【2020年9月8日11時 国際会議場】
市長会見は、国際会議場のセンチュリーホールで行われた。1階に1,500席、2階と3階にはそれぞれ700席以上ある大きなホールで、ステージ中央には少し大きめの演説台が置かれ、その後ろには50脚ほどの椅子が並んでいた。
報道関係者が到着すると、最前列のブロックは警備員と関係者が使っていて、報道関係者たちは、1階のステージから2ブロック離れた位置へ誘導された。
一般の見学者は2階と3階席へ誘導されていた。
11時には会場はほぼ満席になり、照明が少し暗くなった。場内が静かになり上手から河辺市長が登場した。いくつものフラッシュが光る中をスタスタと歩き、拍手に迎えられて登壇した。
「記者のみなさん。ご苦労さまでした。2日も待っとって貰ったのに、突然会場を変更して本当にすまんかったと思うとります」
司会者もたてずに、河辺市長は話しだした。
「この中継は生でネット配信もしとって、見とる人はSNSからリアルタイムで質問もできるようになっとります。質問はステージの両サイドのスクリーンに流れとるんやけど、ネットの人、見えてますかぁ〜」
ステージ両側のスクリーンに、文字が流れた。
『見てるよ〜』『はやく日本から出て行け』『ばかやろう(イイ意味で)』
「まぁこんな感じで結構辛辣な内容のメッセージも流れてきます。報道の方にはあとで質問時間を取ります。結構キツいツッコミが入りますので、覚悟して質問してつかぁさい」
『おぉ〜』『いいからはやくやれ』『河辺。ネタ見せろネタ』
「あと、ネットのみなさん。今回はSNSに協力してもろうて、個人が特定できるようにしとります。『殺す』とか『死ね』とかの発言は控えたってちょ」
『げっ。権力に屈したか』『まずい』『コ○ス』『言論弾圧だ』『…………』
「まぁ、今回は、おお目に見たってください。とりあえず今日は、独立する目的と目標、具体的な方法、そして今後の日程を話そうと思うとります」
報道関係者たちが、一様に静かになった。スクリーンにもメッセージは流れていない。
「私は日本という国がとても好きです。日本人だから当然です。ほやけど日本人として誇れるかというと、最近はそうでもありません。21世紀になってからも、日本は豊かになるために世界中からさまざまな富をかき集めてきました。なんやと思います?」
『石油』『女』『金』『食料』『水?』『ニセ学生』
「だいたい思っとる通りやねぇ。わしは水、食料、エネルギー、労働力やと思っとります。たくさんの食料を輸入して、食べずに廃棄。これだけでもはずかしいでしょ。食料を輸入する時のヴァーチャルウォーターとかフードマイレージはダントツらしいです」
『ソース希望』『根拠は?』『自分で探せ』『ドコにでも書いてる』『本気で言ってる?』
「まぁ、わしも専門家じゃないんで詳しい説明はできませんが、世界中から搾取して豊かになってる。コレを辞めれば世界中でどれだけの人が助かるか、生きていけるでしょうか? 今までようさんの人が頑張ってきた。やけど。でけんかった。理由は言わんでもわかるでしょう。コレをやると、一部の人の〝ポケットマネー〟が減るからですわ」
『証拠はあるのか?』『誰がやったのか言ってみろ』『よく言った。オレも思ってた』『ポケットマネーくれ〜』
「一部の人の〝ポケットマネー〟のために、正しい事が出来ん。言えん。日本の言論の自由はこの程度なん? となりの国をみて、安心するのが日本の自由なん? みんなよう考えてちょうよ」
『売国奴』『よく言った』『応援してる』『おかしいぞ』『どこの国の回し者だ』
「そうして日本は豊かになった。技術の進歩で便利になった。でもこの国の人は幸せですか? 35歳以下の自殺が多くて、未来に希望がもてない、安心して子どもを産めない、育てられない。これが日本人の理想の国なのでしょうか?」
『オレにも希望がないぞ』『保育園ふやして〜』『40歳ニートでも幸せになれますか?』
「少なくとも、ワシはちがうと思うとります。そやし名古屋を国として独立させて、国民に幸せになってもらいたいんだわ」
『名古屋だけじゃ無理だろ』『市長、夢夢しいね』『理想は素敵だけど現実的じゃない』
スクリーンを流れるメッセージが河辺市長を責め立てる。
「まぁ、それはわしもわかっとる。確かに名古屋だけじゃ無理や。それで10月に住民投票をやって過半数の反対がなけゃぁ、来年度から名古屋は、この尾張35市町村と一緒に“尾張名古屋共和国”として独立いたします」
その発言と同時に、ステージ横から尾張35市町村の市長、町長、村長が現れて後ろの座席に座った。会場からはざわめきがおきた。
『名古屋とその回りの市町村も一緒?』『空港が2つになるのか?』『陸自だけじゃなくて、空自も?』『それより交通が分断されるぞ』
思わぬ展開に、スクリーンにはいろんな予測が一気に流れた。流れるメッセージを見上げながら、河辺市長は満足気に一つだけ笑って話をつづけた。
