この物語にはいろいろなキーワードが出てきます。
念力、親子、友だち、孤立、仔猫、本、月、懐中時計、そして卒業式、色紙、兄妹、成長。
その一つひとつはありふれた言葉ですが、テーマである「扉」を開くために欠かせない、とても重要な言葉たちなのです。
超能力が主体ではありません。
でもその異能を持って生まれてしまったために、閉ざさずを得なかった「扉」。どうやったら開け放してあげられるのか。
主人公の少女は悩み、焦り、苛立ちます。
その微妙な、繊細な心の動きを見事な筆さばきで見せてくれ、一本の温かな小説として練り上げられています。
「扉」は力では開きません。
対価を求めぬ至極の愛。
読了後には、誰もが感無量となることでしょう。
殻に閉じこもった少年に接することで、彼の心を開こうとする少女。紆余曲折がありながら、両親や親友、さらに、亡き祖母に助けられながら、彼女はミッションをやり遂げ、最後は静かながら幸せなエンディングを迎える。
言い方は悪いが、「どこかで聞いたようなストーリー」。その設定を見た瞬間、展開やエンディングもある程度予想が付く、いわゆる「予定調和物」。普通に考えれば、お世辞にも食指が動くものとは言えず、可もなく不可もなくの評価が付いて回る。
しかし、作者の小説についてはそんな一般論が当てはまらない。それは、ストーリーの幹はもちろん枝葉の部分もさほどいじらないにもかかわらず、物語が重厚で興味深いものに変わるから。予定調和のストーリーをなぞりながら、その過程にある情景描写が楽しめる作品に化けるから。言い換えれば、一つ一つの景色や心情を丁寧かつ抒情的に描写することで作品が重厚な雰囲気を醸し出すから。
口で言うのは簡単だが、当該描写はそのさじ加減がとても難しく、足りなければストーリーが薄っぺらいものとなり、やり過ぎればくどいものとなり、いずれも読者は興醒めする。突飛な事件やイベントなどが盛り込まれる、アクションものであれば誤魔化しもきくが、フラットなストーリーでは、情景描写の善し悪しにより作品が駄作にも傑作にもなる。
そんな中、本作は読者を飽きさせないところがあり、それは作者の描写力に負うところが大きい。個人的に、作者の別の作品「星作り」と比べると、本作の描写はその表現方法や構成がイマイチに映るが、それは本作の経験を生かして「星作り」が書かれているものであり、本作を作者の原点として捉えてその変化を楽しむことができる。要は、良いところを見ながら読むか、粗探しをしながら読むかで評価が異なるわけだが、後者ははっきり言って、全うな人間がする読書ではない。
作者独自の作風により読者が心を動かされ感銘を受けたのは、他のレビューからも明らかであり、本作でも「物語の過程を楽しむ」といった作風が十二分に発揮されている。
本作を味わいながら、次回作に期待を抱いた、「一粒で二度美味しい」有意義な読書体験だった。
社会から遊離してしまった少年と、それを思いやる少女の恋愛小説である(男女の友情とあるが、この内容では恋愛にしたほうが良いであろう)。
作者は小説を書き始めて日が浅いと思われるが、自分の経験と学んだ文章を組み合わせてテーマに沿ってこの分量を書ききっており、まずは最初のハードルを超えた作品と評価したい。
特に真由美の心情は詳細に描かれており、やや早熟過ぎるものの、迷いを抱えつつ前向きにそれを解決する姿は魅力的である。また家族関係がしっかり描写され、その中での真由美と幸也の立ち位置が明確であるため、2人の距離感は真に迫った、厚みを持つ内容に仕上がっている。
その一方で、文体と展開には課題が多く残されていると思った。以下、私見をいくつか述べてみたい。
まず、キャラクターが多く、話の展開がゆっくりしすぎている。もっと幸也か真由美どちらかの変化を中心に据えて、周囲のキャラクターは大胆に減らしたほうがテーマを押し出せそうに思う。全般にわたり、何が起こったから主役2人が変化したのか、何があったから2人の関係が変わったのか、の表現が薄い。挨拶や状況説明のシーンが多く、ともすれば字数稼ぎのように見えてしまう。この作品に関しては、総分量が半減したとしても面白さはそれほど損なわないであろう。現時点では相当に冗長である。
また、群像劇ではないのだから、どこに視点を置いて読む作品なのかは露骨なくらいハッキリさせてほしい。ダブル主人公で行くならチャプターごとに幸也と真由美の一人称を交互に見せた方が明快だし、三人称形式でいくならチャプターのタイトルに語り手となるほうの名前を明記してみる方法もある。大きく改稿するならば、真由美または幸也のみを主人公にしてみてはと思った。
最後に文体だが、センチメンタルな話の割りにかたい表現が目立つように感じた。二字熟語を可能な限り訓読みに替えて、柔らかさを出すことで質を上げられると思う。感慨、神妙、陰鬱、などの表現を避け、深い思い、落ち着いた、暗い、などに置き換えた方が、このタイプの小説には向きではないだろうか。
以上、全体的なスリム化と文章のブラッシュアップが望まれるが、少年少女の心に寄り添った、多くの読者の心をつかむポテンシャルを感じた。将来的には大きく化けそうなので、本作の改稿でも新作でも良いが、ぜひ長編にチャレンジし続けて欲しい。
作中でも触れられていますが、『ヒヨコの世界』をテーマにした子供の成長物語でした。外の世界に生まれ出るためには、雛鳥は卵の内側から殻を突かなければならない。それまで外界から自分を守ってくれた『世界』を、自らの意志で破壊しなければならない。
各人の優しさ、孤独、悩み。それらがすれ違い、食い違い、上手くいっていなかった現状が、少しずつ擦り合わされていく温かな物語でした。
現代的な人間ドラマ、しかし普遍性も含まれている良作だったと思います。
しかしそれだけに、幸也が周囲と距離を取るきっかけになった『超能力』の要素が浮いて見え、キャラクターの精神年齢も高すぎるようにも感じました。
とは言え新たな世界への扉が開かれた読了は爽やかで、未来への希望が見えるラストで良かったです。胸の奥からじんわり温かくなる想いでした。
『命』という漢字は、『人』の内側にあって激しく『叩』くものがいる。そんなお話も思い出すような作品でした。