第43話 ダイのピンチ
沙羅は車を走らせ、丘の近くまで来た。この辺りまでリーモスがカート室長を誘導したはずである。彼女は車を降り、角材を手に持った。
「ダイは? ダイはどこに?」
多分、ダイはリーモスを助けるため、カート室長に戦いを挑むだろう。だがカート室長は強敵だ。ダイは一度敗れている。沙羅の頭の中では不安ばかりが交錯していた。
すると「ううう・・・」という呻き声が聞こえてきた。沙羅はすぐにその声がする方に走った。するとダイがうつぶせに倒れて苦しみ、その前にはカート室長がいるのが見えた。
(ダイが、ダイがやられている・・・)
沙羅の悪い予感は当たってしまった。ダイはカート室長の魔法によって体を強く抑えられている。
「苦しいか? もっと苦しめ!」
カート室長の声も聞こえてきた。
(このままではダイが殺されてしまう。私が何とかしないと・・・
沙羅は決意した。自分がダイを救おうと・・・。無謀と知りつつも彼女はカート室長に一撃を加えようと思った。そこで身をかがめてカート室長の背後からそっと近づいた。普段なら勘のいいカート室長に気づかれてしまう。だが彼はダイを痛めつけるのに夢中になっている。背中はがら空きだ。
(今だ!)
沙羅は立ち上がり、後ろから角材で思いっきり打ち付けた。
「うわっ!」
不意打ちにさすがのカート室長は声を漏らして背中をそらせた。それで魔法が解け、ダイはやっと苦痛から逃れた。
「ダイをひどい目に遭わせたわね! 許さないから!」
沙羅は続けざまに角材で殴りつけた。カート室長は頭を抱えて膝をついた。それでも彼は横目で殴りつけてきた者を見た。
「お、おまえか!」
「そうよ! 私が相手よ!」
沙羅はさらに打ち据えようとした。だがカート室長はその角材を左手で受け止めた。そして立ち上がり、大きく沙羅を「ばしっ!」とはたいて地面に倒した。
「この女め! おまえも殺してやる!」
カート室長の目は憎悪に満ちていた。恐ろしいほどに・・・。そしてその右手を上げて必殺の魔法を放とうとしていた。
(こ、殺される!)
沙羅は恐怖で身を固くして目をつぶった。すると、
「バーン!」
と大きな音がした。沙羅が目を開けるとカート室長は吹っ飛ばされて地面に叩きつけられて失神していた。ダイが身を起こしてとっさにソニックブラスターを放ったのだ。
(助かった・・・)
沙羅はほっとして立ち上がった。そしてダイの元に駆け寄った。
「ダイ! 大丈夫?」
「君は無謀だな。カートに角材で立ち向かうなんて」
「ふふふ。一人でこんなところに来る誰かさんよりましよ」
沙羅は手を貸してダイを立たせた。そして近くで倒れて気を失っているリーモスも・・・。呼びかけると目を開けた。
「リーモスさん。あなたのおかげよ。倉庫の方は片付いたわ」
「それはよかった」
「無茶させたわ。ニシミさんにも申し訳ない・・・」
「いいのですよ。これくらいでは償えない・・・」
すると遠くから声が聞こえた。
「班長! ユリさん! 大丈夫ですか!」
それはナツカたちだった。彼らも駆けつけてきたのだ。ダイと沙羅が大きく手を振った。
「大丈夫だ。リーモスさんも」
「カートは?」
「あの通りだ」
ダイは倒れているカート室長を指さした。
「班長が倒したのですね?」
「いや、彼女だ」
「えっ! ユリさんが?」
「彼女が来なければ危なかった。今回のことはすべて彼女の手柄だ」
沙羅はダイにそう言われてこそばゆかった。でも照れ隠しにわざとこう言った。
「当然よ! 私がいないとあなただけでは心配だから」
ダイの方を見ると彼は笑顔を向けてくれた。沙羅もにっこりと笑い返した。
◇
事件は解決した。トクシツ、いやカート室長の企みは潰えたのだ。一連の事件に関わった者たちは収監された。やがて法の裁きを受けるだろう。だがすべて終わったわけではなかった。この後始末をどうするかで第27管区警察本部の幹部の意見が割れていた。
最も考慮すべきことは別の世界との関りをどうするかということだった。会議が開かれ、向こうの世界の代表として森野刑事も呼ばれて意見を聞かれた。
