第三章 市長会見
【2020年9月8日8時 名古屋市役所前】
名古屋市議会本会議で10時から予定されている〝名古屋市独立会見〟を待って、たくさんの報道関係者が、数日前から市役所前や、道路を挟んだ名城公園に居座っていた。
「どう思う? 名古屋市長の独立会見」
毎朝新聞の田中が、中目スポーツの中村に声を掛けた。
「どうもこうも、名古屋だけでやって行けるわけないでしょ。どうせパフォーマンスだろうけど、スポーツ紙で政治ネタやってウケるのって、河辺市長だけだからOKだけどね」
「20人議会とか、供託金廃止の時とか反響が大きかったもんな。ウチのテレビ局的には、いつも、イイネタあざした〜って感じだったよ」
太陽テレビの佐藤が2人の会話に割って入った。
「そういえばお宅の局で、政党関係者からいいコメント取ってライブしてたよね」
「うんうん『金勘定も知らん素人に政治ができるか』って言った議員が、学生バイトの平均時給聞かれて『3,000円くらい』とか生放送で言った奴だろ」
「そうそう『どっちが金勘定できてないんだ』って炎上してた」
「河辺市長の返しも良かった『市民から乖離した代議士に政治を任せていいのか?』って、お宅でも見出しにしてたじゃん」
「でも、もっと大事な部分があるでしょ」
「あっ。毎朝さん。おはようございます。大事な部分ですか? なんでしょう?」
「いま日本には、政治ができる代議士なんていないんですよ」
「またまた、一般紙とは思えないくらい乱暴な発言ですね」
「バイトの時給も知らない、国民の現状もわからない、外交もすべて官僚任せですから」
「国会の答弁のときも〝事務方〟がいないと返事ひとつできてませんね」
「結局、金勘定しかできてないんですよ」
「うわぁ。それウチのスポーツ紙の見出しに使っていいですか?」
「いいですよ。どうせ一般紙じゃ使えませんから」
「じゃ、実際にちゃんとした政治家ってどこにいるんですかねぇ?」
「テレビ局さんがそんな事言うのは変かもしれませんね」
「どうしてですか?」
「番組が面白くないと思ったら、視聴率下がるでしょ」
「そうですね、うちの編成とか結構必死に番組作ってます」
「全ての局の番組が面白くない、必要ないと思ったら?」
「あぁ、誰もテレビを見ませんよね」
「つまり、政治家として相応しい人が誰もいないとなったら?」
「誰も投票しない。つまり、それで投票率が下がり続けたと?」
「私はそう事だと思っています。国民はあたり前の行動を取っていたんですよ」
「それで河辺市長は、投票率で、議員報酬と公務員給与をリンクさせたんですね」
「あれは笑った。投票率50%以下なら議員報酬は賞与込みで年間300万、公務員給与は300万を下限に30%カットって、思い切ったよな」
「だけど、ソレ以下の賃金で働いている市民がほとんどだから、だれも表立って反対できないっと」
「どうやら他の地方自治体でも検討してるらしいじゃない。そのうち国政にも導入されるかもよ」
「保守派が多すぎるから、今の国政では無理でしょう。だから日本ってこんなになったんだよな」
「それで河辺市長は、名古屋を独立させて、国として改革をやろうとしてるの?」
「ですけど良くも悪くも、今の名古屋市議会は素人だから、実務をやる役人が必要ですよね」
「だけど投票率とかで給料が変動するわけだから、優秀な人材とか集まるのかな? 第一、官僚たちのモチベーションは維持できるのかな?」
「あと、官僚が威張るのはあまりウケが良くないですよね。ネタにならないし」
「ですけど、ここ2年で、中央官庁から名古屋市に出向している若手官僚増えているんですよ」
「そうなんですか?」「どうしてです? 給料も不安定なのに?」
「ピンと来ないかもしれませんが、真剣に日本の事を考えてる若手官僚も結構いるということなんでしょうね」
「そういう人は何人か知ってるけど、なかなかネタになりませんからねぇ」
「中央の若手官僚の多くは、議員の資料作成ばかりで認められる事はあまりないですから、仕事に対するモチベーションが低いんですよね」
「だけど名古屋はちがうと」
