第41話 攻勢

 カート室長は部下とともに三下高原近くの丘に向かった。そこには男が待っていた。


「場所はどこだ?」

「案内します」


 男はリーモスだった。通信機で「ダイの仲間を尾行している」と連絡して、カート室長をここに向かわせたのであった。


「奴らはどこに向かっているんだ?」

「この近くに隠れ家があると言っていました。密かに用意していたのかもしれません」


 リーモスはどんどん先に歩き出した。カート室長はその後を歩きながら上機嫌だった。


「奴らは第1分署に行くとわざとラールたちに聞こえるようにしゃべり、我らを欺こうとした。だが近くに情報員がいて盗聴しているのには気付かなかっただろう。ふふふ。これで今度こそ一網打尽だ!」

「ええ。まことに。室長のお考えには感服いたします」


 リーモスは適当に調子を合わせていた。このまま行けば相当時間が稼げると・・・。だがしばらくすると何を思ったか、カート室長が急に立ち止まった。


「どこまで行くつもりだ?」

「えっ? 奴らはこの先です」

「本当か?」

「ええ。もうすぐです」


リーモスは額から冷や汗が流れているのを感じていた。カート室長はそれを見逃さなかった。


「おまえ! 嘘をついているな!」

「な、何をおっしゃいます」


 リーモスは内心、ひどく動揺していた。それを何とかごまかそうとしたが、カート室長はリーモスの意図に鋭く感づき始めていた。


「おかしい。この方角に奴らが行くはずがない。何のために俺たちをここに連れてきた?」

「いえ、そんなことは・・・」

「ははーん。奴らに施設を襲わせているな。無駄なことを・・・」


 カート室長はすべてを見抜いた。


「室長。私はそんなことを・・・」

「裏切り者は許さん!」


 それだけ言い捨てて、カート室長は踵を返した。リーモスは焦っていた。このまま戻られてしまうと計画が破綻してしまうと・・・。


 ◇


 沙羅たちはあの倉庫に向かっていた。遮蔽されているがロークの案内で場所はわかる。負傷したナツカもヒーリング魔法でそこそこ回復していた。カート室長たちはリーモスに騙されて遠方に連れ出されているはず、ここには少数の監察警官しか残っていないと踏んでいた。


「さあ、行くわよ! みんな!」


 沙羅の手には途中で拾った角材が握られている。これさえあれば、接近して一撃を加えることはできる・・・沙羅も4人とともに突っ込んで行くつもりだった。


「できるだけそうっと」


 ナツカが声をかけた。彼女は前回、敵の罠にかかっているから慎重だ。すでにロークが倉庫の壁に取り付き、透視魔法を使って中を確認している。彼の手の動きから中に2名の者が見えるようだ。一方、ラオンとハンパは裏の方に回っていた。沙羅が何も言わなくてもナツカが手を回している。


 ナツカはそうっとドアを開けた。中に2名の監察警官の姿があった。


「ウォーターブレッド!」


 続けざまに放たれた水の弾丸がその2人を吹っ飛ばした。そしてその後をロークが続いて行く。裏の方からも大きな音がした。ラオンとハンパが突入したようだ。だがその音で地下で待機していた監察警官が続々と姿を現した。そこは戦いの場となり、魔法の応酬が始まった。


 沙羅も身をかがめてそっと中に入った。戦いに必死で監察警官は彼女に気が付かない。


「地下への入り口は?」


 と辺りを見渡すと、それらしい場所があった。蓋の開いたマンホールに梯子がかけられている。沙羅はその中に入り、梯子で下りてみた。中は薄暗い光が灯っている。


(まるで工場だわ!)


 大きな機械がたくさん置かれている。沙羅はそこを走り抜けた。すると奥に牢があった。中に人がいる。だが外には監察警官が一人、警備に立っていた。


(ここが腕の見せ所だわ!)


 沙羅は角材を2,3度振り回すと、そっと監察警官の背後から忍び寄った。そしてその背中に一撃を加えた。


「うわっ!」


 案外簡単に倒れた。そしてその腰にあるカギを取り、牢のドアを開けた。


「助けに来たわ! もう大丈夫よ!」

「助かった!」


 牢にいた人たちは続々と外に出て行く。その大半は向こうの世界から来た人たちだ。その中に、


「沙羅!」


 彼女を呼ぶ聞き覚えのある声が聞こえた。その人の顔を見て沙羅は驚きの声を上げた。


「兄さん! ここにいたのね!」


 それは直樹だった。2人は思わぬ再会に抱き合って喜んだ。


「心配していたのよ。どれだけ探したか・・・」

「すまない。ここから抜け出せなくて・・・」


 そして出てきたダイが沙羅に声をかけた。


「よかったな。お兄さんと会えて」

「ありがとう。ダイのおかげよ」

「みんなは?」

「戦っているわ」

「わかった」


 ダイは沙羅とそれだけ言葉を交わすとすぐに地上に抜けるマンホールに向かった。沙羅はダイもうれしさで抱きしめてくれると期待していたが・・・。ただダイの顔が蒼白で弱々しく見えた。

 そして森野刑事も出てきた。


「森野さんもいっしょだったのですね」

「ああ、お兄さんから話は聞いた。これで事件の概要がつかめてきた」

「それはよかった」

「だがダイさんのことだが・・・お兄さんの話からユリさんが亡くなったことを知ってしまった」

「ユリさんは亡くなっていたのですか!」


 それはダイにとって生きる希望だった。その彼女はもうこの世にいない。直樹が言った。


「ユリさんは僕の前でググトに殺された」

「ユリさんはダイの婚約者だったの。どんなに気を落としているか・・・」

「えっ! そうだったのか! そうとも知らずに話してしまった。僕とユリさんのことについて・・・」


 沙羅はそれを聞いてすぐにピンときた。兄はユリさんと恋に落ちていた・・・そんな事実もダイは知ってしまったのだ。気のせいか、さっき会ったダイは生きる気力を削がれているようにも思えた。


「ダイが心配だわ。無茶をするようで・・・。私、見てくる」

「それなら僕も行こう!」


 沙羅と直樹も地上に向かうことにした。



 地上ではナツカたちは苦戦していた。エリートぞろいの監査警官たちはなかなか手ごわい。魔法の攻撃を何とか、結界で防いでいた。


「このままではもたないですよ」


 ハンパが珍しく弱音を吐いた。


「これぐらいで音を上げないの。新人! がんばれ!」


 ナツカは何度も励ましていた。だが彼女自身も死を覚悟するような不利な状況だとわかっていた。向こうではラオンが地面を動かして監察警官の動揺を誘い、ロークがファイヤーボールを投げつけている。だが彼らも疲労の色が濃い。


「このままでは・・・班長がいてくれたら・・・」


 ナツカは思わずつぶやいた。


「呼んだか?」


 声がしてマンホールからダイが出てきた。


「班長!」


 ナツカは思わず歓喜の声を上げた。班長が来てくれたら勇気百倍だと・・・。一方、ダイに気づいた監察警官がすぐに襲ってきたが、ダイは接近してパンチとキックで叩きのめした。


「ユリに助けられた。これを何とかしてくれ」


 ダイの首には魔法を使えなくする首輪がはめられている。それをナツカは監察警官と戦いながら隙を見て魔法で外した。


「これでいい。行くぞ! ソニックブラスター!」


 ダイは魔法を繰り出した。まず爆発を起こして監察警官を吹っ飛ばすと、戦いの中に突っ込んでいった。まるで何かの思いから逃れるように・・・。その勢いで監察警官の多くが倒れた。

 後方で指揮を執っていたラールは急な形勢逆転に驚いて大声を上げた。


「ひるむな! 敵は5人だ! 行け! 行け!」


 だがダイが命知らずの獅子奮迅の戦いをしており、監察警官側が浮足立っていた。そこに外から多くの足音が響いてきた。それはもう倉庫を包囲しているようだった。


「本部並びに第1分署の保安警察隊だ。特別取締室は重大な罪の侵している容疑がある。監察警官たちよ! おとなしく投降せよ!」


 外からシマーノ副本部長の声が聞こえてきた。


「抵抗は無駄だ! おとなしく出て来い!」


 ダイタク署長の声も聞こえた。ミオの要請で2人が立ち上がって保安警察官隊を差し向けてくれたのだ。


「おのれ! もうこうなったら我らに助かる道はない! 戦え! 戦い抜け!」


 ラールが叫ぶが監察警官たちは完全に戦意を喪失していた。そこにダイタク署長に率いられた保安警察官隊が踏み込んで来た。


「トクシツの関係者はすべて逮捕する!」


 保安警察官たちは監察警官を組み敷いて拘束していった。それでようやく戦いは終わった。

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