エトランゼ ❹
陽はだいぶ落ちてきた。
夕暮れの公園ではまだ遊ぶのを諦めていない子供たちがすべり台やブランコで粘っている。
公園を抜けてアパートまでの近道の途中、ひなこの提案でオレたち3人はベンチに腰を下ろした。
「そういえばさ、ウチもフミちゃんもまだユキヒロのこと、ちゃんと知らないよね。大学生っていうのと…」
「そりゃそうだろ。いきなりだもんよ、なにもかも」
「どんなバイトしてるとか。 出身とか趣味とか、好きな食べ物とか?」
「別に大したことじゃねーし。聞きたくもねえだろそんなん」
「いいじゃん! せっかくなんだし。言わないなら言わないでいいけど…そしたらこっちで勝手に趣味をストリーキングに」
「しねーわ!」
小娘のくせになんでそんな言葉を知ってやがるんだこいつは。
ベンチの反対側から回り込んでひなこはオレの前にしゃがみ込む。
上目遣いでこっちを窺う仕草が妙に自然なガキっぽく感じて、ちょっとなら素の自分を話してもいいような気分になった。きっと公園という場所がそれを増長させるのだ。
「あ、じゃあ地元は都内なんだ? へー、結構近いんだねここから」
「おまえとばあさんは?」
「ウチら、埼玉」
「そんな変わんねえじゃんか」
「そういやそうだね」
「んじゃオレからも質問するが。歳が17ってのはさっき聞いたから…高校は? 行ってないんか、やっぱ?」
「うん、辞めちゃった。つまんないんだもん。…ねー? フミちゃん」
「ふーん」
容易にこいつが一悶着起こすまでもなく、学校にも家にも居場所がなかった図を想像出来た。
「全く月並みなご質問ですが辞めた1番の理由はなんだったんですか?」
「……んーいい質問ですね」
夕陽が柔らかく公園を包む中、オレは自分がなんで明らかにこんなどう考えても面倒くさそうな事柄に足を突っ込もうとしているのか、不思議に感じて仕方なかった。捨て犬拾った感覚で情が移ったのだろうか。
「…学校はさ、毎日同じに過ごして、その中でいつもと違うことがたまにあったりして。自分はみんなと同じなんだってその時に共有出来るから楽しい場所なんだよね」
わかった。
こいつが生意気だからだ。
と、こっそり納得する。
けどこれはきっと同情なんかじゃない。
オレは安心したかっただけなのだ。
「でもね! 嫌なことばっかりじゃなかったんだなー、これが! フミちゃんもいてくれたし。いろんなこと学んだし。…まあ、確かに痛々しさは満開ではあったけどね。でも大丈夫。もう完璧に立ち直った!」
そうして高らかに笑うと子供たちがいなくなったブランコに飛び乗ってフルパワーで立ち漕ぎし始めた。
それはもう、アルプスの少女とは似ても似つかぬ朗らかさで。
その姿。そして夕陽に照らされたひなこの笑顔を見て思った。
(……明らかに立ち直ってねぇぇー)
「人生、いろいろだな。ばあさんや」
「ええ、ええ。大変だ。…ところでおたくどなたでしたか?」
ベンチに残されたオレとばあさんはやけにノスタルジックな夕方に浸りながら、ひなこの全力ブランコをひたすら眺めていた。
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