、警察だろ。裁判もせずに殺しちゃっていいのかよ」

「それをいう必要はありませんね。じゃ安らかにお眠りください」

 男性隊員は引き金を引いた。50センチ程の距離から撃たれた弾丸は男の頭を吹き飛ばし、顔は原型をとどめていなかった。

「なにも知らない奴は哀れだな」

「それって、犯人の方? 被害者の方? それとも王子様?」

 男性隊員のひとり言を受けるように、女性隊員が聞き返した。

「全員さ」男性隊員はそう言って、口元だけで笑顔を作った。

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