23 どうしたら。
四時間目の数学、ノートにやってみたいコーナー案を書きながら考える。
推察するに、休み時間の度にちらちらと恭平の視界に見切れて来ては『あ、今私の周りには人がいないかも?』的な視線を飛ばして来たり『よーし、一人で図書館に本を返しに行くぞー』などと呟きながら横を通り過ぎる御園志桜梨さんは、あの公式から非公式扱いを受けている情報番組『万遍マンデー』を聞いたのだ。
しかも『付き合ってないわ!』の流れを知っているということは、少なくとも先週の生放送、あるいはそのアーカイブを聞いている。
疑問なのは、どうしてそれを聞いたのか。何がきっかけで、あの番組を知ったのか。
……まあ、聞けば教えてくれるんだろう。というか、聞いて欲しいのだろう。面倒くさそうだから聞かないけど。
そんな余計な事を考えていると、魔がさす様に本筋のアイデアが湧いてくるもので――。
自分達がPRするべきもの、つまり《雑ヶ谷》と言う字を書いて丸で囲む。これを、まったく雑ヶ谷を知らない人に売り込むには。何しろ万遍マンデーのターゲットは雑ヶ谷住民だけじゃない。外の人に向けて《知らない街》の情報をただ読むだけじゃ、それは退屈な時間になるだろう。スポンサーのアピールタイムにトイレに行かれちゃ、意味が無い。
なら、どうする? やっぱり、リスナーを巻き込むにはメールやツイッターを活用するのが一番だ。リスナーから雑ヶ谷情報を募集するとか? いや、それじゃ結局リスナーが外に広がらない。中の人も外の人も同じように楽しめて、且つ、少しでも興味を持ってもらえるような。
……逆に、全部嘘ならどうだろう。リスナーに想像上の街『雑ヶ谷』の風景を送ってもらうとか。
腕を組む。
形式はどうする? 街ブラ的な感覚で? でも、それだとさすがに書く方は難しくないか? ある程度お題とかあった方が良いのかな? 『今週は商店街のこの辺』とか。いや、でも、商店街なんて街によって違うわけだし。ましてや雑ヶ谷のそれは坂の上だし。じゃあ、わざわざストリートビューで見て貰うのか? ネタを書く時ならまだしも、実際の放送の時にも? それともホームページか何かに載っている紹介分をいじってもらうとか?
この辺は、気鋭の職人『かんざしさん』の視点が欲しい。
諸々の問題が片付いてメールアドレスが取得できたところで、最初から面白投稿が相次ぐとは思えない。だから、最初は誰でも書きやすい感じに。軽く書けて、それでいてボケにも行けて、真面目にもイケる感じ……。
というか、真面目な紹介はあった方が良いな。何しろそれが主題の番組だから。勘違いしちゃいけない。自分達が雇われパーソナリティだという事を。
だったらやっぱり大喜利的に? 雑ヶ谷ニュースデスクみたいな? 雑ヶ谷ではとある世界大会が開かれますが、それは何でしょうとか? ゾナーゾみたいなクイズ形式……いや、むしろ全国ニュースになんか絶対にならない細かい話題を提供した方が興味を持ってもらえるかも?
首を振る。
そもそも雑ヶ谷放送局ではメール機能がまだ生きていないのだ。なら、どうする? メールもツイッターも無い頃のラジオって……。
ネットに上がっている違法動画やその頃のハガキ職人さん達が語っているのを聞くに、メールの前はFAXが主役だったらしい。その前は、本当にハガキ。郵便というタイムラグがあったからこそ、葉書時代はリスナーを巻き込む企画が良くあった。電話や録音イベント、ゲリラ活動等、個人情報の扱いが緩かったという背景もあってリスナー参加型の企画をあちこちの番組がやっていたのだと思う。
どれも、行政絡みの《万遍マンデー》じゃ難しい。
……駄目だ。かんざしさんのアドバイスが欲しい。どれがいいのか選んでほしい。どれが正解なのか、教えてほしい。つうか、あいつ、元気かな?
『元気なわけあるかっ!』という幻聴を聞きながら、机の下でこそっとツイッターを起動する。
職人リストから、かんざし一筋@kanzacity30さんの名前に触れる。
――あ、と思った。
あいつがスマホを忘れたあの日から停まっていた呟きが、更新されている。それも少し前の日付、多分先週二人で出かけた日の夜からいくつか、似た様な内容の簡素で丁寧な文。
『ラジオ始めました。私を除けばクラスで一番気持ちの悪い奴とです。聞いていただければ幸いです』
その後に、雑ヶ谷放送局のアドレスだけ。
『あ、明日です。毎週月曜十九時から二十時までの生放送です。こちらのサイトから聞けます』
また、アドレス。
そして、放送直前。
『もうすぐ、ラジオです。十九時から第二回です。相方と出かけた話をするつもりです。素人ラジオですが、聞いて下さい』
アドレス。
ドキドキしながら、タップする。いくつかリプライがついてる内の、一番上。
『聞きました! どっちがかんざしさんですか!?』
ちょっと複雑な気分になる。面白い方が彼女だよ、と。
そして、昨日の第三回前にも、似た様な内容の紛れも無い宣伝文。『アーカイブもあります、聞いて下さい』と。
笑う。なんだよ、道理で急にアクセスが増えたわけだ。水臭いな。
彼女のフォロワーからの反応が気になって、タップする。
目に入ったのは、悪口雑言。
おお、叩かれている。
叩かれ方は、大体同じ。時間もおおよそ同じくらい、昨日の『馬鹿騒ぎ』終わりの時間位から。目につく三つのアカウントから、売名だったんですね、とか。そもそもお前のネタ糞つまんねえ、とか。聴くわけねえだろ、だなんてのも。時に短い暴言で、時にふんだんに熟語を用いたご立派な批評文で、見事に叩かれたり煽られたりでいらっしゃる。
しかもこんなに、何度も、執拗に。好意的な感想を書いてくれた人にまで、絡む様に横槍を入れて。
ニヤニヤと笑う。
せっかく律儀に宣伝したのに叩かれちゃって、可愛そうに。プロデューサーにも、ヨイトさんにも怒られて。
堪え切れずに、あはは、と小さく声に出した。
きっと今頃家で一人不貞腐れているのだろうあいつを指差して。
誰にも気づかれないよう頭を伏せ喉で笑いながら。
顔すら知らない人間をどうやったらぶっ飛ばしてやれるのか、瞼の裏で考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます