第42話 死の運命
藤堂は2階の部屋から戦いの様子を眺めていた。最初は優勢だったのに、あれよあれよという間に崩され、監察警官たちが逮捕されている。
「こりゃ、いけねえ!」
藤堂は逃げることを決意した。この異世界にいては自分も逮捕されるのは確実だ。三下高原に行けばワームホールが開いている場所があるかもしれないと・・・。彼はあわてて二階の窓からロープを垂らした。
ダイの様子に不安を覚えた沙羅が直樹とともに地下から上がって来た。戦いはすでに決着し、監察警官たちは拘束されて逮捕されている。遠くに見えるダイも無事なようで沙羅はほっとしていた。だが直樹は見つけてしまった。
「あいつは!」
藤堂が2階からロープを伝って下りてきたのを見たのだ。この混乱に乗じて逃走しようとしていると直樹は思った。
「逃がさない!」
直樹は倉庫の外に出て追って行った。沙羅は嫌な予感がした。兄によくないことが起こるような気がして・・・。
「待って! 兄さん! 危険よ」
沙羅は直樹を追って行った。
藤堂は2階からやっと下りた。幸い、保安警察官は中に突入して誰もいない。このまま逃げ去ろうとすると後ろから声をかけられた。
「藤堂だな! 麻薬取締官だ。事情を聞かせてもらうぞ!」
すると藤堂は振り向きざま、拳銃を抜いた。
「この世界じゃ、それは通用しないぜ!」
「藤堂! おとなしくしろ! おまえも見ただろう。お前の仲間はすべてこの世界の警察に捕まったぞ!」
「それがどうした? 俺は元の世界に帰るだけだ。どうせ証拠はないんだろう? 誰も信じないぜ。魔法の世界でドラッグを作って持ち込んだとはな」
確かに藤堂の言うとおりだった。そこに沙羅が駆けつけた。
「兄さん! 大丈夫なの」
「沙羅! こっちに来るな」
それを聞いていた藤堂は眉間にしわを寄せた。
「沙羅? ということは斉藤沙羅か?」
「それがどうした?」
「そうか、この女が沙羅か。ボスの言っていた・・・。ユリだと思っていたが、沙羅だったのか・・・」
藤堂は一人でうなずいていた。彼の中で合点がいったのかもしれない。そして藤堂は沙羅に拳銃を向けた。沙羅はビクッと驚いていた。
「何をする!」
直樹が声を上げた。
「この女のせいでかき回されてしまった! こいつだけは許さねえ! ここで殺してやる!」
藤堂は沙羅に向かって拳銃の狙いをつけた。引き金に指がかかろうとする。
「やめろ!」
とっさに直樹が沙羅の前に立った。それと同時に拳銃が発射された。
「バーン!」
拳銃の弾が直樹の胸を貫いた。辺りにパッと鮮血が飛び散った。
「ううっ!」
直樹は胸を押さえて倒れた。その胸から血がどくどくと流れている。
「兄さん!」
沙羅は驚いて声を上げた。藤堂はそれを見て舌打ちした。
「しくじったな! だが今度こそお前を撃つ!」
藤堂はあらためて沙羅に銃口を向けて撃鉄を引き上げた。沙羅はその銃口を見つめるだけで何もできない。すると後方で走ってくる足音が聞こえた。
「藤堂! 拳銃を捨てろ!」
森野刑事が駆けつけてきたのだ。その手には取り戻した拳銃が握られている。空に向けて一発「パーン!」と威嚇射撃をした後、藤堂に拳銃を向けた。
「このクソ
藤堂は森野刑事に狙いを変えた。
「バーン!」
銃声が響き渡った。すると藤堂は拳銃を落として右手から血を流していた。森野刑事が藤堂の右肩を撃ち抜いたのだ。
「藤堂! もう逃げられんぞ!」
森野刑事はすぐに駆け寄った。藤堂は拳銃を拾おうとするが、森野刑事が足で蹴飛ばした。
「くそ!」
「おとなしくしろ!」
森野刑事は藤堂を組み敷いて手錠を出した。藤堂はその下で逃れようと必死にあがいている。
「藤堂三郎! 傷害の現行犯で逮捕する!」
手錠をかけられて藤堂はやっとおとなしくなった。
沙羅は直樹を抱き起した。直樹はもう虫の息だった。
「兄さん! しっかりして!」
「せ、せっかく会えたのにな・・・もうお別れだな・・・」
「兄さん・・・」
「父さんと母さんに・・・よろしく言っておいてくれ。沙羅も幸せにな・・・」
直樹はそこでこと切れた。
「兄さん! 兄さん!」
沙羅が涙を流して呼びかけるが直樹が目を開けることはない。藤堂を連行する森野刑事は沙羅に何か声をかけようとしたが、その言葉すら見つからなかった。沙羅は直樹の亡骸にすがっていつまでも泣いていた。
◇
ダイはすべてが終わったと思っていた。トクシツの陰謀が暴かれ、監察警官が逮捕されたのを見て・・・。だがあることに気付いた。
「カート室長は? カートがいない」
ダイは逮捕されて連行されていく監察警官を見ながらそう声を漏らしていた。
「カートならリーモスさんが別の場所に連れ出しています」
ナツカがそう言った。
「リーモスさんが?」
「ええ、彼はトクシツの調査員でした。班長たちのことを探っていたんです。でもユリさんの機転で暴き出すことができました。それでリーモスさんは反省して私たちに力を貸してくれることになりました」
「それでリーモスさんはどこに?」
「多分、丘の方だと思います。今頃、カートは地団駄踏んでいるでしょう。ここが押さえられたのですから。カートにもう逃げる場所はありません」
「いや、そんなことじゃない。カートがこのことを知れば、リーモスさんの裏切りに気付く。そうなら彼が危ない!」
