センチメンタル ❺
3日経ったがあれから近藤さんはずっと落ち込んだままだった。
個人的には内心いつ警察から連絡が来てもおかしくないと思ってたので、この間に音沙汰がなかったのには正直驚いているところだ。
店も店内修繕のため臨時休業とのことで、こちらからは情報を得られずにいた。
だからひなこが、店が再開して出勤するってなった時に近藤さんを誘って一緒に店へ行ってみるのを提案した。
ひなこには反対されたし強引なのもわかっていたが、そうでもしないと先輩は今にも奈落の底まで堕ちて消えて失くなりそうな勢いだったのだ。
風前の灯火。そんな表現がここのところの先輩の印象だった。
けど、自責の念がやっぱり強過ぎたのか、結局どんなにオレが誘ってもダメだった。
あんなに豪快なイメージの男が今となってはホセ・メンドーサとフルラウンドボコ×2の殴り合いした後の矢吹丈みたいに真っ白に燃え尽きてしまったかのようだった。
それでもとにかくよくわからない使命感に促されて、今回はオレとばあさんの2人で店に行ってみることにした。
店に着くと平日夜だというのに店内は結構な混雑で慌ただしくメイドたちが給仕をしていた。
ちょうど夕飯時だったからか、オレとばあさんはしばらく待合席で待たされて10分も経った頃、席に案内されたところでようやくひなこの存在を確認した。
こちらに気づいているのかはわからないが、話すヒマもないぐらい忙しそうにしている。
とてもヤツをこちらに指名するのは難しいと判断したオレはとりあえず先に注文だけしてしまおうと決めた。
ばあさんとパッとメニュー表を見て近くにいたメイドを呼ぶ。
「あ、あれ?」
「……あっ」
1番近くにいたのはりりかだった。
こないだとは違い今度は全身真っ白な衣装。髪まで白くなっていたので気づかなかったが、やっぱり瞳だけは赤いままだった。
「先日は大変御世話になりました」
深々とお辞儀するりりか。
「いや……むしろオレたちの方こそでしゃばった真似して。その、大丈夫だったんですか?」
言ってて無責任だなと思ってしまう。
あの時オレやひなこは結果りりかを置き去りにしてしまったのだから。
「はい。ボクも御心配かけてしまっていたので是非お話がしたかったんです。ただ…御免なさい今は少々手が離せなくて。恐らく後小一時間もすれば客足も減るのですが…。今日はお時間は空いておりますか?」
「あー。うん、全然オレたちなら大丈夫っすよ」
「よかった」
相変わらずの無表情でオレたちから注文をとると、すぐまた忙しい店内の案内に戻っていった。
注文した料理を食べながらばあさんの昔行った旅行先の話(ネパール編)を聞いているとあっと言う間に小一時間は過ぎた。
ぽつぽつ空席が目立つようになった頃、りりかがこちらに来てくれた。
彼女から聞いたのは、警察に連れて行かれて事情聴取を受けたがサラリーマンが庇ってくれたこと。
店長も怪我をさせたお客様たっての頼みならば、と騒動の原因であるりりかを不問に処したことを知った。
「何もなかった。それはきっと嘘だと思うんです。だからボク、本当に微力ですけれど彼の新宿のお店のお手伝いをする事にしました」
メイド喫茶なんてドリーミーな業種とはいえ経営だ。
決して今回の件で不利益が出なかったなんてことはありえない。
確かに修繕費だけでも1日の売り上げを軽く超えそうな予感がする。
ひょっとするとあのリーマンが代わりに賄ったのかもしれない。
そう考えるとあいつも実はそんなに悪い奴じゃなくて、ただ純粋に実力のあるりりかの存在がどうしても欲しかっただけなのだろうかと勝手な印象を抱いた。
「けど…本当にそれでよかったんですか? 嫌だったんでしょう?」
