14 ラジオ坂を駆け上がれ!


「おぉ、曲あるんですね。権利とか大丈夫なんですか?」

「ああ、これ? 大丈夫。雑ヶ谷音頭って奴だから」

「あー、成程。そう言えば聞いたことあります、小学校の時踊りました」

「そうそうそれね。どう、アスカ? 放送にも出てる? ……オッケー。じゃ、二人とも、これエンドレスで行ける曲だからちょっと休憩アンド説教ね」


 どうやらヨイトが回線を切り替えたらしく、今放送上にはマイクの音ではなく『はああは~っ、雑ヶ谷音頭であっそれそれ~♪』で住民たちにお馴染みの音楽が流れている様だ。

 苦笑しながらペットボトルを手にした恭平の前、ユリカはきょろきょろと相棒とスタッフを見比べながら。


「? なんだよ? おい、長江、私なにか駄目な事言ったか?」

「あ、いや。尾張さんのせいじゃなくて」


 言葉を濁した恭平と村田ディレクターの目がちらりと合った。


「はは、別に二人のせいとかじゃあないよ。今日はテストだし、とにかく自由にやって見て二人のリズムってのを掴みたかったし」


 劇場の後方、音響機材のあるブースから舞台を見下ろす様に造られた小窓から身を乗り出したディレクターが優しく笑う。


「でもまあ、さすがに、ね。今の感じじゃあ、何て言うか、楽屋っていうか……ああ、『部室』だな。部室で二人喋ってる感じだから。いや、まあ、勿論フリートークはそれでもいいんだけど。番組としては、もう少し開いた感じでやって貰いたいんだよね」


 興奮が消えないまま、恭平はディレクターの目を真っ直ぐに見て何度も頷く。対して目の前の相方は『意味が分からん』と言った具合におかっぱの下の眉毛をうねうねと歪めていた。


「ま、その辺はもうちょっと台本にも落として来るからさ。んじゃ、恭平。曲開けにしっかり番組名と今週の金曜から本放送だってのを言って、あともう一回自己紹介しながら、雑ヶ谷と自分達の関係とか喋ってくれるかな? 一応、曲開けの台本の流れに沿ってみて」


「あ、はい。ええっと、分かりました」


 ヘッドフォンもイヤホンも無い小劇場の設備だから、パーソナリティとスタッフの会話もガラスのはまっていない小窓を通じて直接だ。文化放送辺りでよく見るマイクのオンオフを切り替える『カフ』とやらも、当然恭平たちの手元には無い。


「ヨイト、いける? じゃ、次の『はああは~っ』終りに再開で。いくよー、十、九……」


 カウントダウンが進むにつれて、恭平は頭の中を整理する。

 ええと、番組名を言って、今週金曜から放送開始……ああ、成程これを読めばいいんだな。良く見ればちゃんと台本に書いてあった台詞を目で確認しつつ、ディレクターの指を見て。


「はい。聞いていただいたのは雑ヶ谷の皆さんにはお馴染みの『雑ヶ谷音頭』でした――でね、尾張さん。今みなさんがお聞きのこの番組が、一体何かと言う話をしなければならないわけですよ」


