【2017年某日 とある省庁の会議室】
都内にあるこの会議室は、20人程の官僚たちで満席になる程度の広さしかなかった。遮光カーテンを締め切って暗くした室内で、プロジェクターだけが光り輝いていた。
プレゼンをする
「だから、3年後の東京オリンピックは中止した方がいいんです」
宮本は力説したが、参加した官僚たちからは、それほどの反応もなく、寝ている者もいて、微妙な沈黙が広がった。やがて少しのざわめきと、意図のない私語。そんな空気に宮本が反応できないでいると、司会役をやっていたオリンピック委員会の若手が仕方なさそうに声を出した。
「今日の宮本先生のありがたいご意見につきましては、それぞれの方々が省内に持ち帰ってですね、じっくりと、しっかりと、綿密に検討して、慎重に話合いを重ねて、あらためてお返事させていただくと言うことでいかがでしょうか? ねぇみなさん」
「異議な〜し」
「そうだね。それがいいよ」
「あ〜あ。いい話だったー。ふぅあ〜あ」
「いや、みやもと先生のお話は有意義でした」
「じゃ、みなさん。このあとお茶して帰りましょうか?」
「急いで帰っても面倒な仕事が残ってますし」
「この会議が長引きました。で、よくね」
「じゃ、向いのホテルの最上階で、どうです?」
「あっ丁度、ケーキバイキングの時間ですね」
官僚たちが席を立ち始めると、壇上の宮本が叫ぶように声を張り上げた。
「ちょっと待ってくださいみなさん」
「うん? なに?」
「まだなにか?」
「オリンピックを中止しないと大変な事になるかもしれないんですよ。わかってますか?」
「なるかもって事は、ならないかもしれないって事じゃね?」
「なんだね、君は? 少しは真面目にだね……」
「オレ? オレはさ、文部科学省から来たんだけど、ぶっちゃけ数合わせなんだよね。偉い人は忙しいから、今日はオレみたいなノンキャリが来てるんだよ。他の省庁のヤツもだいたいそうでしょ」
「まぁそうだよね」
「オレもそんな感じかな」
「オレが出るのは数合わせの時だけかな」
「もともと、オレに決定権なんてないし」
「そ、そんな、数合わせって……」壇上の宮本の声が若干震えていた。
「先生。それに中止なんて無理でしょ」
「だよね、中止したら恥だよね。大恥」
「違約金もあるしさぁ」
「それな。大きい」
「代理店契約とか、放送権とか、金の事ばっかだし」
「ゼネコン、ウザいよな」
「だよな〜。ウチ絡んでなくてよかった〜」
「ウチなんてまるかぶり。火だるまだって」
「もし中止したら書類書き直すので連日徹夜確定。〝もうやめて限界〟って感じ」
「君たちは、一体何を言っているんだ」宮本の声が一層大きくなる。
司会をやっていた若手が、宮本をなだめるように言った。
「先生。実は、そんな予言をしているのは先生だけじゃないんですよ。トンデモ博士や、海外の無名科学者、占い師までいれると100人以上います」
「オレをそんな奴らと一緒にするのか?」
「一緒になんかしてませんよ。なので仕方なく、お話を伺ってるじゃないですか」
「仕方なくだと〜!」
「……わかってんのかよ……。……クソジジイ……」
「おい、小声でクソジジイって言っただろう。誰だ!」
「誰です? 口を慎みなさい。みんな言いたいのに我慢してるんですから」
「すいませんねぇ。もう言いません」
「いや、もう会えないと思うから」
「偉い人がイロイロ決めてるからねぇ」
「動き出したら止まらない。ですよねぇ」
「やっぱ日本人って、最後までやり抜く国民だから」
「貴様ら、ふざけるなよ。このまま日本が笑い者になってもいいのか?」
「笑い者にならないように立派なオリンピックにしますからご安心ください」
「中止にした方が笑われるって。わかってるのかなぁ」
「先生、他の出席者がイロイロ言ってますけど、忠告だと思って聞いてください」
「な、なにをだ?」
「この事はもう口にしない方がいいですよ。くれぐれもご自分の身を案じてください」
意味深な言葉を残して、司会役の若手が退席すると、官僚たちは席を立ち次々と会議室を出て行った。宮本はひとり壇上の椅子に座り込み、うなだれて、ただ机の天板を眺めていた。
「宮本先生。よろしければ、もう少しお話を聞かせていただけませんか?」
声を掛けられた宮本が顔を上げると、20代の若手官僚の真剣な眼差しがあった。
「君は?」
「宮内庁の
「ふっ、君も人数合わせか……」
「キッカケはそうですが、思う事があり、こうしてお声を掛けさせていただきました」
「しかし、若手の、しかも宮内庁の君に、何かできるのか?」
島井は一度笑みを浮かべると、疲れきった年長者に向かって言葉を続けた。
「お言葉ですが、いまの会議で先生は〝偏見〟で話を聞いて貰えなかったじゃないですか。その先生が〝若い〟という理由で私の事を否定されるのですか」
宮本は一度溜息まじりに笑みを浮かべた。
「はぁっ。そうかもしれんな」
そう言って宮本はもう一度、島井の方をしっかりと見直した。一重の切れ長の目に縁なしの眼鏡、誠実そうな面長の顔の若者が柔らかに笑って立っていた。
「ありがとう。では、えっと……」
「島井です。島井成政です」
「失礼した。島井さんは、なにか考えがあるのですか?」
「はい。私の大学の同期が国土交通省にいますので……」
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