「最近の名古屋市議会では、どの議題でも複数の官僚グループが、民間を巻き込んで市議会でプレゼンしてるでしょ。これって民間のやり方と同じでしょ」
「プレゼンが上手くいけば、報酬も上がるし、自分のやりたい仕事もできると」
「プレゼンして官僚の報酬が変わるなんて、前代未聞ですよね」
「議会は無知でもいいから有権者に近く、官僚はそれぞれの分野の専門に特化して、完全に分業化したんだ」
「その内容、ウチで記事にしていいですか?」
「スポーツ新聞でこんな記事は無理でしょ」
「イヤイヤ、河辺市長の話は部数が伸びるんですよ、特に若年層が買って行くんですよ」
「へぇ。スポーツ紙でですか。だけど名古屋の独立はやっぱり無理に思えるんですよ」
「あぁ、規模の問題でしょ」
「そうです。外貨獲得とか、人口の分の食料確保の見通しがつきませんからね」
「サンマリノみたいに切手だけじゃ250万人は生きていけないし、シンガポールのような経済の中心にはなれない。とにかく目玉になる産業をどうするかだよな」
「今日は質問の時間があるのかな?」
「多分、今後の見通しについて質問が集中するんだろうな」
「でもですね、ちょっと気になるんですよ」
「どうしたんです? もっと面白そうなネタがあるんですか?」
「ネタになるかどうかわかりませんが、今回の独立は市長の思いつきだけじゃないと思うんです。なんとなく、日本の国レベルで動いてる気がするんですよ」
「なになに、陰謀説? それともクーデータ?」
「ですから、そんなネタになりそうな話じゃなくて……」
「市長会見が終わってから、一度ネタ合わせやりません?」
「そうだな、昼飯だよな。ひつまむし食いたいな」
「いいねぇ、オマエの奢りな」
「え、えっ〜。オマエの方が給料いいだろ!」
「うるさい。ひつまむしって言ったのはオマエだろ」
「じゃ、きしめんでいいや」
「きしめん食いながら、話できる時間なんかあるのかよ」
「10杯くらい食えばあると思うけど、せめて味噌煮込みだろ」
「だったら、味噌カツの方がいいかな」
「ガッツリいくねぇ。じゃ昼は味噌カツ食いながらだね」
「OK! そろそろ始まるぞ」「おぉ、本当だ。中に入れるのかな?」
一番ホットな政治ネタとして、名古屋市長会見の時間を待っていた報道関係者にむけて、市役所から出てきた役人がハンドスピーカーで説明をはじめた。
「本日の市長会見にお集りのみなさま、ご苦労さまです。本日は、予想以上に報道関係者の方がお集りになっておりますので、混雑を避けるために急遽会場を変更させていただきます」
「おーい。なんだって」「ふざけるな」「2日も待ってるんだぞ」「ドコでやるんだよ!」
「大変申しわけありませんが、1時間遅らせて、11時より日比野の国際会議場で行わせていただきます。地下鉄市役所駅から、名城線左回りに乗って7番目の西高蔵駅から徒歩5分の場所です」
「機材動かすの大変なんだよ」「中継車はどうするんだよ」「いいからココでやれよ」
「申しわけございません。市長をはじめ関係者はすでに国際会議場にいます」
多少の混乱はあったモノの、報道関係者は国際会議場へ移動した。
報道関係者が全て移動したのを確認して、ハンドスピーカーをもっていた役人が、おもむろにトランシーバーを取り出して連絡を入れた。
「こちら諜報室のトム。職員もすでに避難してますし、報道関係者の移動完了しました。ひきつづき爆発物処理をお願いします」
「こちら愛知県警爆発物処理班。了解しました。市役所内の爆発物はほぼ処理終了しておりますが、安全のため15時まで建物内に入らないようにしてください」
「了解しました。あとの作業よろしくお願いします」
河辺市長が極秘に作らせた〝名古屋市諜報室〟が、名古屋市役所爆破の情報をつかんでいた。未確認であったが、市長の独立会見のタイミングで失敗する訳にはいかなかったので、用心のために会場を移して、県警に爆発物処理を依頼していた。そして議場を中心に複数の時限爆弾を発見した。
「まだまだ大変そうですけど、なかなか運はいいみたいですね」
ハンドスピーカーをもった諜報室のトムはひとり呟いた。
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