西へ西へ西へ西へ西へ(仮)

二条城竜也

エトランゼ ❶

「…てゆうか、ヒロくんと話してるとこっちまで暗くなるんだよね」


そう告げられ、ガチャトゥートゥートゥー。


電話越しに刹那のスピードで初恋は幕を閉じた。


大学入ってすぐ、過去の劣等感を払拭すべく半ば無理矢理潜入したのはお世辞にも品行方正と言い難いテニスサークルであった。


そこで開催された更に下品な飲み会で知り合った先程の女子とお付き合いし出して3ヶ月。


ここまでは間違いなく今までの自分の人生でも順調過ぎる滑り出しだった。


だが、言ってしまえばそれも結果的に良くなかったのだろう。


一般女性との華麗な距離の縮め方。

血の滲むような努力。

やたら読んだPOPEYE。


思い返せばキリのない力の入れ様である。


……折角だ。

この場をお借りして皆様に私がお付き合いしていた間、どのような行いを致してきたか挙げよう。


① ファミレス行った。

② 映画観た。

③ カラオケ。


以上ですマジつまんねえ死ねばいいのにオレ。しかし近づく度、2人で会う度、心は離れて。


微妙な距離感を自分自身感じていたのは紛れも無い、正直否めない事実。今となっては嗚呼。


ちなみに彼女は門限が7時でした。


お父さんが厳しい人だそうです。

お目通りは遂に叶いませんでしたが。


え?


てゆうか何様なのあの女は?


テニスなんぞ生まれてこのかたやったことねえぞオレは。

初ドキドキを返せよ馬鹿野郎。


そして神様、本当にどうもありがとう。


抜群のタイミングで窓の外は暴風雨。

雷を伴う叩きつける雨で揺れる窓。


台風到来はおおよそ今の心象風景を顕しているのではないか。印象派。


そういう訳で独り暮らしの部屋の中でオレ、電気もつけず何だか真剣に【生きる】って意味を体育座りで考えた。


…けど考えれば考えるほど、当たり前のように落ち込むばかりさ。

おかしなことに一方増すのは空腹感ときたもんだ。


仕方なしに冷蔵庫の中を覗くとそれはまたぽっかり胸に穴が空いたがごとく、見事なまでに何も入ってなくて…ってうるせえなオレ黙れよオレ無駄に脳内でポエトリーキメてんじゃねえクソ。


ここまで来ると逆に笑える。

何してもネガティヴ。冴えない。


「アッー! このままじゃボクだめになる!」


真っ暗闇の中、思わず爆音で独り言を口に出す自分にひいた。


これはヤバイ。

本格的にヤバイやつだ。


正しい善処策として近所のコンビニへ買い出しに行く案を思いついた。


もうこの段階においては天候など眼中にはない。殺気に満ちたオレを誰も止めることは出来ないだろう。


早速濡れてもいいような服に着替える。

傘を持って部屋から出るとむしろさっきより勢いが凶悪化した雨風が横殴りで襲ってきた。


もはやほぼ自棄糞。

それでもオレはそんな厳しい人生を凝縮させた空の下、片道10分の旅に出た。



* * *



夜中のコンビニはドライである。


ここのコンビニ、海が近いこともあって夏は混んだりするけどオフシーズンのこの時期は閑散としていて不気味さをも感じる。


やる気の全くない店員の接客や、雑誌の表紙を飾るグラビアアイドルの乾いた笑顔がその寂しさを引き立たせる。


大体何でも揃ってるけどここに唯一無いもの。


そう、愛だけはここには売ってない。

それが現代コンビニ事情、上手いねしかし!


……切なすぎる。


誰も聞いていない悲しい自画自賛を終えてレジへと品物を持っていく。


コンビニから出る頃にはすっかり豪雨は嵐へと成長を遂げ、オレの傘は滞りなくひしゃげた。


車の通らない国道沿いを渡って自宅アパートへの脇道へ入る。民家の明かりもここらじゃ届かない。全国ワーストランキングに選ばれそうな狭い畦道だ。


強風で折れる瀬戸際なアパート隣接の竹林に妙な親近感を覚えたそんな時、


「……みません、だれか! お願い!」


暗い竹やぶの中から人の声が聞こえた。


いやいやありえないだろう誰が好き好んでこんな狂った雨の中。


「すみません! 助けてください!」

「うおっ…マジでか!」


2回目は間違いなく女性の悲鳴だった。


急いで竹やぶの中に踏み入るとそこにはずぶ濡れの雨がっぱ姿の2人組が居た。

2人とも泥まみれなのは違いないが、1人はうずくまって動かない。だいぶ年配の方のようだ。


「だっ…だいじょうぶですか!?」


焦りと緊張で声が裏返る。


「……ああ、よかった!」


オレが現れたのを見て、立っていた女性が安堵の声を洩らす。


「どうしました! 大丈夫ですか?」

「おばあちゃんが……」


見た感じ傘も落ちていないし、こんな所で雨宿りってことなんだろうか。

うずくまった老婆は顔をしかめて苦しそうにしている。


(……そうだ、携帯!)


