冷たい頬 ❷

「あの子…ちょっとついてった方がいいかもしれないね」

「珍しくおまえと意見が一致したな。わかってる。後ろから頭をブン殴るんだな?」

「バカ。なんかやらかさないか心配なのよ。冗談とか、かまってほしいからってのとは違う気がする。あの子」


そう言われればふざけてる様でもなかった。けれど今のオレはそんなことよりも性格悪いガキにここまで翻弄されたことに腹が立って如何にして効率的な仕返しをするか、それだけしか考えられなかった。


「よし、わかった。とりあえず尾けるべ。そんでアイツんちを確認してどんなアホづらした親か見てやる」

「ウチはあんたの親の顔を先に見たいわ。行こう」


ある程度の距離を保ちつつ少女に勘付かれない様に後を尾ける。

いくら子供とはいえ、あんまりわかりやすいとマズい。

オレとひなこは買い物袋をぶら下げたまま、努めて自然に少女を追う。


橋を渡りきり県境を越えた。

川沿いの土手を下って、街中へ歩いて行く。オレの部屋がある駅からすると2駅離れた街だ。どうやら駅前の商店街の方へ向かっているらしかった。


それにしても今日は本当に婆さんを部屋に置いてきて正解だった。

たまたま講義もバイトもなかった近藤さんがタイミングよく家に遊びに来て、婆さんの世話を申し出てくれてなければ大変なことになっていたのは間違いないだろう。


辺りは日も暮れてすっかり暗くなった。

賑やかな商店街アーケードの道すがら少女はコンビニだの、本屋だの、ドラッグストアだの、目的があるのかないのか色んな店に立ち寄る。

そんな姿を物陰から巨人の星の明子姉ちゃんよろしく見守るオレたち。


「…なあ。オレたち一体何やってんだ? つうかこれ重くね?」


買い物袋に突き刺さったネギがスーパーで買った時より明らかに萎びており、本日ここまでの激闘を物語っている。


「確かに…。なんか結構心配なさそうだよね。帰ろうか」


念のため携帯で近藤さんに連絡する。

時刻を見るともう夜の7時を回っていた。


「婆さんには近藤家の冷蔵庫から余りもんでメシ作ってくれるってよ。大丈夫だろうかそんなもん食って」

「ユキヒロ! またどっか行くっぽい、あの子」

「んー。もういいんじゃねえ? どうせ塾かなんかサボって暇つぶししてただけだろ大人をからかって」

「えーじゃあ…せっかくだからあとひとつ。それだけついて行ったら帰ろう。もしかしたら次こそ自宅かもしれないし」

「おー」


しかし少女が向かったのは人気のない暗闇にまみれた公園だった。


街灯の下1人でベンチに腰掛け、さっきコンビニで買っていたスナック菓子をおもむろに食いだしたのである。


「…なんだろう、家に帰りたくないのかな? お金あるならせめて夜ごはんぐらい食べればいいのに」

「このままじゃもうラチあかねえな。…いいや」


オレは思い切ってベンチに座る少女の目前に歩を進め仁王立ちする。


「おい女子、さっきはどうも。夜もこんな遅い時間になるが帰らねえのか」


見た目は小学生ぐらいか。

さっき橋の上にいた奴が不審者扱いも恐れず話しかけてきたことに少し驚いた表情をするが、特に取り乱す様子もなく、すぐ何本目かのうまい棒を咥えた。


「流行ってんのか? さっきは橋の上でやたら危険な遊びに興じていたな。おかげで何日振りかに走馬灯が駆け巡ったぜ」


視線だけをこちらに向けてうまい棒(コーンポタージュ味)を食い続ける少女。


「オレはともかくあっちの姉ちゃんがおまえのこと心配してたからよ。悪いが尾けさせてもらった。…どうした、家帰りたくないんか?」

「別に」


まるでどこかの勘違い女優だ。

大してこちらに興味も無さげな答えに若干イラっとしつつも耐えて聞く。


「まあ、お節介かも知らんがよければ話ぐらい聞くぞ。これも何かの縁だ」

「結構です。そんなヒマないんでほっといてください」


オレの嫌いなものランキングでは不動のトップ2を、『トマト』と『可愛げのないガキ』が常に占めているがこいつあダメだ本格派だ。


程なく後ろにいたひなこに耳打ちする。


「おい。この小娘はもはやオレの中で永遠に理解りあえないカテゴリーに組み込まれたぞ」

「なに子供みたいなこと言ってんのよ。ちょっとどいて」


ひなこが許可も取らず強引に少女の隣に座る。


「ねえねえ! お菓子ばっかりだとおなか空かない? さっきウチらもスーパーに買い物行ってきたとこなんだ。ほら、いっしょに食べよ? ちょっと冷めちゃってるけどうまいよ!」


