雑ヶ谷放送局・月曜日『万遍マンデー』のお時間です!
たけむらちひろ
1 最終回のお報せをしよう
『♯5 最終回のお知らせをしよう』
七月下旬 月曜日(祝日) 十九時四十八分。
日本一暑い街『
一年ほど前に幕を閉じた薄暗い小劇場の客席後方。ピラミッド型に高く積まれた壇の上。某サイトに開設された《暑いんだよ雑ヶ谷チャンネル》内で生放送されているインターネットラジオ《雑ヶ谷放送局月曜日・万遍マンデー》その第5回の配信中。
いつものご当地演歌のサビの部分が流れた後、ディレクターの
「はーい、例の『盆ソング』でしたー。で、ここでみなさんに番組から大事なお知らせがありまーす――」
ラジオ好きにはお馴染みの台詞を軽いトーンで読み上げる相方の声を聞きながら、
それは、最初から分かっていた事。もちろんリスナーは初耳だけれど。最初から、そう言う予定。たった六回の契約で始まった番組だから。
言わなくちゃいけない。ちゃんと、自分達の口で『終り』を告げないと。
だから。恭平は間髪入れずに驚いて。
「えっ!? 来週で番組が終わるってことじゃなくて!?」
相方は笑った。そして『来たな』という感じの悪い笑みを浮かべた彼女は、持ち前の透明な声をキンキンさせて。
「おいバカ待てキョーヘー! それは私がお知らせする大事な奴だろうがっ!」
「あ、そっかごめんごめん。はい皆さん! 相方から大事な大事な番組終了のお知らせがあるので聞いて下さいねー! それじゃあ尾張さん、張~り切ってどうぞ!」
恭平の昭和コールに従って、小柄な相方はくるくると腕を回しながら。
「ん~、六月からぁ~、今までぇ~、雑ヶ谷の魅力をお伝えしてきたこのウェブラジオ番組ですが~、来週ぅ~っ!」
そうしてユリカが力を溜めている間『ドゥラルルルル』と口でドラムロールを奏でていた恭平は、相方の呼吸を見計らい。
「ババン!」
「あれですっ!」
尾張ユリカ渾身の重大発表に、二人してけらけら笑う。
「聞きましたか皆さん! あれになるんですよっ!」
「ついに来週! この番組はこうで、こうなりますっ!」
「ワオ! ボディーランゲージ! お住まいの外国人のみなさんにも分かりやすい! さすが自治体公式ラジオだぜっ!」
『カメラはないぞ~』
音響ブースから飛んで来たディレクターの声に、けらけらと笑い声は加速度的に大きくなる。見れば、こんな軽いノリだけでディレクターもミキサーもみんなアホみたいに笑っている。
中でもとりわけ大きな口で笑う相方が、両手を腰に当てて『えっへん』と。
「こちら雑ヶ谷放送局! 公平公正、虚偽の無い番組です!」
「だね。ここまで言っといて、もしも来週あれがそうじゃ無かったら大変だよ」
「そうだそうだ。もしも来週そんなことがあって、時が江戸で、お前が武士だったらプロデューサーは打ち首だな」
指示語で言い続ける遊びから流れる様にプロデューサー女史をくさした相方の口ぶりに、恭平はニヤつきながら。
「やむをえないね。教科書によると江戸ってのは《士農工プ》の世の中だから」
「プ。」
《プ》を置きに行った恭平の言い方をユリカがけらけらと繰り返しつつ。
「そうだな。江戸のプロデューサーなんてそれ位の身分だもんな」
頷く。
「たまたま来週が平成で、僕が武士でない時期だからよかったけども……。まあ、頭丸める位ですむんじゃないですか」
「アハハ! お前、そんなん言ったらもうぜっったい続かないじゃんかこの番組っ! あのおばさんは意地でも終わらせるぞ! あ~あ、もしかして来週『実は続きます』みたいなの期待してたのになぁ~~。無いのかよ~ディレクタぁ~~打ち切りぃ~~」
ぐでっとだらけて足をばたつかせるユリカに向かって、恭平は大きく掌を横に振る。
「無い無い無い! だって俺達な~んにも貢献してないもん! そもそも雑ヶ谷の魅力を伝えてないし!」
「確かに! いつも何て言ってるっけ? 最初のとこ?」
えっと……と言いながら恭平は目の前のペライチ台本を手に取って冒頭部分を読み上げる。
「『この番組は、雑ヶ谷の魅力を万遍なく伝える番組です』」
向かいに座ったパーソナリティの二人、目が合って、呼吸が合い。
「「嘘だけど!」」
またけらけら笑い合う。
「あ~、やっと言えた~。もうずっと嘘を吐いてるのがしんどくてしんどくて――」
女子高生ががヨヨヨと泣きまねをしている間に、恭平は横目で時刻を確認する。
「――ホント、今まで本当にごめんなさい、リスナーの皆さん、すみません。私、何の責任もとりません」
「そっち!? いやでもほら、ちゃんと責任取って番組終わるし!」
十九時五十九分五十秒。
「内緒ですよ皆さん! じゃあまた来週! 多分番組の最後に、これが最終回でしたという重大発表があるので聞いてください! お相手は、長江恭平と!」
「尾張ユリカでしたっ! また来週っ♪」
テンション高く手を振った相方が、ふっと息を吐いて背もたれに小さな身体を沈める。少しずつ大きくなっていく盆踊りの曲の中、恭平もまた同じように喋りつかれた喉に水を流し込みながら、剥き出しの鉄パイプが走り回る天井を見た。
あと一回。あと一回で、サヨナラだ。
また来週なんて言うのは、今日で最後。
この一か月半続いていた週に一度の楽しい時間が、もう、あと一回で終わりなんだと思いながら。
ゆっくりと席を立つと、いつもの様に『う~ん』と伸びをした相方がピラミッド型に積まれた放送ブースの階段をたらたらと降りていくのが見えた。
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