15 プロデューサーは気に入らない
『♯φ 今週月曜放送分の《万遍マンデー》アーカイブ配信に関してのお知らせ』
そして、御園志桜梨との甘く美味しい蜜の様な『おはよう』と、それに付随する尾張ユリカとの『見るな変態』『君じゃないんでどいてくれ』と言う無言のにらみ合いを繰り返す一週間が過ぎた月曜日。
本番ではもっとこうしたいとかああできたはずとか理想だけが膨らんだ、『雑ヶ谷放送局月曜日・万遍マンデー』の記念すべき第一回放送のその日。
スタジオ代わりの潰れた小劇場『ディープ・ボックス』近くのコンビニから出た長江恭平は、スマホと周囲を何度も見比べながら泣きそうな顔で路地から出てきた尾張ユリカと鉢合わせた。
「あっ、尾張さん。早かったね」
「……ふん。来てやったぞ」
途端にじろりと不遜に睨み上げ、お前に用は無いぞと言わんばかりにそっぽを向いて歩き出した相方に恭平は苦笑い。先週のランスルーでそこそこ楽しくやれたと思っていたけれど。まあ一週間も話さなかったわけだし、こんなもんかと。コンビニ前の自転車のスタンドを蹴って、華奢で小さな背中に声を掛けた。
「スタジオ、こっちだよ」
「……は、早く言え、馬鹿」
恥ずかしそうに振り向いて上目に文句を言う尾張ユリカちゃん。決して可愛くは無いのであしからず。
そうして二人連れだって、まだ二回目なのに大分慣れた感のあるライブハウス的な階段を降りきると、そこに。
「……えっと、初めまして」
「……二回目よ。で、貴方達が先週のプレ放送をした子達ね?」
踵の低いヒールと細い眼鏡に細身で地味な色合いのスーツという、何だか漫画に出て来る学校の先生みたいな出で立ちの、お姉さんと呼ぶべきお年頃の女性がいた。
「あ、はい。そうです、けど」
返事をしながら、恭平はちらりと歩み寄ってきた村田Dの顔を見た。
「ああ、この方は――」
「地域振興課の藤井です」
片腕を胸の下に組んだまますちゃりと眼鏡を押し上げた彼女の言葉で、恭平は思い出す。
ああ、そう言えばオーディションの日、喫茶店で会ったやる気の無い《お姉さん》だ。
「あ、えっと、月曜担当の長江恭平です」
慌てて頭を下げた男子に向けて、微苦笑を浮かべたディレクターは。
「藤井さんはこの雑ヶ谷放送局の行政側の責任者で……まあ、プロデューサーみたいなお方だと言ったらわかるかな」
ちらり、同級生と目を合わせる。
なんだろう、村田慎之助のその顔と言葉、あとは藤井プロデューサー自身が醸し出す雰囲気で、彼女に対する二人の第一印象が一致した。
「……面倒くさそうなおばさんだな」
期待に違わずそれを口にしてしまう素直な女子高生の呟きに、一見面倒くさそうなおばさんではあるもののその実きっととても敏感で繊細な方だとお見受けするお姉さんは、じろりと乳臭い常識知らずの小娘を一瞥して。
「あなたね。この間下品な事ばかり言って笑っていた女の子は?」
「……『女の子』しか事実と合致しませんが?」
かろうじて敬語で応えた尾張ゆりかの視線には明らかな敵意が滲んでいた。
「……あなた――尾張ユリカちゃん、だっけ? もう高校生なのよね? 恥ずかしいとは思わないの?」
「……常日頃感じておりますが、何か?」
視線で射抜き言葉で殴り合う様な二人のやり取りは、きっと『詩のボクシング』とやらにもひけをとらないだろうと思う。そして。
「例え生き恥をさらしてでも人並みの人生を送りたいと思っておりますが、何か?」
どうやら彼女の言う人並みの人生とは、一つの敵意に二つの殺意を持って返すと言った事らしく。
「……えっと、かんざしさん、それくらいに――」
「尾張ユリカだ、馬鹿モン」
小さな牙を剥き出しにしたその生意気で陰湿な表情に、藤井Pは額に指を当てながら小さな溜息を吐き出して。
「正直に言って、貴方達のラジオは下品なの。喋っている内容も、笑い方も。雑ヶ谷の魅力を伝える番組として、相応しいとは思えないわ」
客席を照らす薄暗い蛍光灯の下、じっと睨み合う女性二人。
ほんの一瞬、恭平が取りあえず苦笑しようと視線を逸らし、ディレクターが間に入ろうと一歩踏み出すくらいまでの時間の後。
「ふん」
と鼻を鳴らしたユリカは言った。
「変えろと言われても、変えるつもりはない。だが、やめろと言うならいつでも辞めてやる」
捨て台詞の様に吐き捨てて、それから居場所を探す様に周囲をさっと睨んだ彼女は
「コンビニに行ってくる」
と呟いて、スタスタとスタジオを出て行こうとして。
「うわっぷ!」
「おいーっす」
階段からにゅうっと現れたくすんだ色の着ぐるみに、ぼいーんとふっとばされて尻もちを着いた。
「……失礼。大丈夫かい、お嬢さん」
低く響く声と共に、気品と野性味が同居した緑色の細面に兜をどしっと身に着けた二頭身半のそいつは。
「紹介するわ。彼は雑ヶ谷公認マスコットの雑ヶ谷次郎瓜実(ざつがやじろううりざね)公よ。彼が今日の万遍マンデーのゲストだから」
「……はい?」
目をぱちくりさせた恭平の向こう、スーツを身に着けた真面目そうな若い男性に背中を押されて何とか搬入口を通り抜けてきた着ぐるみは。
「…………お前、アスカだろう?」
「いいや、私は瓜実公だよ」
やたらと良い声を出しながら、太く濃い眉毛が目立つ顔の下を覗こうとする尾張ユリカの頭をぐっと押さえ付けていた。
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