「そげん心配せんでもええがね。尾張は日本の敵国じゃにゃあし、交通分断とか、自衛隊の凍結なんてありゃせん。戦争になりゃ一心同体でしょう。経済的にも日本とは連携せないかんでしょう。その辺の細かい事は、事務方が資料をまとめて、サイトにアップしとるで見たって」
『なら、独立しなくてもよくね』『選挙の方法がちがうから無理』『それより、サイトつながらねぇ』
「では具体的な目標なんやけど、まず尾張名古屋は昼型社会を目指します。深夜電力に税金を掛けて、深夜営業の店舗も全て審査した上で許可制にしていきます」
『電気会社ピンチ?』『工場とかどうなるの?』『病院とか警察は?』『おぉ。名古屋は星空が綺麗かも』
「あと独立国家だもんで、日本が結んだ条約には縛られません。関税、著作権、安保についても同様です。ただ日本との輸出入で課税するのは現実的ではないだろうね」
『これって、関税逃れ?』『いや違法コピー天国って事?』『おい、それより安保だろ』
「まぁ、いろいろな意見、質問もあるでしょうが、尾張はほとんど日本と同じです。だけど、選挙制度と外交だけを独自で作ったんだと思ってもらえば、おおむね間違いはないと思います」
『結局なにがやりたいんだ』『独裁国家?』『河辺国王』『説明が足りん。記者質問しろ』
「『質問しろ』とメッセージが入っているので、質問を受け付けましょうか。ただしわしは専門家じゃないで、細かい数字は事務方に返事させます。もしくはサイトを見たってください」
『だから、サイトが見れねぇんだよ』『さっさと質問しろダメ記者』
「市長、毎朝新聞の田中です。来月の選挙ですが、36市町村合同で行うのでしょうか? それとも、それぞれの市町村で行われるのでしょうか? また独立については日本政府と話合いは持たれましたか? また尾張地区だけでは目玉になる産業がないのではないかと思うのですが、その辺の事情をお聞かせください」
『真面目な質問ばかり』『眠いね』『なんかどうでもいい』『真面目に聞けよ』
「選挙その他については、事務方に説明させます。柳田くん頼むわ」
ステージの奥から、30すぎの男性が出てきて河辺市長と入れ替わるように演題に立った。
「総務省の柳田です」
柳田が自己紹介をすると、会場がどよめいた。
『中央官僚かぁ?』『日本政府のスパイか?』『スパイがステージに出てくるかよ』『つまり、政府は独立OKって事?』
会場のどよめきを無視して、柳田は質問に答えた。
「選挙は10月25日に全地区一斉に行います。選挙権は18歳以上、9月7日時点で各自治体に住民票がある事です。結果的に独立に賛成した地区だけが日本から独立します。あと、日本との関係については、私がここで発言している事で、解答とさせていただきます」
一礼して、柳田はステージ奥の席に戻って行った。
「柳田くん。ありがとう」
『今から引っ越してもダメか』『常滑市民のオレ、選挙できる〜』『三河と尾張の境はドコだよ』
「中目スポーツの中村です。途中出てきた、ポケットマネーをもっているのは誰ですか? 名前を教えてください。あと、名古屋の市民は幸せだと思いますか?」
『よく聞いたぞ』『さすがゲスい新聞』『どうでもいい話だる』『私も幸せになりたい』
「名古屋にはもういませんが、政党がないと困る人だと言っておきましょうか。名古屋では、そんな人たちのポケットマネーを福祉に回す事ができました。おかげで名古屋の人口も増えております。まだみんなが幸せだとは思えませんが、不幸な市民は確実に減っとります」
『ちょっと名古屋人になってくる』『独立したらジリ貧じゃないの?』『行くの辞めた』
「太陽テレビの、佐藤です。最初に話されていた『日本が世界中から富をあさる事』と、今回の『名古屋の独立』が結びつかないのですが、もう少し詳しく教えてください」
『そんなのいいよ〜』『日本が恥ずかしいなら、エンガチョでいいじゃん』
「一番言いたい事を質問してくれてありがとうございます。簡単に言うと日本の規模、しがらみがあると、でけん事がようさんあるので、尾張からはじめるって事ですわ」
『おわりからはじめる??』『信長気取りかよ』『見た目は家康だけどな』
「ほだねぇ、地理的にも、経済規模も、500年前から尾張が……」
そのあとも質疑応答は続いた。岐阜市内にある美咲の事務所では、保科とバイトたちが、市長会見のネットの中継を見ていた。
「本当に言っちゃったね」「なんか、ゲームみたいだった」「ほんとうに、すごかったよ」
今までネットで情報を操作してきた女の子たちは、口々に言い合った。
「来週は、美濃、三河、伊勢、伊賀に独立会見させるんでしょ」
「あぁ、名古屋は風よけ。三河、伊勢、伊賀はオトリ。本命は美濃だ」
「なんでこんな事やってるのかよくわかんないけど、話が大きくて楽しいわ。なんだかワクワクする」
美咲は愉快そうに笑いながら言った。
「ワクワクかぁ。まぁ、楽しんでくれてるなら、ちょこっと気が楽だ」
保科も、少しだけ口元を緩めた。
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