【2020年9月17日 岐阜メモリアルセンター】

 先週の尾張名古屋の独立会見を受けて、14日には三河も独立会見を行った。そして17日には、美濃と伊勢伊賀連合が独立会見を行う事になっていた。

 保科と美咲は会場の設営と運営のために体育館に来ていた。

「美咲、SNSの対応は大丈夫?」

「五樹が女の子たちに指示出ししてるから大丈夫よ。なにかあれば連絡してくれるわ」

「じゃ、大丈夫だね。ところで河辺市長は四日市に行く事になった。挨拶は中継になるから、段取り変更お願い」

「えっ? 伊勢伊賀連合の独立会見に行くの? どうして?」

「コッチの独立の目的を伏せておきたいから、目をそらすためだよ」

「ところで、美濃を独立させる目的ってなんなの? 多治見のビルと関係あるの?」

「それは必ず話をする。だからもう少し時間をくれないかな?」

「いつまでよ。そろそろ教えてよ」

「来月、独立が決まった時かな。10月26日に話をするよ」

「仕方ないわね。絶対よ」

「かならず」

「わかった。変更の打ち合わせしてくるわ」

「よろしく悪いね」

 保科は、小走りで視界から消えていく、美咲の背中に向かって声を掛けた。

 美咲は振り返らずに、肩越しに手を振った。


「彼女が、マッチポンプ仕掛けてる企画屋さん?」

 美咲がいなくなるのを待って、宮内庁の島井が保科に声を掛けた。

「あぁ島井、久しぶり。そっち大丈夫なの?」

「ウチはおおむね協力的だって。問題はおまえんとこの国交省と総務省だよ」

「そうだよなぁ。利権絡むからなぁ。岐阜市長の説得も大変だった」

「らしいな。どうやって岐阜の市長おとしたの?」

「岐阜がやらないなら、東濃だけでやってもいいって言ってやった」

「そりゃそうだ。多治見市長は大喜びしてたもんな」

「正直、東濃だけでもよかったけど、西濃も中濃も賛成してくれたし、なんと言っても防衛省の全面バックアップで、各務原が賛成したのが大きかったよ」

「今のままで有事が起きると、利権者の都合で最初に死ぬのは自衛隊員だからね。納得いく訳がないよな」

「理由はともかく、おかげで調査室もできたし、諜報部隊の準備は順調だよ」

「日本が自立するためには一番必要なのに、弱かった分野だもんな」

「あぁ。ところで今日はなんで美濃こっちまで来てるの?」

「実はお忍びで、会場にみえてるんだよ」

「おい、大丈夫か? 先週の名古屋市役所爆発未遂もあったし、今日も危ないから市長を四日市にやったんだぞ」

「いや、このあとすぐ多治見へおつれする」

「そうか、あそこなら大丈夫だ」

「あぁ、ありがとう。じゃまだまだ大変だけど踏ん張って」

「おたがいに」

「じゃ、また」

 島井はそう言い残して、通用門から会場の外へ出ていた。

 体育館のステージでは、独立会見のリハーサルが続けられていた。


 岐阜市長の独立会見がはじまった。構成は名古屋市とかわらないけど、迫力不足はいなめない。

「岐阜市は、岐阜周辺地区、西濃、中濃、東濃、下呂市の39市町村とともに美濃国として独立を目指します」


「保科くん、市長さん、説得力に欠けるわね」

「仕方ないよ。本当は保守系に守られたい人だもん。美咲。少々炎上してもいいからSNS盛り上げて」

「いいの? 四日市は大丈夫?」

「向こうは、河辺市長が行ってるからなんとかしてくれるさ。岐阜市長はほっとくと日和るかもしれない」

「了解。後戻りできないように追いつめればいいのね」

「そう言う事。たのんだよ」

「じゃ、ひとえに連絡するわ」

 そういいながら、美咲は五樹ひとえにチャットで連絡をいれた。

『ひとえ。岐阜市長をもっと追いつめてあげて』

『政治資金の事つっこめばいいですか?』

『もっと下衆い方がいいわ。大事な事は保科くんが話す準備してるから』

『OK。愛人の話あげときます』

『それそれ。それ上げてから、尾張との連携についてつっこんでよ』

『はい。タイミングはこっちで判断しますね』

 五樹ひとえはチャットでそう返すと、作業に掛かったようだった。


 ステージ脇のSNSに、市長の愛人の名前でメッセージが流れた。

『独立するより、任期までゆっくりしたいっていったじゃない by ちえ』

「え、えっと、個人名で出されてもちゃんと返事できないですから……」

『おい、ちえって誰だよ』『市長の本音か?』『本当は独立する気ねぇんじゃない?』

「そんな事はありません。独立することによって美濃は発展するのです」

『本当にそう思ってる?』『裏切るんじゃね?』『尾張と連携して予算は大丈夫なの?』

「独立が決まったら、絶対に独立します。そ、そうだ尾張名古屋との連携の質問が来ましたので、国交省の官僚に返答してもらいましょう」

 岐阜市長は苦し紛れに、保科にマイクを渡した。


『やったわひとえ。岐阜市長は苦し紛れに保科くんに変わったわ』

『こちらでも見てます。あとは質問を順番に上げていきますね』

『10分持たせてくれればいいわ。その後は四日市から中継が入るから』

『了解。ではいったん落ちます』

『頼んだわよ』

 美里はステージの演題にいる保科を見つめていた。

 眩しかった。美咲は高校の鯱光際の時にも、そう思った事を思い出した。

「ふっ。ちょっと乙女モードね」

 美里はちょっとだけ自重気味に笑った。


 演題では保科が、ある真実を告げて、ある真実は隠して、多くの人を独立賛成へ誘導していた。官僚の立場を使い、黒子に徹しつつ、代理のふりをして岐阜市長の言葉として発言しつづけた。