「彼らはこの世界でドラッグを作り、こちらの世界で被害を出したのは確かです。犯人を引き渡していただきたい。もちろん斉藤直樹を殺害した藤堂三郎は連れて帰り、こちらの裁きを受けさせます」
「しかしそれでは別の世界の存在を公表することになるのですよ」
「そうなるでしょう。現にこの世界があるのですから」
「それではどちらの世界も混乱する。2つの世界は通じてはならないのです」
幹部の多くは別の世界の存在を隠したいようだった。
「早い話、この世界と向こうの世界がつながっていたのをなかったことにするというわけですか?」
「我々は2つの世界が通じたことを秘密にしたいのです。多分、あなた方の世界の責任者もそう思うでしょう」
「ではこの犯罪に目をつぶれと? 人が死んでいるのですよ!」
森野刑事は声を荒げた。
「それでは森野さんにお尋ねします。あなたはこちらで起こった犯罪をあなたの世界の裁判でどう立証するつもりですか?」
「藤堂の殺人については凶器と目撃証言、それで十分でしょう」
「しかし現場はここだ。目撃者もあなた以外、こちらの人間だ。まずこの世界の存在を示さねばならない。だが我々は協力しない」
「それは・・・」
「あなたの気持ちはわかる。我々も警察の人間だ。罪を犯した人間をそのままにしておけない。だが現場をここだ。彼らを裁くには我々の世界なのです」
そう言われて森野刑事はため息をついた。
「ドラッグの件もそうです。もうこちらからドラッグがそちらの世界に行くことはない。それにロイ教授により、近々、次元の穴ができないような装置を三下高原に設置するつもりです。これで解決したと思っていただけませんか?」
「しかし被害者が・・・」
「あなたには毒消し草をお渡しします。それがあれば魔人草から精製したドラッグから回復できるはずです」
幹部からそう説得されて森野刑事はしぶしぶ納得するしかなかった。だが彼も条件を付けた。これらの犯罪をした者たちを必ず、こちらの世界の法の下に罰すると・・・。
森野刑事はこの異世界に来た人たちとともに元の世界に帰ることになった。この異世界のことは誰にもしゃべらないと約束させられて・・・。彼らもこのことを話したところでまともに取り上げてくれるところはないことをわかっていた。
◇
森野刑事は帰る前に沙羅を訪ねてきた。彼はリビングに通されて、すぐに話を切り出した。
「今夜、元の世界に帰ります。あなたはどうするつもりなのですか? 我々と帰らないのですか?」
「私ですか?」
「ええ、あなたは斉藤沙羅。ナミヤ・ユリじゃない」
沙羅は迷っていた。元いた世界に戻り、父と母に会い、SARAブランドの仕事をしなければならない。だが・・・。
「ここに長く居過ぎました。ここの皆さんと別れるのがつらい」
周りにはまだ本当のことを言っていない。だからユリだと思っているだろう。彼女はもう短くない期間、ユリとしてこの世界で生きてしまっているのだ。
「ダイさんのことですか?」
森野刑事が単刀直入に聞いてきた。
「ダイは・・・」
沙羅はそれにはっきり答えられない。あれからダイと話す機会もあったが、彼は何も言ってくれなかった。「帰らないでここにいてくれ」とは・・・。
沙羅はただうつむいて、じっと膝の上で握ったこぶしを見ていた。その様子を見て森野刑事はすべてを悟った。
「わかりました。我々だけで帰ります。ただ次元の穴は今後、できなくなるでしょう。その装置が近々、完成するそうです。それまでに考えた方がいい。あなたに次元の穴が開く場所と時間の表をお渡しします。では私はこれで・・・」
そう言って森野刑事は帰って行った。
次の更新予定
虹の向こうにあなたがいる 広之新 @hironosin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。虹の向こうにあなたがいるの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます