第39話 生きていた

 ダイと森野刑事は監察警官にとらえられ、その施設の地下に連れていかれた。そこは大きな機械が稼働しており、監察警官の監視の元、多くの人が働かされていた。ここがあの「レインボー」の製造場所なのだ。

 地下施設の一角に鉄格子がはまった牢があった。2人はそこに入れられた。ダイは森野刑事に肩を借りて何とか歩いていた。戦いで大きなダメージを受けていた。しかも彼は首輪をはめられていた。それは魔法を使えなくするとともに、呪文で首を絞めることもできる拷問具でもあった。


「おい、しっかりしろ!」


 森野刑事がダイを壁にもたれかけて座らせた。


「大丈夫です。少し休めばもう少し動けるようになります」


 ダイは苦しげにそう言った。


 しばらくして作業が終わったらしく、働かされていた人たちが戻って来た。いずれも労働でかなり消耗している。新入りの2人のことなど気にする様子もなかった。

 だが1人だけ、ダイたちのそばに来た男がいた。


「あなたたちも向こうの世界から来たのか?」


 森野刑事はその男の顔を見て思わず声を上げた。


「斉藤さん! 斉藤取締官ですか?」


 その男は斉藤直樹、沙羅の兄だった。彼はここで生きていたのだ。


「もしかして森野さん?」


 直樹も森野刑事に気付いたようだ。


「生きていてよかった!」

「ええ。何とか・・・」


 2人は手を取って再会を喜んでいた。ダイが尋ねた。


「あなたが斉藤直樹さん。沙羅さんの兄の?」

「ええ。沙羅の兄の直樹です。あなたは?」

「僕はアスカ・ダイ。保安警察官です。沙羅さんはこちらの世界に来ている。あなたのことを非常に心配していた」


 それを聞いて直樹は目を見開いて驚いた。


「沙羅が! 沙羅が来ているのですか!」

「ええ。偶然に・・・。それよりあなたはナミヤ・ユリを知りませんか?」


 沙羅の持っていたロケットは元々、ユリのものだった。直樹とユリに接点があるとダイは思っていた。


「ユリさんですか・・・。彼女にはすまないことをした・・・」


 直樹は沈痛な表情をして目を下に落とした。


「ユリが・・・ユリがどうなったか知っているのですか?」

「ええ」

「教えてください」

「彼女は亡くなりました。悲惨な最期で・・・」


 それを聞いてダイはショックを受けてめまいを覚えた。


「大丈夫ですか? 顔色が悪い」


 森野刑事がダイを気遣った。ダイは大きなショックを受けたが、それでもユリのことを聞きたかった。たとえどんなことがあったとしても・・・。


「いえ、大丈夫です。その時の話を聞かせてください」

「私もあなたから話が聞きたい。ここに来たいきさつについても」


 森野刑事もそう言った。


「それではお話しします。最初から・・・」


 直樹は「はあっ」と息を吐いて話し始めた。ダイはユリが自分の婚約者だと言い出せないまま、その話を聞いた。


     ――――――――――――――――――――


 3年前のことだった。当時、麻薬取締官である直樹は「レインボー」というドラッグを追っていた。正体不明の薬物だったが、藤堂三郎が係っているのをつかんでいた。直樹は橋本取締官からの情報を受けてやっと藤堂を探し出し、彼を尾行して三下山に来た。


(ここで取引しているのか? 相手は?)


 直樹が見張っていると、藤堂の正面に虹色の光が現れた。


(一体、あれは何だ?)


 不思議な光だった。それに空間に穴も開いている。直樹は唖然として見ていた。するとそこに藤堂が飛び込んだのだ。


(逃げられる!)


 とっさにそう思った直樹は穴に飛び込んだ。すると見たこともない草原に飛ばされていた。そして倒れている彼を見下ろしている男たちがいた。


「何者だ?」


 藤堂と見知らぬ男が3人・・・犯罪のにおいを感じて直樹は名乗らなかった。しかし訳の分からない術で拘束して、藤堂がポケットを探って麻薬取締官証をポケットから見つけ出した。


「何者だ?」

「向こうの世界のヤクの取締官だ」

「厄介な奴が来てしまったな」

「なあに、向こうの世界にいられたら厄介だが、こちらの世界ではただの転移者だ。問題ない」


 直樹の前で藤堂と男たちが話していた。それを聞いて直樹は異世界に来てしまったことを知った。それに「レインボー」にこの異世界の者たちが関与していると・・・。


 直樹は外から見えないように遮蔽してある倉庫に連れて行かれた。そしてその地下で無理やり働かされることになった。同じ世界からやって来たものに交じって・・・。

 そこで直樹はある女性を見て驚愕した。


「沙羅!」


 だがそう呼びかけてもその女性は反応しなかった。彼女は食事を運ぶなど雑用をやらされていた女性の一人だった。近くに来た時、もう一度、声をかけてみた。


「沙羅! 直樹だ! どうしてここに?」


 するとその女性は小声で答えた。


「私はユリです」


 そう言って彼女は行ってしまった。そっくりだったが人違いだった。だが直樹は妹に似たユリが気になった。それで近くに来た時、また声をかけた。


「ユリさん。僕は怪しいものではありません。斉藤直樹と言います。向こうの世界の麻薬取締官をしていました。容疑者を追ってきたらここに来てしまった」

「そうなのですか」

「少し、君と話がしたい」

「ええ、少しなら・・・。見つかると怒られるから・・・」


 それから会うたびに言葉を交わすようになった。最初はあいさつ程度から、そしていろんな話をして・・・・ユリは身の上のことも話すようになった。


「あなたはどうしてここに?」

「三下高原で拉致されたの。私の能力に目をつけられて・・・」


 彼女は下働きだけでなく、別の仕事を与えられているようで男たちとともに外に行くことがあった。


「外で何をしているのです?」

「笛を吹かされているの」


 監視の者に気付かれないように直樹とユリは話をした。


「私はモーツェイカ笛の演奏者だったの。近々、婚約者と結婚するはずだったのに・・・・。三下高原で笛を吹いているときにオーロラのような光が現れるのを見られたみたいなの。それでトクシツの監察警官が私を利用するために拉致した。もうここから出られない・・・」