買い物袋から夕飯用の焼鳥を取り出すひなこ。これまた強引なテンションで少女に鳥もも肉を渡す。


「あの、わたし…」

「ん?」


焼鳥レバーに喰らいつきながらめちゃくちゃ笑顔で顔を覗き込んでくるひなこ。


「…いえ、いいです。いただきます」


オレと比べてひなこは苦手なタイプなのか。抵抗を諦め、少女は観念したかの様に焼鳥を食べ始める。


「あなたこのへんに住んでるの? 名前は? なんで橋の上であんなことしてたの?」

「…………」


職質ばりの勢いで畳み掛けるが何も言わずにモソソーと食べ続ける少女。


「ごちそうさまでした」


急ぐ様にそそくさとベンチから立ち上がり、ひなこにお辞儀してその場を去ろうとする。だがそんな行動をひなこが許す筈もなかった。


「ちょっと待って」


むんず、と少女の肩を後ろから掴むひなこ。


「なんですか」

「まだ聞いてることに答えてないよ」

「別に。答える義務なんてないじゃないですか」

「あるんだな、それが…。何故ならあなた今、ウチがあげた焼鳥食べたよね?」


ひなこはニコッと笑って少女の目の前に食い終わった焼鳥の串を見せつける。


「つまり、食べたんだからあなたは質問に答えなければいけません」

「意味がわかりません。詐欺だと思います」

「いいえ。これはれっきとした契約です。施しを受けたんだからそれに対して返さなければ。それがおとなのマナー」

「…お金払います」

「あーっと! ダメです現金では受け付けられません公正取引法に引っかかりますから!」


大学の講義なんか専ら真面目に聞いたことのないオレでもわかるその誤った法律解釈は、年端のいかぬ少女にはそれでも幾分効き目があるようだ。

少女の表情がちょっと曇る。


「…ねえ、いいじゃん。少しぐらい話してみても。なんかあったの? 家も学校もつまんない感じ?」


口調は優しいが終始強引なインテリヤクザ風のひなこに根負けしたのか、少女も改めてベンチに座り直した。


「別に。特に不満はありません」

「じゃあホントに退屈だったから、あんなあぶないことしてたの?」

「そうです」

「…わかった。じゃあ質問変えるね。いま何年生?」

「5年生です」

「5年かー。かけ算とかってそのぐらいに習うんだっけ? ウチが5年の頃ってなにやってたかもはや全く思い出せないなあアハハア」

「もういいですか」


ベンチから飛び跳ねて降りると少女はオレたちから逃げるように走り出した。ずっとタイミングを見計らっていたのだろう。ひなこがそれを追う。


「ちょっと待ってー。もう遅いし家まで送るよー」

「結構です。さようなら」


だがこちらのひなこもどこにその体力を残していたのか。瞬間神速でドラクエのモンスターよろしく少女の目の前に回り込む。


「ちょっと待てっつーの」


おそらくその絶望感たるや。

想像だに及ばないが今日は彼女にとって厄日だろう。


「なんかイヤなことでもつまんないことでもあったら、なんでもいいから来週今日と同じ時間にあの橋の上に来なさい。待ってるから。これ携帯の番号ね、持ってるんでしょ? 携帯」


いつの間にやら用意していたと思われる携帯番号が裏に書かれたレシートを無理矢理少女のスカートのポケットに突っ込む。


少女は了解したのか、してるフリなのか。グイグイ来る初対面のこの姉ちゃんに気まずそうな顔して今度こそ走って行ってしまった。


「まーたお前は進んで面倒を抱え込むな。そういう体質なのかマジで」

「別に…そんなんじゃないけど」


おかげでさっきまで死にそうだった目撃路チュンに対しても多少は気が紛れた。

少なくとも今日寝床について暗闇の中で思い出すまでは。


「なんとなく気になっちゃったから」

「どこにでもいる現代っ子だろ。加減がわからねえんだゆとり世代ってやつは。あ! てゆーかさっきお前、オレの携帯番号教えてなかったかアイツに!」

「うん。教えた」

「いやいや! 教えた、じゃねえだろ! 確実に通報対象だべこんなん! 不審者扱いされてポリス沙汰だぞまた!」

「大丈夫だって」

「なにが! なにが大丈夫なの? イヤだぜ来週橋の上におびき寄せられて一晩署に宿泊すんのは!」

「うるさいなぁー。近くで大きい声出さないでよ。ほら帰るよ、フミちゃん待ってるんだから」

「なんなの! なんでそんな普通なの! 決めたもう! 金輪際お前にはケータイ貸さない! いつもこうだよ全くおまえと行動するとろくなことにふゥぐッ!」


言葉を言い終わらないうちに比較的重めなひなこのミドルキックがオレの尻を襲う。

公園の街灯に照らされた自らの影。

(四つん這いに倒れたらこんな風に伸びるんだ)と全く関係ないことを考え痛みを忘れたいオレを放置して、買い物袋を1つだけ持ったひなこは帰路につくのだった。

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