センチメンタル ❻

「ピンポンピンポン先輩いますよねー? オレです開けてください、いるんでしょー? ひきこもってるのわかってるんですよー」


1度はやってみたかった借金取りのテンションで玄関のドアをガンガン叩く。

わかっていたけどカギはかかっていなかった。


「せんぱーい、勝手に上がりますよー。お邪魔しますねー」


先輩は案の定、電気も点けず奥の部屋で毛布にくるまってこちらを見ていた。

目だけ光ってまるで銀河鉄道999の車掌さんである。

足元は前回訪れた時と同じく文庫本や食べ終えたカップラーメンの容器で散らかって足の踏み場の確保が難しい。


「電気は点けるな」

「もうあれから日にちも経ってるのにまだ落ち込んでるんですか。つっても今日に関してはオレのこと待ってたんでしょう? 行ってきましたよ、お店」

「聞きたいことなど、ない」

「そんなこと言って」

「本心だ。どんなことがあろうと彼女を1人、置き去りにし傷つけた。もはや人としても男としても俺は後戻り出来ぬ」

「なにをカッコつけてるんですか。そんなこと言ってるとエロ本勝手に漁りますよ」


先輩のいつもの隠し場所、机最下段引き出しを引っこ抜いて劇画調のエロ漫画雑誌を部屋にバラ撒いた。

1人暮らしなのに隠してしまう男の習性を以前からよくこうして馬鹿にしたものだが、今日はそんなおふざけにも反応がない。


「先輩はりりか姫のことが気にならないんですか」

「…………」

「そうやってなにもしないことで、彼女もその周囲も2度と傷つけないってアピールですか」

「…お前になにがわかる」

「わかりません。あれだけ好きだった人に、もう会いたくないってことですよねそれって。今まで先輩が否定しながら繰り返してきたことをまたやるつもりですか。今回も本当の気持ちじゃなかったってことですか」

「 違 う !」


毛布を捨てて立ち上がる先輩。


「今までとは断じて違う! 彼女は…姫だけはもうこれ以上不幸にしたくないのだ! 決して俺ごときが触れてはならない不可侵の、特別な存在だったのだ!」

「……本気で言ってるんですか」

「当たり前だ! 今でも…今でも、彼女を想う気持ちは誰にも負けぬ!」

「了解しましたそれでは直接どうぞーお願いしまーす」

「ん?」


闇の中に赤い瞳が閃いた。


そこにはさっきまで店にいたままの格好で直立不動しているりりか。

真っ白なシルエットが男臭いこの部屋に不釣り合いなのは言うまでもない。

そして彼女が先輩の話により現在ドSモードなのも間違いない。

花も嵐も踏み潰し、ロングブーツ@土足で部屋に上がってきた。


「 う る せ え ぞ ビ チ グ ソ が 」

「え、な、お、何で? ……ッヒ、ヒィーー!!」


情けない声を発し、腰を抜かす先輩。

まさか自分の部屋に、過去振り返っても女子の入ったことのない部屋に、事もあろうかあのりりかがいる。

その現実をにわかに受け入れがたいのか。はたまた余程あの日の変貌振りがトラウマ化していたのか。

色々通り過ごしてここに来て先輩はもはや彼女から逃げようとしている。


「なんだあオイ? なんだあコレは? アァ? 言ってみろなんだあコレはー!」


散らかったエロ本やゴミやTENGAを先輩に投げつけるりりか。

個人的に色んな意味でめちゃくちゃハラハラするが、ここは我慢して静観してようと思う。


「ヒィーー!! ごめっ、ごめんなさっ……す、すみませんすみません! もうしません!」


りりかはおもむろに凄まじいガニ股で腰の抜けた先輩に近づき、襟首を思い切り掴む。


「てめえの都合で! 勝手に! 不幸だなんて! 特別だなんて!決めつけやがって! なにが不可侵だ! ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな馬鹿野郎!!」

「イヤァァァー! エロトピアアァァァー! イヤァァァー!」


がっくんがっくんにされてパニックで阿鼻叫喚の先輩。

今頃になって自分の部屋の惨状に恥じらいを覚えたのか散らばる雑誌名を唱え始めた。


「……言ったじゃないですか。うれしかった、って」


ふいにりりかの手が止まる。


「…逢いに来てください、いつだって。漱石の気持ちが理解るお兄ちゃんなら、きっと許し合えるって信じています。こんな事で『こゝろ』の先生みたいに後悔しながら生きて欲しくないんです」


客観的に見て、先輩は今その人生の中で最も濃密で価値のある時間を体験しているのだが。

りりかの赤目と対照的な白目をひん剥いている先輩に届いてるのだろうか。

力が抜けたのか、りりかは先輩の襟首を持ったままその場にへたり込む。


「ボクが金曜日、シフト変更しなかった理由…聞きたいですか?」


ここからは別の話だ。

オレはゆっくり2人に気づかれない様に玄関のドアを開け、外に出る。


ヘロヘロになりながら欧米風に「YES」とファルセットで答える先輩が、後頭部から倒れると同時にドアは閉じた。



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