 ユリは涙をこぼした。


「大丈夫だ。気を落とすんじゃない。希望はある」


 直樹は彼女を励ました。そんなことが幾度もあった。


 彼女の話から直樹は知った。三下高原で次元の穴が開くことがあり、それに引き込まれた人たちが異なる世界間を転移することが起こった。その事件をトクシツが独占的に担当し、その長であるカート室長が悪用することを思い立った。

 それは麻薬に係る藤堂を捕まえたことがきっかけだった。彼から情報を引き出し、恐ろしい薬物を製造した。それを向こうの世界に流してかなりの私腹を肥やしたようだ。またそればかりではなく、その薬物でググトを味方につけ、この世界を陰から操ろうと企んでいるともいう。


「いつ、どこに次元の穴が開くのを予測するのは難しいのです。彼らはデータを用いて今まで何とか予測してきた。でも私がある曲を笛で吹くと、その独特な波長によって次元に穴が開くことが分かった。それでいつでも自由に行き来ができるようになった。彼らの野望のために笛を吹かされているの」


 ユリは悲しげに話した。自分が奴らの企みに力を貸していることも悔いていたのだ。


「君が悪いんじゃない。君は心の美しい人だ」

「直樹さん・・・」

「僕は君を助けたい。いっしょに逃げよう」

「でも・・・」

「2人が力を合わせればきっとうまくいく。僕を信じてくれ!」


 直樹はそっとユリに手を握った。ユリは大きくうなずいた。


「ユリさん。僕は君とずっと一緒にいたい」

「私も・・・」

「この世界では奴らに捕まる。僕のいた世界に一緒に行こう。そして2人で幸せに暮らそう」

「うれしい。あなたがそう言ってくれて・・・」

「僕もうれしいよ」


 2人は力を込めて手を握った。


「でもどうやって?」

「僕の見たところ、監視に隙がある。ここのカギを開けてくれて草原に逃げ出せればもう大丈夫だ。君が笛で次元の穴を作ってくれれば僕らは一緒に逃げられる」

「わかったわ!」


 ユリは決意した。こうして2人はそこを脱出することにした。


 夜になり、ユリがカギを盗んできて牢から直樹を出した。2人してその倉庫を抜け出して草原を走った。そしてかなり遠くまで来た。2人とも肩で息をしている。


「このまま逃げられそうね」

「ああ、君のおかげだ」

「向こうの世界はどうなっているの?」

「平和な社会だ。そこで一緒に暮らせる。ずっと」

「うれしい」


 ユリは笑顔になってモーツェイカの笛を取り出した。


「じゃあ、笛を吹いて次元の穴を開けるわ」

「ああ、頼む」

「ちょっと待ってね」


 ユリは深呼吸して、胸元からロケットを出した。そしてそこから小さな種を取り出して口に入れた。


「魔法の実よ。落ち着くわ。あなたもどう?」

「ああ、いただくよ」


 直樹はその種を飲み込んだ。すると気分がすっきりした。


「気分がすっきりするよ。よく妹が気分をイラつかせていることがあった。これを飲ませれば治るかもな」

「それならいいわ。じゃ、これごと持って行って妹さんに飲ませてあげて」


 ユリは首から外してロケットごと直樹に渡した。


「えっ! 悪いよ?」

「いいのよ。あなたに渡そうと思っていたのよ。このロケットに・・・」


 そう言いかけた時、多くの足音が聞こえた。追手が迫ってきていたのだ。ユリは慌てて笛を吹いた。すると少し離れたところが虹色に光り、空間がぽっかり空いた。ユリは目で「さあ、行って!」と促している。


「追手はすぐそばだ。君も来るんだ!」


 直樹に言われてユリは笛を口から離した。すると足が何かに絡み取られている。


「どうしたんだ?」

「奴らの魔法よ。もう動けない」


 直樹は戻ろうとした。だがユリは首を横に振った。


「いいから行って! あなたまで捕まったらもうおしまいなのよ!」

「でも・・・」

「私はいいから! あなたには無事でいてほしいの!」


 追手の姿が見えた。ユリは自分の身を挺して彼らを必死に止めていた。


「すまない! 必ず助けに来る! それまで待っていてくれ!」


 直樹はその穴に飛び込んだ。そして元いた世界に戻ることができた。


     ―――――――――――――――――


 直樹はダイや森野刑事にそこまで話した。


 ダイはさらにショックを受けていた。ユリが亡くなったこともだが、彼女は直樹と心を通わせていたことに・・・。監禁されていた緊張状態が2人の心を近くしたのであろうか・・・。


 森野刑事が聞いた。


「それからどうしたのです?」


 直樹はぐっと目を閉じていた。つらい思いがあったからだった。

  

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