「はい。でも自分なりに考えて決めました。これが今、ボクに出来る事です。どんな形であれボクを必要として下さった方々の為に、1番良い形で恩返ししたかったんです。…それに、最初は物凄く、えっちなお店を想像していたんですけど、実際はそうではない様なので。御主人様に喜んで貰えるのならこれも素敵な経験ではないかと。此方のお店にも週に数回は出ても良いとの事でしたので」
全身白づくめで真っ赤な目。
本物のウサギの精に見えてきた。
オレより若いだろうにしっかりしていて、なんだか気後れして彼女の顔をまっすぐ見られない。
「あの…お兄ちゃんはお元気ですか?」
「あ…うん、なんとか生きてるよ。正直落ち込んではいるけど。自分のせいでりりか姫を傷つけたって様子見に行く度、念仏みたいに唱えてる」
「やっぱり…。あの、大変恐縮なのですがボクからお願いがあります。…聞いて頂けませんか?」
「え? あ…はい」
「あーなんだやっぱ来てたんじゃんユキヒロ! 声かけてくれたらいいのに!」
猫耳獣娘ひなこがぷりぷり頬を膨らませながらこちらに割り込んできた。
「オウ。フロアは落ち着いたんか」
「んーちょっと前からね。あーフミちゃんパフェ食べてるんだおいしいよねそれー!」
「ひなちゃん、お疲れ様」
「あっ、りりかちゃんおつかれさまですー。すみませんユキヒロがまた。なんかしょうもないこと言ってきて絡まれませんでした?」
「オレは一体どんな立ち位置なんだ」
「大丈夫だよ。今、先日の御礼をさせて貰っていたの」
「そうなんだ。…あんた気をつけなさいよー。自覚ない内にセクハラしてるんだからね存在が」
「存在すらも否定される身分かオレは」
厨房からひなこを呼ぶ声がする。
他のお客の注文が出来たらしい。
返事をして料理を取りに行くひなこを敢えてここで呼び止めてみる。
「オウ、猫娘」
「なに?」
「ナイスメイド」
「は?」
「いや、メイド姿も見慣れてきた」
「なんなの? キモいんだけど」
「褒めてるんだよ。似合ってないことはないぞ、割と」
「……あたりめーだっつーの!」
舌を出して厨房へ向かうひなこ。
一連のオレたちのやりとりがどこかおかしかったのか、隣で一部始終見ていたりりかがころころ笑い出した。
「お2人はお付き合いされているんですか?」
「へ? ……いやいやいやいや全然そういうのではないっす! なんて言うか腐れ縁のようなものでして」
「そうなんですか…凄くお似合いですのに。阿吽の呼吸ですよね、お2人共」
「いや、それを聞かれたら逆にキレられます。ハブとマングースの間柄同様200%ないですね。こちらも何回蹴られているかわかりませんから」
「ふふ…ひなちゃんはいい子ですよ。体験入店の期間が終わってもずっとこのお店に居て欲しいです。明るくて、素直で、すぐに誰とでも仲良くなれますし。店長もお気に入りです」
意外すぎる。
アイツが?
ハブられのハブだぞ、ひなこは。
「控え室でもお話を沢山してくれます。ユキヒロさんのお名前がいつも」
「あー。悪口ですね確実に。間違いないでしょう?」
「それは……そうですね、9割」
りりかがいたずらに視線を逸らす。
なるほど、この仕草に先輩はヤられてしまったのだな。
一見近寄りがたい彼女が時折垣間見せるこういう茶目っ気が心を掴んで放さない秘訣か。
「それに昔、ちょっと有名人だった様で。一部の御主人様達からも人気が」
「ん? それってどういう…」
「あらあーあなた目ぇどうしたの? 真っ赤じゃない? 病院行ったの?」
ばあさんがどこぞのデジャヴー現象かといった問いかけを大きな声で致す。
パフェを食べていた手を止めて初めての眼差しでりりかの顔をまじまじ覗き込んだ。
りりかもまた、にこっとばあさんに微笑んで、好きなアニメキャラの説明を今度はより詳細に始めた。
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