気が動転してすっかり忘れていた。

何も出来ないままより救急車呼ぶ方がよっぽど賢明な判断だろう。


…しかしそこはさすがのオレだ。

タイミング悪く携帯を不携帯であることに気付く。こんな緊急時に所持してないなんて、もはや自分のダメさ加減と日頃鳴らない携帯を憎むのみ。


コンビニからはだいぶ離れてしまっている。周囲に民家は無いし、どうやらここからじゃ来た道を戻るより一旦ウチに連れて行った方が早い。


「…わかった! とりあえずウチに連れて行きましょう、このすぐ近くだから!」

「すみません!」


風でかき消されてしまいそうな女性の返事を聞くや否や、オレはおばあさんを背中におぶり雨にさらされることも厭わず竹やぶを抜けた。


自宅までは確かにもうすぐそこなのだが、如何せんいつもと違うバッドコンディションのあぜ道である。

日頃の運動不足もたたって相当な気合いが必要であった。

しかし何とかアパートの敷地内に入り、そのまま2階への階段を昇る。

必死の形相で鍵を開けると息も絶え絶え、おばあさんをおぶったまま部屋へ雪崩れ込んだ。


「…ちょっと待っててくださいね! いま救急車呼びますから」


床が濡れても今はそれどころではない。

何とか気力でこたつテーブルに置かれた携帯へ手を伸ばす。


「あー待って、待って!」


突然おばあさんの連れの女性がオレの電話を制する。


「……へ? なんで」

「ゴメン、でも病院行くまででもないし」

「え…? なに言ってんの?」

「まあちょっと休憩させてくれたら多分大丈夫そうなんで。…あ、そうだ! お風呂借りていいですか?」


何だこいつ。


合羽を脱いだ姿は竹やぶの中じゃ暗くてよくわからなかったけど上下トレーナーで。見た感じかなり年は若そうだ。いわゆる、ギャル?


それよりも何よりもさっきまでとは打って変わって部屋に入った途端に別人の雰囲気を醸し出してきやがる。


あっけにとられているオレを尻目に謎の女は「あ、こっちっスか? お風呂」などとのたまい我が家の風呂を勝手に探し始めた。これはおかしい、明らかにおかしい。


「おい! 風呂って…今それどころじゃないだろ! おばあさん苦しがってるじゃねーかよ!」

「えー…っと、着替え着替え」

「なんかどっか悪かったりすんじゃねーのかよ! 早くしないと取り返しつかなくなって、」

「フミちゃんお風呂こっちだってー」

「はいよー」


「エエエェエエエエエエエェエェー?」


その瞬間思わず吹き出すオレ。


だってさっきまでいかにも辛そうにしていたおばあさんが突如目の前で飛び跳ねるように風呂場へ向かったんだもの。


度肝を抜かれるってこんな感じですか。


ふいに女は脱衣所から半分顔を出してこちらを窺う。


「あ、覗いたら訴えるかんね!」

「……何もかもが違くねえ?」


それからオレはその場で女とばあさんが我が家の狭い風呂からあがるまでのおよそ25分間、自分の身に一体何が起こっているか過去の人生経験を踏まえ石化したまま考えた。


そして洗面所に干していたオレの服をちゃっかり寝間着代わりにして戻ってきた2人の姿を見て、ようやくある結論に達したのだ。


「……OKOKわかったよもう! ドッキリだろ? サークル企画の! オレがさっきフラれたから!」

「……は? なに言ってんの」


オレも言っててよくわからない。


ていうか2人があたかも自分の家みたいにこたつ入っておもむろにテレビ観だしたのが嫌。


「あーやっぱ『から騒ぎ』観れなかったーちっくしょ」

「えー…っと…?」


そしてオレは2人の背中を見ながら家電話の受話器を手にとり、この世に生を受けてから押したことのなかった3ケタの番号を素早くプッシュ。


「へ? なに、どこにかけようとしてんの?」

「んー…ポリスメン?」

「アァ? 『ポリスメン?』じゃねーよ。なに素朴に述べてんのちょっと待ちなさいよ!」


(……どんな状況、コレ?)


スッピンの、よくわからぬ謎の女に阿修羅の様な形相で警察への電話を阻止される。

さっきまでの悲哀はどこに?

勢いに負けてオレは受話器を強引に奪われてしまった。


「まったく…油断も隙もあったもんじゃないって……あ!」


首尾よく足元に落ちてた携帯電話からお巡りさんを呼ぶことにする。

だが残念なことにそれも阿修羅マンの前ではどうやら無駄な抵抗だった。


「なーにやってんだよ! オルァア!」


跳んだ。


女がミル・マスカラスさながら虹のアーチをかけて。


要約するとこたつでテレビの深夜番組を楽しむばあさんの頭上を一閃のドロップキックが舞ったのである。


「ふゥぐっ…!」


直撃。あまりに不条理。


胸を撃ち抜かれ後ろに吹っ飛びながら考えたのは意外にも元カノの笑顔なんかじゃなく、以前本屋で立ち読みした占い本の内容だった。


(……大殺界)


薄れゆく意識の中、ああ確か細木数子がなんかそんなこと言ってたなと今更ながら思い出して視界はブラックアウト。




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