【2020年9月26日 多治見タワービル】
10人も入れば一杯になる会議室で、調査室の3人、河辺の秘書が1人、そして保科が誘拐された美咲の対応を話し合っていた。
保科は後悔していた。相手の上層部との話はつけたが、その決定は実行部隊にまでは及ばなかった。おそらく一枚岩ではなかったのだろう。焦っていた保科は、そこまで調べることもせずに美咲の護衛を解いてしまった。そして後悔していた。
「梶木女史は、今後の協力を断られたんですよね」
「はい。それ以上関わらせる事はできませんでした」
「では不本意ですが、犠牲になる可能性を前提に、行動しなければならないかもしれませんね」
「なぜですか? 調査室の力を使えばどこにいるか、わかっているんじゃないですか?」
「だいたいの見当はついています。しかし助けるとなるとかなりの人手が必要です。ですが、そこまでの人員は出せません」
「しかし、助けられる可能性があるのに助けないのは間違ってませんか?」
「警察に捜査を依頼しますか? それもいいでしょう。しかし警察が動くと17日の襲撃の事を含めて公になる可能性が出てきます」
「こういった場合、最悪の事態になってもメリットはありますからね」
「メリット? 情報を漏らさないために美咲を犠牲にするんですか?」
「まぁ、有り体にいえばそうなりますね」
「あなた方は、なにを言っているのかわかっているんですか?」
「あなたこそ、我々の目的を忘れている訳ではないでしょ。あの襲撃の時に逮捕した犯人を全員処分してしまったでしょ。糸を引いてる奴らも骨抜きになるまで処分しました。女の子たち4人の犠牲に対して、何人殺したのかわかってますか?」
「それはそうですが、美咲に罪はないじゃないですか」
「しかし、彼女は秘密を知ってます。しかもかなり詳しい事情までも知っている。保科さんの思い人であったとしても、わたしは秘密を守る事を優先したいと思います」
「そうなのかもしれません。ですけど、頼みます彼女を助けてやってもらえませんか。お願いします」
「どうします? 調査室から20人ほど出せますか?」
「今は人がいない。厳しすぎますね。人を動かすなら、何かしらメリットがありませんと」
「ではこうしませんか?」河辺の秘書が言った。
「どんな事をしても、梶木さんは救助する。その代わり告知業務は引き続き行う」
「そんな、無理にやらせるなんてできません」
「でもね、保科さん。今後もこんな事があるかもしれません。ですが、多治見タワーの中にいれば警備は万全です」
「それはそうですが」
「五樹ご夫妻もこの近くでお仕事される予定なんでしょ」
「はい。五樹さんは家族を説得してから、多治見に来られます」
「ならば、お友達もみえる事ですし、悪い話じゃないと思いますけど、いかがでしょう?」
「つまり、美咲を助けて、五樹さんを警護する代わりに、美咲に告知業務をやらせろという事ですね」
「そうですね。保科さんなら梶木さんを納得させる事ができるでしょ」
「……。それで、美咲を助けてくれるんですね」
「調査室のプライドに掛けて助けましょう」
「よろしくたのみます。美咲が助かったら、引き続き告知業務をやるように説得します」
「わかりました。すぐに救助隊を編成します。保科さんも同行されるなら準備して部屋で待機していてください」
「では、失礼いたします」
保科は一礼をして会議室から出ていった。
「梶木女史にそこまでの価値があるんですかねえ? はなはだ疑問です」
「ノーベル文学賞候補の夜宮女史の告知業務もありますからね。あとなによりも梶木女史がココにいれば保科の暴走を止める事ができますから、有効だと思いますよ」
「そうですか、彼女を保科の首輪にするんですか? 独立もまだ決まっていないのに、もう綱引きがはじまっているんですね」
「まぁそう言う事ですね」
「ちなみに、この件について河辺市長は?」
「河辺市長は梶木女史が誘拐された事をご存知ないです。こんな事で煩わせるのもなんですし、市長が気づく前に処理しておくのが秘書の役目ですから」
「河辺市長はいい秘書をお持ちだ」
その時『準備ができた』と調査室から通話が入った。調査室の男は保科に連絡を入れた。
『保科さん、場所もほぼ特定できたらしいです。準備も整ったらしいので、ヘリポートへ上がって待機していてください』
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