【2017年某日 銀座の某喫茶店】

 愛知選出の衆議院議員、河辺かべ敬規たかのりは、国土交通省の官僚、保科ほしな勝茂かつしげから、面会の申込みを受けた。

 保科は鯱光ここう高校の後輩で、選挙浪人していたときには、古巣の剣道部に顔を出しては、打ち合った仲だった。河辺は懐かしさもあり、面会というより、再会気分だったので秘書もつれずにひとりで銀座の喫茶店にやって来た。

 約束した喫茶店はレトロな石造りで雰囲気はよかったが、政治家が官僚と合う場所とはいいがたい。保科でなければ断っていたところだ。

「まぁ若手官僚だで仕方ないわな」河辺はつぶやきながら店内に入った。

「いらっしゃいませ」ウェイトレスが声を掛ける。

「河辺先輩。お呼びたてして申し訳ありません」すぐに保科がやって来た。

「本当だわ。あれ? 保科、おまえ標準語しゃべっとるん?」

「はい。最近は標準語ですよ。実は河辺先輩にお願いしたい事があるんです。少し狭いですが奥の部屋へお願いします」

「まぁだ狭いところに行くんかね。まぁええよ。保科が奢ってくれるんでしょ」

「ここの払いくらいなら、大丈夫です」

「なに言うとるの。今日はここで終わるわけないでしょ。近くに、ようさんお店あるがね」

「い、いや、他の店には行けんもんで、こちらに来ていただいたっていうか、その……」

「はっはっ。保科も焦ると尾張弁になるんやね。まぁええわ」

「勘弁してくださいよぅ。先輩。申しわけありませんが、こちらへどうぞ」

 そう言って保科は河辺を、奥の特別室へと案内した。


「河辺先輩。物理学者の宮本先生と、宮内庁の島井です」

「はじめまして。河辺議員。宮本直継です」

「宮内庁の島井成政です」

 特別室には、宮本と島井が河辺を待っていた。

「河辺です。よう繋がりが見えんメンバーだね。どんな面白い話してくれるの?」

「実はあまり面白い話ではないのですが……」

 そう言って宮本がはじめた話は、よくあるトンデモ科学の範疇の話だったが、理論は完璧に思えた。

 普通なら無視してしまいそうな話だったが、河辺の頭の中で『この話は聞いておけ!』と、誰かが囁いた気がした。

 しかし、この話をマトモに信じると日本は大変な事になる。河辺はふるえる恐怖心を押し隠してなるべく平静を装って聞いた。

「なぁして、こんな話をオレにするんよ。一介の議員には、なぁんもでけんて」

 河辺は平静を装って尾張弁で答えた。

 普段から方言を使っていると、こんな時に感情を悟られにくかった。それでも同郷の保科には伝わってしまったかもしれない。絶妙のタイミングで切り込んで来た。

「はい。そこで河辺先輩にはもっと発言力のある地位について欲しいんです」

「議員以上って、大臣かね、それとも総理にでもしてくれるんかね?」

「いえ、それ以上かもしれません」

「日本で総理以上って、あぁアメリカの下院議員かね」

「先輩、それシャレになってないです。まぁ違いますけど」

「ほな、ゼネコンか、電気屋か、経団連の幹部とか?」

「ゼネコンなら、ウチの天下り先リストにたくさんありますけど、発言力なくなりますから。他のも個人でどうこうできないでしょう」

「じゃ、なによ。他に思いつかんのだけど」

「名古屋市長です」

「はっ? 市長か?」

「はい。来年の名古屋市長選に、出馬してください」

「なして、名古屋市長が総理大臣より発言力があるの?」

「では計画をご説明いたします」島井がそう言ってから、3人は河辺に説明をはじめた。


「よぅわかった。やらんないかん事もわかった。ほやけどコレだけの計画やったら、パトロンがいるでしょ。誰かおるんかね?」

「その件は、私の方が確約を取っておりますので、近日中に面会の段取りを取らせていただきます」島井がすかさず答える。

「ほぅ。それで宮内庁か。わかった。やらせてもらうわ。面白なってきたなぁ」

「河辺先輩。ありがとうございます」

「ええよ。そのかわりオレの好きにやらせてもらってもええんでしょ」

「存分にお願いいたします。それが一番です。なにしろ先輩のスタンドプレイは天下一品ですから」

「ちょっとぉ、それ誉めとるの?」

「誉めてますとも。大絶賛です」

「まぁええわ」

 そのまま4人は、銀座の街へ繰り出した。

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