第40話 最期の姿

 直樹は閉じていた目を開いた。やっと話せる気持ちになったようだ。


「僕は一刻も早く、ユリさんを助けに行こうと思った。しかし次元の穴がいつ開くのかはわからない。とにかく僕は家に帰り、もらったロケットを沙羅に渡した。もしかして2度と会えないかもと思って・・・。そして食料や水、特殊警棒をバッグに詰めてその足で三下山に向かった・・・」


 直樹は話を続けた。


      ――――――――――――――――――――――


 直樹は何とか異世界に戻ろうと三下山に登った。元々、次元のゆがみがあるうえにユリのモーツェイカの笛の作用により、次元の穴が生じやすくなっている。直樹が必死に探し回ると、虹の光を発見した。


「あそこだ!」


 小さい穴だったが直樹は躊躇せずに飛び込んだ。虹の光に幻惑されながらも意識を失わず、地面に下り立った。


「ここは?」


 そこはあの草原だった。異世界に戻って来られたのだ。


 直樹はすぐにあの倉庫の近くに行った。遮蔽されて姿は見えないが、大体の場所はわかる。彼はすぐに踏み込むようなことはしなかった。そんなことをしても奴らにつかまるだけ・・・。慎重に時を待った。

 すると2日後の夜、動きがあった。遮蔽した空間から人が出てきたのだ。藤堂と男たち3人、そしてユリもいた。


「今夜、藤堂を向こうの世界に送るのだな」


 直樹はそっとその後をつけた。藤堂たちは草原の中に入って行き、やがて笛の音が響き渡って来た。次元の穴を開けようとしているのだ。

 直樹は近づいてその光景を見た。虹の光の中に穴が開き、藤堂が飛び込んでいった。ユリが笛を吹くのをやめ、その光は消えていった。


「行くぞ!」


 男が促し、ユリが歩き出した。直樹は特殊警棒を取り出し、それを伸ばした。そして男たちに気づかれないように接近していった。男たちは一仕事終えて気が緩んでおり、警戒する様子がない。直樹はいきなり男たちの背後に飛び出し、警棒で殴りかかった。


「バーン!」「バーン!」「バーン!」


 不意を突かれた男たちは抵抗することもできず、打たれてその場にうずくまった。


「直樹さん!」


 助けに来てくれた彼を見てユリが驚きの声を上げた。彼女の顔は腫れあがり、あざだらけだった。連れ戻されて拷問を受けたようだ。


「すまなかった。僕のために・・・」

「いいの。直樹さん。あなたのためだから・・・。でもどうして戻ってきたの?」

「助けに来ると約束しただろう。君をこのままにしておけない」

「直樹さん・・・」

「逃げるぞ!」


 直樹はユリの手を引いて走った。男は3人、だがこの背の高い草に隠れれば逃げ切れる・・・直樹はそう考えていた。

 幸いなことに男たちは追って来ない。警棒で与えたダメージが大きくて動けないのだろう。


「今度こそ一緒に逃げよう。僕がいた世界まで。そこで一緒になろう」

「ええ。どこまでもついて行くわ!」


 つなぐ手に力がこもる。この手を絶対に放すまいと・・・直樹はそう心に決めていた。だが2人の周りの草がざわめき始めた。


(誰かいる・・・)


 直樹は立ち止まり、ユリの肩を抱いて身をかがめた。確かに歩き回る音がする。


(見つからないように・・・)


 直樹はそう祈っていると、草の間からその姿が見えた。


(あいつらじゃない)


 それは少女だった。だが辺りを見渡して何かを探している。直樹はほっとして立ち上がった。


「お嬢ちゃん。どうしたんだい?」


 直樹は振り返ったその少女の顔を見た。ぞっとするほど冷たく無表情でこちらを見つめている。彼はその姿に違和感を覚えた。すると急にユリが立ち上がって声を上げた。


「直樹さん! この子、ググトよ!」


 言い終わらなうちにその少女の背中から触手が伸びてきて、ユリの腕に絡みついた。


「お姉さん。おいしそう!」


 その少女の顔は鋭い歯が並ぶ怪物の顔になった。


「こいつめ!」


 直樹は特殊警棒を伸ばして打ちかかるが、ググトの別の触手が飛んできて吹っ飛ばされてしまった。


「いただきます」


 ググトはユリを引き寄せ、その胸を切り裂いた。鮮血が辺りにパッと飛ぶ。


「ああ! 直樹さん!」


 それがユリの最後の言葉だった。彼女はググトに血をすすられ、そのまま息絶えていった。


「ユリさん! ユリ!」


 直樹は叫び続けた。ググトはそれにかかわらず、ユリの血をすすり続けていた。


「こんなところにいたか」


 気が付くとあの男たちが直樹の背後にいた。


「逃げようとしたからだ。ググトの餌になってしまいやがった」


 男たちが直樹を寄って集って殴りつけた。


「貴様のせいだ! 計画がパーになった! 室長からどんなに叱責されるか! この野郎め!」


 直樹は気を失った。口の中に血の味が染みわたっていた・・・。


 次に気が付くと直樹はまたあの牢にいた。体中、傷だらけでボロボロになっていた。だがそれよりも心の傷がズキズキ痛んでいた。


(僕のせいでユリさんを・・・。彼女はもう戻ってこない・・・)


 直樹は泣き崩れた。あの事を思い出すたびに何度も・・・。


   ――――――――――――――――――――


 直樹は話し終わり、嘆息した。ダイは確かめるように問うた。


「ユリはググトに殺された・・・」

「ええ。彼女の遺体がどうなったのかはわからない。でもググトにやられたのは確かだ」


 直樹は悲し気にそう答えた。ダイはふらふらと立ち上がった。


「ダイさん。どうかしたのか?」


 森野刑事が心配そうに尋ねた。


「一人にしてください。このまま・・・」


 ダイは牢の隅に座り込んでじっと頭を抱えていた。それまでユリの死は信じたくはなかったが覚悟はしていた。だが彼の想像以上にユリは悲惨な死を迎えてしまった・・・ダイの気持ちは深いところに沈んでいた。森野刑事はそんな彼にかける言葉が見つからなかった。



 しばらくして何者かが牢にやって来た。自信に満ちた大きな足音が近づいてくる。


「アスカ・ダイ! いいざまだな!」


 それはカート室長だった。ダイは力なく顔を上げた。


「いいことを教えてやろう。お前の仲間を捕まえようと網を張っていた。すると居場所が分かったとの報告を受けた。今から向かう」


 カート室長は不気味な笑みを浮かべていた。


「もちろんあの女もいる。今度こそ息の根を止めてやる。大いに苦しめてな」

「何だと!」


 ダイはカート室長の言葉に反応した。沙羅の身に危険が迫っていると・・・。落胆して沈んだ気持ちが再び燃え上がろうとしていた。カートは言葉を続けた。


「ふふふ。すぐに殺すには惜しい。ここに引っ立ててきてお前の前で圧死させてやる。楽しみにしているんだな」

「待て! 彼女は関係ない!」

「そんなことがあるか! あの女は我らの秘密をつかんだのだ。放っておくわけにはいかない」


 カート室長はそう言って行ってしまった。


(カート室長は沙羅をユリだとまだ勘違いしている。このままでは彼女が殺されてしまう。何とかしなければ・・・)


 ダイは鉄格子をつかんで揺さぶった。だがそれは頑丈でびくともせず、彼の行く手を阻んでいた。


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