 思えばこの件で保科が表舞台に立ったのは、初めてだったかもしれない。

 保科の話に合わせて、五樹たちがSNSからの質問をコントロールしている。

「このように独立する事によって、尾張名古屋へ食料供給する事が可能になります」

『自給自足?』『地産地消?』『でも食品価格があがるんじゃね』

「海の上を長距離運ばれてくる食品より、美濃で取れた食品でコレだけ値段が高いと思われるかもしれませんね。こちらの表をみて下さい。それぞれの価格の内訳です」

 映し出されたグラフは米10キロあたりの内訳が表示された。場内がどよめいた。

『え〜。コレ本当?』『どこの資料よ』『いや、官僚の出した資料だから』

「この通り、国内産の米には、多くの団体への協力金が含まれております」

『協力金を削減すれば米がもっと安くなるの?』『コレどこソース?』『だから官僚が出したから、国のデータだって』

「これが、河辺名古屋市長の言われる〝ポケットマネー〟にあたるわけです」

『おぉ、ポケットマネー』『言ってたな』『河辺は来てないの?』

「日本の農産物、水産物などほとんどのモノは似たような割合になってます」

『嘘付け!』『デマ流すな』『条約守らないと孤立するぞ』

 SNSのメッセージが少し乱れた。異常を感じた保科は美咲に合図を出して四日市からの中継を繰り上げさせた。

「そろそろ四日市から中継が入っておりますので、回線を切り替えます」

 保科はそう言うと、ステージから下りて美咲の方へ歩いて行った。

 ステージのスクリーンでは、河辺市長が名古屋で行った演説を繰り返していた。


「おい美咲、最後のほう変じゃなかったか? 五樹さんたちどうしたんだ?」

「うん。でもチャット出ないから、携帯に掛けてるんだけど出てこないのよ」

「まずいな。ちょっと調べる」

 そう言って、保科は携帯で連絡を取った

「おい、どうなったんだ。事務所が? いつ? さっき? で、女の子たちは?」

「どうしたの? なにがあったの? みんなどうなったの?」

「3人意識不明。2人重体で搬送中。犯人は? わかったありがとう」

「どうしたのよ。教えてよ。みんなはどうなったの?」

「お、落ち着いて聞いてよ美咲。事務所が襲われて、5人とも病院に運ばれた。すぐに岐阜中央病院へ行け」

「なんでこんな事になったのよ。どうしてよ。誰が怪我したの?」

「多分、独立に反対してるグループなんだけど、どうやら銃を持っていたらしい」

「あぁ──。なんでよ!」

「美咲! 今はすぐ病院に行くんだ」

「保科くんは?」

「オレは離れられない。終わったらすぐに行く」

「えっ、そう。そうね、わかった」

 美咲はそう言いながら、会場を出て岐阜中央病院へ向かった。

 ステージのスクリーンでは、河辺市長の演説が続く。

『このように、尾張、三河、美濃、伊賀、伊勢の独立は、江戸無血開城に等しい日本史の1ページとなるわけです』

「その時だって、戊辰戦争は続いてただろ。人は死んでいっただろ」

 保科は爪の後が残るくらい拳を握りしめて、そうつぶやいた。

『尾張、三河、美濃、伊勢伊賀の四カ国がそろって独立できた場合は、東海連邦として一緒に連邦政府を立ち上げます』

 そう言って、河辺市長は演説を締めくくった。

 独立会見が終わると、多くの報道関係者は、インタビューをするために保科を探していたが、保科の姿はすでになかった。


「やばいな。東海連邦」

 毎朝新聞の田中がつぶやいた。

「あぁ、三河が独立しちゃうと、自動車の輸出どうなっちゃうんだろうね。これをメインの産業にするのかな?」

 中目スポーツの中村が、返事をするように語りかけた。

「いや、そっちじゃなくて」

「なに? 美濃? なんか街作ってるみたいだけど、人もいないゴーストタウンになるんじゃないの?」

「違うって、伊勢だって?」

「伊勢? 伊勢になにがあるの? 今さらお伊勢参りでもするつもり?」

「伊勢にはな、海底ケーブルの半分が陸上げされてるんだよ」

「それって、どう言う事?」

「関東で何かあった時は、おそらくまともに使える海底ケーブルは伊勢だけなんだって」

「日本のネットの半分が東海連邦にコントロールされるの?」

「日本だけじゃなくて、東アジア全体もな」

 そう言って記者は、河辺市長の朴訥ぼくとつな語りの裏にある何かを感じて、寒気がして震えた。しかし、ここまで用意周到な独立のシナリオを準備した奴らの事を考えるとワクワクしてきた。震えたのは武者震いだと思った。

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