【2020年9月25日 岐阜中央病院】
保科は、五樹の病室のドアが3回ノックした。中からの返事を待って病室に入った。
「ひとえさん。おはよう。美咲おはよう」
「おはようございます。保科さん」
「保科くんおはよう。あぁ、今、朝なんだね。こんな場所にいたんじゃ時間の感覚もなくなっちゃったよ」
「ごめんよ美咲。でも相手とは話が付いたから、もう外出しても大丈夫だよ」
「だれと話を付けたのか知らないけど、ひとえたちの事はちゃんとしてくれるんでしょうね」
「もちろん。できる限りのサポートする準備はできてる」
「ありがとうございます」
「ひとえ、お礼なんかいいのよ。保科くんがこんな事やらせたんだから」
「ひとえさん、美咲、本当にごめんなさい」
「わたしは家族と静かに暮らせるならば〝火事だった〟と割り切ります。だけど、亡くなった女の子たちの事はちゃんとしてあげて欲しいの」
「わかりました。全部準備させてもらいます」
「美咲さんはどうするの」
「わたしは……」
「美咲……」
「わ、わたしも、辞めるに決まってるじゃない。もうイヤよこんな事」
「そう。そうだよな。美咲。今までありがとう。辛い思いをさせて本当にごめん」
「女の子たちの家には、わたしが謝罪に行くから保科くんは来なくていいよ」
「いや、そんな、美咲1人で行かせられない」
「だって、保科くんは今から人前に立つんでしょ。たかが〝火事〟くらいで、なにか言われるのは良くないんだよ」
「……うん、まぁそうなんだけど。ありがとう」
そう言った保科は、俯いて口元をせわしく動かしていた。その仕草に気がついた五樹ひとえは水を向けた。
「保科さん」
「あっ、はい」
「本当は、美咲に言う事があるんじゃないですか?」
「ない訳じゃないのですけど、こんな事、美咲には頼めません」
「そう。ですか」
「なによ? わたしに頼みたい事って」
「いや、いいんだ。忘れてくれ。美咲」
「なに? 気になるじゃない」
「じゃ、一応言うけど、断ってくれていいからね。受けなくてもいいからね」
「だからなによ」
「実は上から『引き続き、美咲に告知をやらせろ』と指示が来てる」
「はぁ? それ言ってるのは河辺さん?」
「違う。もっと上の人」
「上の人? 誰なの、その黒幕は?」
「美咲、それを知ると断れなくなるよ」
「どう言う意味? 誰であっても断る時は断るわよ。ずっとそうしてきたもん」
「まぁ、そうだね。だけど今回は違うんだ。小銃を撃って来るような奴を相手にしてる。だから上層部の大物たちもかなり本気なんだ」
「あの時の話は遠慮して貰えるかしら? 思い出すと少し気分が悪いの」
「あぁ、ひとえさん。気がきかなくて申しわけありません」
「いいわよ。わたしが言わせたんだから、自業自得です。でも美咲はもう開放してあげてください。あと家族に会いたいわ」
「ひとえ……」
「今までありがとうね美咲。もうこの独房から出られるのよ。最初はどこに行くの?」
「ひとえ、ありがとう。女の子たちの家に行って、ご挨拶してこないと」
「あぁ、そうだったわね。気をつけて行ってきてね」
「うん。ありがとう。ひとえ」
そう言い残して、美咲は病室を出ていった。保科も追いかけるように病室を出ていった。ひとえは二人の後ろ姿を見送ると、そのまま眠った。
美咲が連れ去られたのは、その日の夕方だった。
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