ダイはあわてて外に出て行った。そこにはちょうど1台のバイクが停まっていた。
「バイクを借りるぞ!」
ダイはバイクの飛び乗り、「ブオォーン!」と爆音を上げて走り出した。
◇
沙羅は直樹の亡骸が運ばれていくのを見守っていた。やっと会えたのに、こうしてまた別れが来るとは・・・彼女は何も考えられない状態だった。
「ユリさん! 大丈夫ですか?」
ナツカが沙羅を見つけて駆け寄って来た。沙羅は慌てて涙を拭いた。ここではまだユリを装わねばならない。
「ええ、大丈夫です」
「こちらも片付きました。本部や第1分署から保安警察官が来たからもう大丈夫です。班長を助け出していただいたのですね」
沙羅はダイのことを忘れていた。あまりのショックなことがあったので・・・。
「ダイは?」
「それが・・・リーモスさんを助けると言ってバイクで飛び出して行かれました」
「ダイが?」
「ええ。カートはこのままでも追い詰められますのに・・・」
沙羅は胸騒ぎがした。ダイはカートにやられたのだ。もしかして今度も・・・そう思うと居ても立ってもいられなくなった。
「私も行きます! 車を借りるわね!」
沙羅はまたあの角材をつかんでいた。そして保安警察の車に乗り込み、そのまま猛スピードで走らせて行ってしまった。
「ユリさんまで・・・・。確かに班長が心配かも・・・。私たちも行かないと・・・」
ナツカはそう言って仲間を呼びに行った。
◇
丘の上ではカート室長たちの前にリーモスが両手を広げて立ちふさがっていた。彼の得意技「多重結界」でカート室長や監察警官の動きを封じている。この状態でしばらくにらみ合っていた。
「何の真似だ?」
「ここから室長を行かせるわけにいきません!」
「何だと!」
カート室長は鋭い目でリーモスをにらんだ。
「俺に刃向かうというのか?」
「はい。わたしはもうあなたのやり方にはついていけません」
「そうか。それなら俺の恐ろしさを思い知らせてやろう」
カート室長は不気味な笑みを浮かべた。そして呪文を唱えると多重結界は一枚ずつ粉々に割れて、やがてすべてが吹き飛んだ。
「こ、こんなことが・・・」
「俺の魔法にかなうと思うのか? 調査員ごときが・・・」
それでもリーモスはすべての力を使って多重結界を再生する。
「無駄なことを・・・」
カート室長は何度もそれを打ち破った。だがリーモスはあきらめない。
「たとえこの身が動かなくなろうともここから前には進ませない!」
何度でも何度でも・・・魔力が枯渇するまでそれを続けて時間を稼ごうとしていた。これにはカート室長に嫌気がさしてきた。
「お前、死にたいようだな」
必死に多重結界を維持するリーモスに向かってカート室長は右手を差し出した。
「グラビティウス!」
すると多重結界は砕け散り、リーモスの上に大きな重力がかかった。彼はその重さに耐えきれず、膝をつき、そして両手もついた。
「いいざまだ! もっと重くしてやる!」
「うわっ!」
リーモスは声を漏らしてうつぶせに倒れた。重みが体全体にかかり、背骨がギシギシ言っている。
「どうだ? 裏切者はこうなる。さあ、詫びろ! 許しを請うのだ!」
「お、おまえなんかに・・・」
リーモスは苦しみながらも必死に耐えていた。
「よかろう。おまえはここで押しつぶされて死ね!」
「ぐわあああ!」
リーモスは悲鳴を上げた。体中の骨にひびが入り、今にも折れそうになっている。彼は気を失い、その体は押しつぶされようとしていた。
だがその時、バイクの音が聞こえてきた。カート室長が振り返ると、ダイがバイクに乗って向かってきていた。
「死にに来たか! フフフ」
カート室長は不気味に笑った。ダイは近くまで来てバイクを止め、ゆっくりカート室長の方に歩き出した。すると監察警官たちがダイに向かってきた。
「ウインドナイフ!」
「ヒートショック!」
「アイスバーン!」
だがダイはそれをことごとく結界で防ぐ。そしてそれぞれに「ソニックブラスター!」を放っていった。
「うわあ!」
監察警官たちはその場に倒れた。ダイはさらに進んでいく。カート室長はリーモスへの魔法を解き、ダイの方に向き直った。
「よく来たな!」
「倉庫や地下組織は抑えた。おまえの部下もだ。悪事はすべて露見した。もう逃れられない。潔く縛につけ!」
「おまえひとりで何ができる。今度は息の根を止めてやる! グラビティーウェーブ!」
カート室長はいきなり重力波を放った。ダイは間一髪、それを避けて、
「ソニックブラスター!」
を放った。しかしカート室長は重力の壁でそれをはね返す。ダイは接近して勝負をつけようとした。得意のソニックソードで・・・。だがその前にカート室長は得意技を発動していた。
「グラビティウス!」
カート室長に右手を向けられ、ダイは背中の重みで動くことができない。やがて膝をつき、両手を地に着いた。
「どうだ? 貴様は俺を倒すことなどできない。哀れな姿だぞ」
カート室長は弄ぶかのように少しずつ重さを加えていく。
「うわぁ」
ダイは苦痛の声を上げ、地面にうつぶした。その体は少しずつ地面にめり込んでいる。
「どこまで耐えられるかな」
カート室長は残虐な笑みを浮かべていた。
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