「おー、そうか――」


 目をぱちくりとさせたユリカは、慌ててしわくちゃの台本に目を落としきょろきょろと。


「――ええと、『ところで、恭平君。さっきから言ってる『雑ヶ谷』っていうのは、一体なんなの?』」


「『なんなの?』って」ちょっと笑うと、ユリカは『なんだよ』と低い声。


「『それはね、ユリカちゃん。僕らが今番組をお届けしているこの街の事なんですよ』『ユリカちゃんは高校に入るまで雑ヶ谷って言ったらどんなイメージがあった?』」


 あからさまに嫌そうな顔をしている相方を見て、恭平はにやにやと。


「ねぇ、ユリカちゃん? どうなの? 教えてよユリカちゃん。ユ~リカちゃ~ん」


 声を作った恭平に、ユリカはビチッと奥歯で苦虫をかみつぶした。


「やめろ。親から貰った大事な名前が汚れるだろうが」

「教えてよユリカちゃ~ん。ねぇねぇユリカたんはどんなパンツで雑ヶ谷を見てたの?」

「可愛い奴だよ、可愛い奴! お前が見た事も無いような虹色のおパンティ様じゃっ!」

「虹! あはは、なにそれ。すげえ良い匂いしそう」

「まあな……っておい。ちょっ、長江やめろ、嗅ぐなって、本番中だぞっ」

「嗅いでねえよ! なんで本番中に――いや本番以外でもやんないよ!」


 まるでそこに何かがいるかのように机の下に向かってわちゃわちゃ始めた相方に、恭平は手を叩きながら。


「はいはい、尾張さん! なんでちょっと嬉しそうな顔してんだよ。はい、台本に戻りますよ! で、雑ヶ谷と言えば熱い街でお馴染みで」

「そうそう。あとドラマにもなったな」


 真面目に、雑ヶ谷と言う街を紹介しながら。


「ですね。三年? 四年前だっけ? そっちで知ってるって人もいるかもね。坂下の水上カフェとかが有名になった」


「な。行ったことある?」


「あ~、まあ、一回行った事があるんだけど。なんかすっごいお洒落で……」


 おまけにテーブルがびちょびちょだったし……と喉に上がってきたトークをひっこめる。店名こそ出していないものの、特定できる情報を出している。公式番組で悪口は厳禁だ。


 しかしそんな恭平の向かい側で、『お洒落』と名のつくものには牙を剥くでお馴染みの深夜のハガキ職人様はきゅうっと瞳を眇めていた。


 あ、ヤバい。こいつは――


「行ったことがあるぅ? 水上の? お洒落なカフェに? その顔で?」

「おう、その顔でってなんだよ! 親から貰ったベビーフェイスだっつうの!」


 幸いにも相方の攻撃が自分に向いてくれたことに安堵しつつ、テンション高めに返しておく。


「ベビーフェイス」それに相方は笑いながら繰り返して。


「すまんすまん。間違えたわ。どんな顔して行ったんだって言いたかったの」

「ああ、そうなんだ。これはごめん。ちょっと顔面の出来にはコンプレックスがあるもので、つい」


「あー……うん。そうだな。で、長江。そのお洒落なカフェに、お前の様なモノがどの面下げて行ったんだ?」


「? ん? あれ? おかしいな? ちょっと意味が変わってない?」


「? あれ? そうだった?」


「いや、変わってるって言うか、なんだろ、別のニュアンスが――」

「ああ、ニュアンスな。ニュアンスの違いだって。で、長江みたいな不細工がなんでそんなカフェに用があるんだ?」


「……あっれ? おっかしいな? え? それニュアンス? ホントにニュアンスだけ違う?」


「うんうんうん。ニュアンス、ニュアンスだから気にするなって。で、お前の様な童貞丸出しの不細工野郎が――」


「ニュアンスッ!! お前のニュアンスが有り余るッ!!」


 言葉遊びの様な全力突っ込みをかましながら、二人してケラケラ笑い合い。そのまま上がり切ったテンションでギャーギャーと騒ぎ、やがてはブースの中のスタッフも巻き込んで『ニュアンスの神様ごっこ』でふざけている内に、あっという間に万遍マンデーの第零回放送は終わりを迎えた。



 ――そして、放送後。


「……えっと、アクセス数は五十二だね」

「五十二!?」

「え、結構あるんですね」


 アスカが弄るPCを覗き込んだ村田ディレクターの言葉に、水を煽っていたパーソナリティの二人は真逆の反応でスタッフブースの小窓を見た。


「うん、チャンネルの他にも一応ホームページとか公式ツイッターで告知もしてたしね。……う~ん、でも三桁はほしかったけどな~」


「いやー、三桁行ったら人気番組ですね~」


 音響機器を担当していたヨイトも、ひょいっとヘッドフォンを外しながら。


「ま、最初はこんなもんっしょ。あー笑った、なんだよ、キョーへー。お前ら割とおもしれえじゃん」

「いやいや、俺は別に」


 などとすっきり笑顔で言い合う男達に、紅一点のキノコモドキは唖然として。


「……正気か? え? もしかしてラジオってそんなもんなのか?」


 一人置いてけぼり状態のぽかん顔に、男達の視線が一斉に集まった。


「? そうだけど? 尾張さん知らなかったの? テレビと違って、ラジオって百人聞いてたら凄い方だよ」


「そうそう。ほら、君達の好きな『馬鹿騒ぎ』だって生放送を聞いてる人は三百人位なものさ。ね、アスカ」


「まあ、それでも化物級にすげえけどな。な、キョーヘー」

「……そ、そうなのか? ?? そ、そうか……じゃあ、結構すごい、のか?」


 真顔で説かれる嘘にしきりに首を捻る女子高生の姿を見ると、男達の悪乗りは加速して。


「よっ、人気パーソナリティ! ユリカ・ザ・ラジオスター!」


 などと囃し立てるチャラ男や、


「わはは。俺達も負けてらんねえ欄ねーちゃんだな」


 寒い駄洒落をぶっこむ甘いマスクのお兄さんなどなどに。


「……な、なんかおかしくないか……」


 と最初こそ違和感を口にしていた彼女もやがて――。


「よーし! アスカ、キョーヘー! 私について上がって来い! このラジオ坂をなぁっ!」

「へいっ! 姉貴! 来週も一丁よろしくお願いします!」


 と言うラジオスターごっこを繰り広げる集団の先頭として、スカートを翻しながら意気揚々と地下スタジオの階段を駆け上がっていったのであった。


 その夜、今日の放送を録音してくれたモノを聞き返しながら悶々としていたアメリカンヘッドフォンスタイルの恭平のスマホに。


『やっぱり嘘じゃないかっ! お前等、許さないからなっ!』


 と言うアイアンメイデンが開閉するスタンプ付きのメッセージが届いたが、積極的にスルーした。なにしろ学校では話しかけない約束なので一週間くらいは怒られることは無いのである。


 あと、ラジオ坂を駆け上がる尾張ユリカのパンツは何の変哲もない白だった。


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